第8話


君と休日


「ねーね、かんたくん。つぎの休日遊ばない?」


そう言っていつも通りニコニコと俺に笑いかける湯野(ゆの)に対し、俺は即答で返した。


「だめだ」


「えぇ、なんで!?」


馬鹿でかい声を耳元で上げられて、思わず眉をしかめる。

ごめんと謝りつつも、湯野の勢いは止まらない。


「まだ俺が結衣くんのこと狙ってるって思ってるの!?」


「いや……」



確かに最初の頃は、大切な幼馴染みである結衣(ゆい)に近づくために俺を騙しているんだと思っていた。

だがそれは日が立つにつれ、本当に結衣には興味ないのではと思うようになっていた。


ひとりきりだった昼飯は、こいつとふたりが当たり前になった。

かんたくんかんたくんとアホのように緩い口調で俺を呼び、なにかと絡んでくる湯野に、俺はだいぶ心を許していた。



「じゃあなんで!」


「だって、休日は、」


「…結衣くん?」



ーーそうだ。

それこそ高校に入るまでは泊まりがけで遊ぶことなんてしょっちゅうで。


休日は俺の中では、結衣の為の日だった。



「……悪いけど、」


「でも、たまにかんたくんの寮部屋に遊びに行ったりしたりするけど、結衣くんがいたことないよね?」


「……」


ぐっと歯を食い縛る。

湯野の言う通り、高校に上がってから結衣と遊んだことなんて一度としてなかった。

たまに制裁依頼のメールが来るだけで、顔を合わせることすら。


そんな俺を見て、湯野は俺の頬にするりと手をやった。


「ああ、ごめんね、泣かないで」


「…泣いてない…」


「ね、いいじゃん、俺と遊んで?街に降りて、俺のおすすめのお店を一緒に回るの」


絶対楽しいよ、と湯野は囁いた。

その誘惑は、俺の耳から入って、脳を侵食した。



俺は幼き日に結衣が言った、「結衣以外の子と仲良くしちゃやだよ」という言葉を遠くで思い出しながら、コクリと小さく頷いたのだった。



******



そして、あっと言う間に当日がやってきた。


俺の部屋まで迎えに来た湯野はなんというか、モデルか?と言いたくなるような出で立ちをしていた。

髪や服がいつもより明らかに気合が入っていたのである。



「だってかんたくんとデートだから、ものすごく気合入っちゃって…」と照れくさそうに湯野は言った。


でっデートッ!?

これってデートなの!?

驚き、目を見開いて湯野を凝視する。


……いやいや、落ち着け、ただ友人(?)と出掛けるだけだ、断じてデートではない。

動揺した心を落ち着かせようと自分で自分に言い聞かせたが、あまり効果はなかった。



それからすぐに街へ降りるためのバスに乗り込み、湯野のおすすめの店を色々と連れ回された。

映画、服屋、本屋、ペットショップ、カフェ、ゲームセンター。とにかく色んなところを見て回った。

学園にはない何もかもが新鮮で楽しくて、キラキラ輝いて見えた。


移動の最中、ふと思い出したように湯野が馬鹿をやるから、思わず大声で笑ってしまう。

そんな俺を見る湯野の視線はものすごく優しくて、なんだか照れくさかった。




「あー、楽しかったね!」


「……ああ、楽しかった」


現在、帰りのバスに揺られながら、帰路についていた。

背もたれにでろんと身体を預け、はしゃいで疲れた身体を癒す。


「今度はさ、遊園地とか、水族館とか行こうよ」


「お前とならどこへ行っても楽しそうだな」


「え」


本心からの言葉だったのだが、湯野は目を丸くして黙り込んでしまった。

それを見て俺もようやく自分が恥ずかしいことを言った事に気付き、固まる。

穴があったら埋まりたいとはまさにこのことだ。


しばし2人で顔を赤くしながら黙り込んでいたが、沈黙に耐えかねたのか、先に湯野が喋り出す。


「……もー、今日かんたくん素直すぎるよ……」


「……わすれろ」


「むり。忘れるわけない。嬉しすぎてバスの天井突き破りそう」


「……ばかじゃねーの」


アホなことを言う湯野の頭を叩きながら、緩む口角を止められなかった。




その後、わざわざ俺を寮部屋前まで送り届けた湯野は、「絶対また遊ぼうね!」とニコニコしながら自分の部屋に帰っていった。

気持ち悪いほど上機嫌であった。


(人のこと言えないけどな)


俺は一つ自嘲し、さっさと寝ようと部屋の扉を開いた。





ーーその場面を、じっと見ている人物がいた。


結衣だった。


たまたま、幹太の近くの友人の部屋に遊びに行っていただけの結衣だったが、ちょうど帰ろうとした所で、その場面を目撃してしまった。



「ーーどうして?」


ぽつりと呟く結衣。


「僕以外と、仲良くしないでって、言ったのに……」



完全に自分のことを棚に上げた発言だったが、それを咎めるものはこの場には一人もいなかった。


ギリっと歯を食い縛り、結衣は足早にその場を立ち去った。



その目は憎悪に濡れ、見るものを恐怖させた。




end.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る