第5話

死んじゃえ


釣村凌二(つりむらりょうじ)17歳。


1ヶ月前に転校してきた常識知らずのフランス人形に、親友をぶん盗られました。



「凌二!!まだ瀬名(せな)のこと付け回してんのか!?瀬名は俺のことが好きなんだよっ、さっさと諦めろよな!!」


そう転校生が怒鳴ると、ひそひそ声と共に悪意のある視線が俺の全身に突き刺さった。


俺は普通に食堂に飯を食いに来たのであって、別にお前の後ろでこちらを睨みつけている元親友を追ってきたのではない。


なんて弁明してみても、状況は好転するばかりか悪くなる一方だと俺はもう知っている。

せっかく頼んだカツ丼が冷めてしまう前に食堂を出よう。これ、持ち帰りって出来るのかな。


俺が転校生を無視してカウンターに歩き出したので、さらに罵詈雑言は酷くなる。

転校生の頭に黒いもじゃもじゃが乗ってた時はみんなで転校生のこと悪く言ってたくせに、これだからこの学園の奴らは嫌いなんだ。


「っ無視すんなよ!!」


無視に1番怒りを燃やしたのは当然のごとく転校生で、俺が背を向けてものの数秒で蹴りが飛んできた。

廊下の壁に穴を開けたというお墨付きの怪力で腰あたりを思い切り蹴られ、俺はカツ丼とともに吹っ飛んだ。


派手にテーブルをなぎ倒し、全身を強打した。生徒たちの悲鳴が食堂に木霊する。

ッいってえ…!

望み通りいなくなってやるってんだから邪魔すんじゃねえよ!


制服にべったりとカツ丼が付いてしまって最悪だ。まだ一口も食べてなかったのに。

蹴られた腰は尋常じゃないくらい痛い。


「凌二のくせに俺を無視するからいけないんだ!!それ、ちゃんと片付けとけよなッ!!」


それだけ吐き捨てた転校生は冷たい目で俺を一瞥し、取り巻きたちと共に当然のように二階席へと上がっていった。


すれ違いざまに瀬名と目があったけど、それは明らかに『親友』に向けるものではなく、汚ない物を見るかのようだった。


周りの生徒たちには「汚い」「消えてほしい」「ゴミが食堂来るんじゃねえよ」と散々罵られ、終いには近くの席に座っていた奴に水まで掛けられてしまう。


どうしようもなく惨めでその場で泣き喚きたくなったが、それだけはグッと我慢した。


絶対こんなとこで泣くもんか。


悲鳴をあげる腰を庇いながら、食堂から逃げ出した。



*******



みんなみんな死ねばいい。

そうやって呪いを口にするようになって、何日経ったっけ?


1年の時からの親友の瀬名と2年に上がってもクラスが一緒で、2人で飛び上がって喜んで毎日毎日騒いで楽しくて。

生徒会なんてチャラチャラしたのは大嫌いで、俺たちはホモには染まらねえっつってAV貸し合ったりしてたのに。


ある日突然、あいつがやってきた。


俺は転校生を一目見た瞬間に嫌悪したというのに、瀬名は違った。面白い奴だって構うようになった。


その日から、瀬名の中の優先順位は常に転校生が1番。

次第に『面白い奴』が『好きな奴』に変わって、あんなに毛嫌いしていた生徒会たちと転校生を奪い合うようになった。

授業も滅多に出なくなって、昼飯だって勿論一緒に食べなくなった。


でも、それだけなら別に良かった。

恋に真剣なのはそんなに悪い事じゃないし、親友の恋なら応援したいと思ってた。


だけど、だめだった。

瀬名はもう、俺を必要としてなかった。


「お前、俺の事性的な目で見てたんだな。男には興味ないとか言って、俺の事騙してたんだろ。最悪」


突然の瀬名の言葉。


なあ、俺がいつお前の事性的な目で見たんだよ。

俺は純粋にお前と馬鹿するのが楽しくて、放っとかれて寂しくて、でも転校生とのことは本当に応援してるって、慌てて弁解した。


必死で言い募ったのに、瀬名には全然これっぽっちも伝わらなかった。


むしろ、俺がしつこく食い下がれば食い下がるほど、不信が増していったようだった。


「凌二ッ醜いぞ!!図星つかれたからって嘘ばっかり言って、瀬名はお前の事迷惑してるって言ってるだろ!!」


とどめのような転校生の一言で、瀬名は俺を完璧に嫌悪した。

「つりちゃん」と可愛いあだ名で呼んでくれる親友はもう居ないんだと、絶望して泣いた。


それからは、地獄だった。


もともと顔のいい瀬名と俺が一緒にいるのをよく思っていなかった学園の奴らにいい気味だとばかりに総攻撃され、心身ともにズタボロになった。

やがて学園中の嫌悪を二分していた片割れの転校生が素顔を晒し、それからは嫌がらせは全て俺に降りかかってきた。


全部が全部、憎かった。





くしゃりと握りつぶしたのは、『転校届け』。そこに記入された日付は、明日を示していた。

どうして何もしていない俺が逃げ出さなきゃいけないんだと視界がじんわりと滲むが、でもこれで、やっとこの地獄から解放される。




明日、学校を出ていく直前に言ってやるんだ。


俺を好き勝手に痛めつけた奴も罵った奴も水をぶっかけた奴も見て見ぬ振りをした風紀委員もクズの集まりの生徒会も諸悪の根源の転校生も、あれだけ大好きだった瀬名だって。



みんなみんな、死んじまえって。




end.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る