第6話

夢でさえ、


「瀬名ー!見てこれ!あっはんユカリ先生シリーズの最新作!」


俺の親友のつりちゃんが廊下を物凄い勢いで走ってくる。その手に握られているのは、俺らの中でどストライクだったAVの新作らしい。


「早速!早速見ようぜっ」

「つりちゃんマジ流石だわ!よくそんなもんハダカで持ち歩けんね!」

「ちょっとでも周りのホモどもが興味持たないかなと思って。わざとだよわざと」


つりちゃんがイヒヒと悪い顔で笑う。俺はそれに呆れた顔を返しながら、彼の持つAVを奪った。


「ふーん。今回は体育教師とかァ。この間は生徒とだったよね」

「輪姦テイストのな!今回のテーマは絶倫だって」

「へえ…うわ、男の方胸毛やば」

「瀬名くんはツルツルですもんね、体毛薄い系男子ですもんね」

「お前もだろーが!」

「スネ毛くらい生えてますー!!瀬名くんはないですよね、脱毛でもしてるんですかあ!?女子力高いっすねー!」

「ころすぞ!」


人のコンプレックスを揶揄っている時のつりちゃんのイキイキ具合と言ったらもう。

いや可愛いけどさ。


2人でギャアギャア言いながら寮へ歩いていくと、行く手を阻むように大きな人だかりが出来ていた。

周りにいるのは多くがチワワのような男ばかりで、中心にいる人物は背が高く頭一つ抜きん出ていた。


「げ、生徒会」


自然と嫌悪に満ちた声が出る。

ああいう自分が世界一正しいと思ってる輩は大嫌いだ。そいつらを見てキャーキャー騒ぐやつらも心底理解できない。


「つりちゃん、どうする?」


迂回しようかと問いかけるが、つりちゃんは珍しくぼんやりと生徒会を見ていた。

かと思えば唐突にこちらを向いて、首を傾げた。


「混ざらなくていいのか?」


「え?」


「俺なんか放って、駆け寄って行けよ。いつもみたいに」


なにを言ってるんだ。

冗談かと思ったけど、つりちゃんの顔は信じられないくらい真剣で。


「お、れは、生徒会なんか大嫌いだよ?…そんなの、つりちゃんだって知ってるだろ?」


「ああ、そっか。間違えた」


ほっとする。つりちゃんの頭が馬鹿になったのかと思った。

何と間違えたのか気になる所だけど…、


「転校生がいないから、生徒会には興味ないかあ」


納得したようなつりちゃんの声。

俺はよく分からなくて、「…転校生?」と間抜けに復唱した。


「うん、転校生。お前の好きな人じゃん」


おれのすきなひと?

そんなのいな、


「ーー瀬名!駄目だろ、凌二なんかといたら!!お前は俺が好きなんだから!!!」


突然目の前に現れた男の子を見てハッとする。

ブロンドの美しい髪の毛が風に煽られてふわりと舞った。


「…あ、ひ、ひかり…」


そうだ。俺はこの子に惚れたんだった。

四六時中一緒にいたくて引っ付いて回って、それで生徒会の連中とも必然的に一緒にいてー…


「凌二から離れろってば!!瀬名が汚れるだろ!?」


「つりちゃん?」


つりちゃんから離れる?

つりちゃんといたら俺が汚れる?

なんだそれ、意味がわからない。つりちゃんは俺の親友で、大切な人なのに。


困惑してつりちゃんを振り返る。つりちゃんが笑ってたら、「酷い言われようですね釣村さん、ぷっ」とでも揶揄えばいいと思って。


でもつりちゃんは、笑ってなかった。

何故か全身びしょ濡れで、頬には殴られたような跡まであって。

手首には誰かに強く握られたと思われる手形があって、赤黒く痣になっていた。


「え!?つ、つりちゃん!?どうしたのそれ、誰にやられっ」


慌てて駆け寄ろうとするが、その前に光が立ち塞がって行き先を阻まれてしまった。


「光、どけ!」


「なんでだよ瀬名、凌二がどんな目に遭おうが今まで知らんぷりしてただろ!?」


「はあ!?なに言って!」


激昂する。今の今までつりちゃんは俺とAVの話で盛り上がってたんだぞ!?その時は全然普通で、いつも通りだった!

俺がいつ知らんふりしたって言うんだ、ふざけるな!


もう光を力づくで押しのけてしまおうと力を込めた時、光の背後でつりちゃんが唐突に手を振った。

相変わらず痛々しい格好なのにその顔には何故か笑顔が浮かんでいて、どうしようもない違和感を感じた。


「瀬名ー、じゃあなー!」


「つりちゃんどこ行くんだよ、まず保健室行かなきゃ!」


「俺な、学校辞めるんだわ」


ニッコリとつりちゃんが無邪気に笑った。

これ以上に嬉しいことはないとでも言うように、本当に幸せそうに。


「は、なにそれ…」


「なにそれじゃねえよ。」


急につりちゃんが固い声を発した。


その顔に浮かぶのは、


深い深い、憎悪。



「俺だってほんとはこのまま逃げ出したくなんかない。好き勝手にやられっぱなしで引くなんて、そんなの悔しすぎる。…でもそんな小さなプライドなんて、もう捨てちまおうと思った」


つりちゃんはそう言って、傷付いた自分の身体を労るように抱きしめた。


「この学園の奴ら全員が憎い。こんな風習を作り出した学園そのものが憎い。もう無理だ。俺はこんなところ1秒だっていたくない。みんなみんな、大っ嫌いだ」


「お、れも?」


俺がそう震える声で問うと、つりちゃんはぴたりと言葉を止めた。俺はジッとつりちゃんの返答を待つ。


そのままなにも言わず長いこと地面を見つめていたつりちゃんは、ひとつ深呼吸をした後、静かに俺を見上げた。


そして、涙に濡れた顔でうっすら嗤って言うのだ。


「…死ねよ」




「ーーーーーーツ!!!」


ガバリと起き上がる。

窓の外には月すら見えない真っ暗な夜空が広がっているだけで、自分の心をそのまま映したかのようだった。


「はっ、はあっ、」


息が上がりきり、半ば過呼吸気味に荒い呼吸を繰り返す。

全身は冷や汗でぐっしょりと濡れており、顔は血の気が引いて真っ青だった。


毎夜毎夜、彼の夢を見る。

あの日食堂で、毒のような呪いのような、何処までも俺を苦しめる続ける本心を語った彼は、その日のうちにはもうこの学園から消えてしまっていた。


夢の最後は必ず、自分が彼に「死ね」と言われる。

それを言う彼の表情は笑っていたり泣いていたり怒っていたりと色々だけど、決まって俺は言われた瞬間に飛び起きてしまう。


「ああ"あぁ、つりちゃん、つりちゃん…ッ!」


大好きだった親友の名を何度も何度も繰り返す。


どれだけ呼んだとしても彼には届かない。

そんなことは分かりきっているのに、今宵も俺は彼に縋るように喉を枯らすのだ。




end.

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