第7話

勘違いナイト


「あの人、いっつも僕のこといやらしい目で見てきて気持ち悪いの。かんちゃん、いつもみたいに結衣(ゆい)のこと守ってくれるでしょう?」


小動物のような雰囲気を漂わせながら、幼馴染みの結衣が俺にこそりと耳打ちをした。


ブレザーの裾をちんまり掴みながらの上目遣いは、周囲をどよめかせるのに十分な破壊力を持っていた。


「…うん、わかった。」


俺がそう口にした途端にぱあっと満面の笑みを浮かべ「かんちゃんだいすき!」と言って抱きついてきた結衣。

俺はそれを抱きとめて、引き攣りそうになる顔面に笑顔を貼り付けた。



なあ、いつからだったっけ。


結衣が俺を、都合のいい駒としてしか見てくれなくなったのは。



『かんちゃんが側にいてくれるなら他に友達なんていらない。ずっと、ずっと僕の側にいて』


幼き日の結衣の泣き声が脳裏で木霊する。


結衣、気づいてる?

今月もう半分過ぎたのに、まともに喋ったの、今日が初めてだよ。

この間喋った時だって、今日みたいな制裁の依頼だったじゃんか。


「じゃあお願いね!」


手を振りながら自分の教室に戻っていく結衣の後ろ姿を見つめながら、ぎゅっと拳を握りしめた。


「…結衣は、もう俺がいなくても平気なんだな」


小さな小さな独り言は、誰に聞かれるでもなく空気に溶けて消えていった。



*******



「2度と結衣に近付くな」


人気のない廊下で、先日結衣に言われた通り制裁を行っていた。

1度目は脅しだけだが、それでもまだ結衣に付きまとうようなら暴力も厭わない。

そんな俺を「勘違いナイト(笑)」と侮蔑を込めて他の奴らが呼んでいるのは知ってる。俺も、本当にその通りだと思う。


「結衣が気持ち悪がってる。今日は脅しだけだけど、懲りないようなら次は殴るから」


俺がそう締めくくりその場を立ち去ろうとすると、今までうんともすんとも言わなかった男が口を開いた。


「俺、結衣くんの事なんか見てないよ」


なにを…。言い逃れ出来ると思ってんのか?

制裁の依頼をされた日、しっかりとこいつのいやらしい視線を確認したというのに。


よく見たら整っている男の顔を睨み付ける。175ある俺よりも少しだけ高い視線に怯んだりしない。

しかし男も、目つきが悪すぎると評判の俺の睨みに対して全くビビっている風ではない。

ニコニコとモテそうな顔で笑っているだけだ。



「ほんとだよ。俺が見てたの、幹太(かんた)くんだもん」


ニコニコニコニコ。


「……。」


「えっ、ちょっとどこ行くの!」


話にならない。

今度こいつが結衣の周りをうろついていたら、問答無用で殴り飛ばそう。

そういえば夕飯なに食べようかなあ…。


「まってまってまって!俺まだ告白のとちゅう!」


スタスタ歩く俺の隣に慌てて並んだ男は、何度呼びかけても俺が立ち止まらないと悟ったらしい。

唇を尖らせながら暫く無言でついてきたが、なにを思ったか突然ぎゅっと俺の手を握ってきた。しかも恋人が繋ぐみたいに指を絡ませるやつで。


!?


「やったー、かんたくんと手ェ繋いじゃったあ」

「離せ!!!」

「あーん。」


全力で振りはらい、スラックスで手のひらを拭う。なにがあーんだ!

ひどーい、と喚く男に俺は呆れた視線を向けた。


「なにをされても結衣に近付くのは許可しない。何より本人が嫌がってんだ、諦めろよ」

「だーかーらァ、俺はかんたくんに近付きたいんだってば!」

「…とにかく、結衣には近づくな」

「かんたくんにだったらいいの?」


こいつ、この頃俺が結衣とあまり一緒にいないことを知らないのかな。

俺に近づけば必然的に結衣にも近づけると考えてるんだと思うが、お門違いもいいとこだ。


「…勝手にしろよ」

「えっほんとに!?」


大袈裟に喜ぶ男を横目に、視姦するみたいに遠くから見つめてないで普通に喋りかければきっと気持ち悪がられないのになあ、と哀れに思った。

だけど俺は意地悪だから、そんなこと絶対に言ってやらない。


「じゃあじゃあ、明日お昼ご飯一緒にたべよ!!」

「…いいよ。どこで食べる?」

「中庭!」


中庭。

それは俺がこの頃、独りで飯を食べている場所だった。

数ヶ月前まで結衣と一緒に食堂へ行っていたが、独りじゃどうしても行く気がしなくて中庭に逃げていた。


偶然だろうけど、吃驚した。


「なんで中庭なんだ?あそこ高等部の校舎から遠いだろ」

「え、だぁってー、他に生徒いないじゃん」


こいつ、なんつうヤラシイ顔しやがるんだ。

うふふ、と不気味に嗤う男を心底軽蔑した目で見返す。

むしろ結衣と一緒に食べてなくてよかったかもしれない。この男、結衣に何をするかわかったもんじゃない。


「じゃあまた明日ねっ!かんたくんの教室まで迎えに行くからね!!」


ぶんぶんと手を振りながら後ろ向きに去っていく男。

いつまでも手を振りながら「ばいばーい!」と言い続ける男に呆れながらも、いつの間にか俺の顔には久方ぶりの自然な笑顔が浮かんでいた。



end.

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