第2話

あとのまつり 1


「あの、愛斗(まなと)君、今日一緒にご飯とかどう、かな?」

「…ごめんね、お友達と約束があって…」

「…そっか、いや、俺の方こそ勝手なこと言ってごめん…また、今度誘うね」


そう言って明らかにしょんぼりしながら自分のクラスに帰って行った葛野(くずの)を見送ったあと、僕は誰にも聞こえないよう小さく舌打ちをした。


ああもう、面倒くさい。

僕がお前のこと全く好いてないの、見てわかんないの?


取り敢えず顔が平凡で僕に釣り合わないし、身長だけ無駄に高くて気持ち悪いし、あの僕の顔色を伺うみたいな態度も嫌。

どうしてお父様はあんなのと婚約なんてさせたのか。もう本当あり得ない。


会長様みたいなイケメンだったらよかったのに…、でも葛野の家の方が僕の家より大きいし、何よりお父様には逆らえないからどうしようもないのだ。


放課後再び僕のクラスに現れた葛野は、今度は一緒に寮まで帰ろうと誘ってきた。流石に登校も昼食も断ったから、ここらでご機嫌取りでもしておくか。寮までなんて、少しの距離だし我慢できる。


僕がいいよと言うと「ほっほんと?!」と叫び、顔を真っ赤にして大袈裟に喜んだ。下校中もずっと僕の方をチラチラ見てそわそわし、たまにどうでもいい事をどもりながら聞いてきた。気持ち悪い。


「あ、あの、愛斗君の好きな弁当のおかずって、なに?」

「ん?うーん…甘い卵焼きかなあ?」

「甘い卵焼き…」


うそ。本当はむしろ大っ嫌い。でもあんたは気付かずに、明日手作り弁当を持ってくるんでしょ。僕の嫌いな甘い卵焼きをきちんと入れて。

案の定明日の昼食を一緒に食べたいと言ってきたので、勿論即答で断った。

だってこいつの手作り弁当なんて、絶対食べたくないもん。しかも嫌いなもの入り。


「そ、そっか。先約があるなら仕方ない、もんね。あの、せめてお弁当だけでも、貰ってくれないかな…?」


そう来たか。まあ貰うだけ貰って、みつたか(友人)に無理矢理食わせばいいか…。


「うん、勿論!わざわざ僕の為に作ってくれるの?ありがとう」

「っ、ううん!こんなの全然…!俺っ、頑張って作るね!!」

「うふふ、楽しみだなあ」


その後嫌いなものがあるか聞いてきた葛野に「ないよ」と嘘をつき、無駄に張り切っている様子を冷めた目で眺めた。



******



「え?これ貰っていいのか?」

「うん。僕いらないから。」

「こんな美味そうなのに。まじでいいの?」

「だからいいって言ってるでしょ。いらなかったら捨てて」

「いや食べるし。…むぐぐ、なにこれうまっ!!」


うわあ、本当に食べたよこいつ。僕がドン引きしているのに気付いたみつたかが責めるような顔をした。


「これあれだろ?くずのくんの手作り弁当だろ?なんで食ってやらねえの?」


その通りだ。先程僕の教室まで本人が届けに来た、葛野の手作り弁当である。似合わないうさぎ柄の弁当入れを見た時はドン引きした。

ていうか照れたような顔のあいつも大変気持ち悪かった。


「だって何が入ってるかわからないじゃない」

「なんだそら」

「遅効性の媚薬とか!そういうものだよ!フラフラになった可愛いすぎる僕を帰り道とかで襲う気なんだよ絶対。ああおぞましい!」

「そんな事するような奴に見えねえけど…あいつ、お前のこと大好きじゃん」

「だからこそ僕は自分の身を守らなきゃいけないんだよ。あんな巨体に迫られたら、ひとたまりもないんだから」


僕が力説するのを納得の行かなそうな顔で聞いていたみつたかは、ひとつため息を吐いて「くずのくんもなんでこんなのに惚れたんだか」と、なんとも失礼な事を言った。

ムカついたので殴っておいた。


みつたかは結局、小さなカスさえも残さずあいつの弁当を食べ終えた。空になった弁当箱は捨ててしまおうかと思ったが、やはり返した方がいいかと思いわざわざ帰りにあいつのクラスへ、この僕自ら出向いてやった。


「え、えっ?愛斗君…!?ど、どうしたの!?」

「お弁当箱届けに来たんだよお」

「そんなの捨ててもよかったのに…!」

「そんな勿体ないことできないよ!それより、お弁当凄く美味しかった!ありがとー!」

「…!!う、嬉しくて死にそう…」


そういって可哀想な程真っ赤になった顔を両手で覆い隠した葛野。なんか涙目だったような気がしたけど気のせい?

僕に弁当食べて貰えたってだけで泣くわけないよね?いくらなんでも。


「全部美味しかったけど、やっぱり一番は卵焼きかなあ!とっても甘くて、すぐに全部食べちゃったよー」

「…あ…!う、うん!ありがとう…!」

「ついでだから一緒に帰ろっか。あ、誰かと帰る約束とかしてた…?」

「えっ!?いやっ全然大丈夫!!あのっ、だから一緒に…!」

「よかったあ!じゃあ早くかえろぉ」

「うっうん…!」


こいつ僕の事好き過ぎじゃない?なんか笑えてきた。なにこのテンパり具合。そんなに僕と帰りたかったのかよ、超ウケる。気持ち悪すぎ。

ああ、もしかして本当に媚薬でも仕込んであった?それで帰りに弱った僕を襲う気なの?ふん、残念でした。僕がそんなもの、食べるわけないじゃん。


襲ってきたらお父様に言いつけて、婚約破棄にしてやるんだから。

そう内心でほくそ笑み、僕は葛野と共に寮へと歩き出した。


しかし葛野は僕の部屋に着くまで、拍子抜けするほど僕になにもしてこなかった。いつ襲われても逃げれる様にずっと気を張っていた僕は無駄に疲れてしまった。


「じゃ、じゃあ、また明日。愛斗君、あの、明日もお弁当…」

「またくれるの?嬉しい、ありがとう!」

「っうん…!またお昼に届けにいくね…!」


いつもの様に顔を真っ赤にして手を振りながら帰って行った葛野を見送り、ふとある事実に気付いた。


あれ、あいつ今、初めて一緒に食べようって誘ってこなかったよね…?


とうとう諦めたのかな?と嬉しくなった僕は、鼻歌を歌いながらそれをみつたかにメールで報告した。

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