@054

第1話

単純なのです


俺は昔から熱しやすく冷めやすい人間だった。



「赤嶺。俺と、別れてください」


俺の目の前で頭を下げる男、加賀美の事を無感情に見つめる。さっきまで凄く好きだった筈なのに、今は特に何も感じなかった。


「他に、好きな奴が出来たんだ…。でも、お願いだからそいつには何もしないで!俺が勝手に好きになったの、だから…!」


必死に俺に縋り付き、好きな奴に手を出すなという。


まあ別れを切り出されるまでの俺だったら加賀美を好き過ぎるあまり相手を殺しにかかっていたかもしれない。加賀美もそんな俺の性格をよくわかっているから、こうして頭を下げているんだろう。



だけど今の俺は、そんな事はしない。加賀美の事はもうこれっぽっちも好きじゃないからだ。


昔から、好意を寄せられるとその人を好きになった。携帯チェックは毎日の日課で、その人が言い寄られた時は相手を半殺しにする。軟禁だってした事があるし、その人が俺以外を視界に入れた時には、刃物を手に取り「死んでやる」と脅した。


数少ない友達には「お前って典型的なヤンデレだよな」と言われた。


でも俺は、熱しやすく冷めやすいのだ。


好きだと言われればとことん好きになるが、その好意が消えた時、同時に俺の中からもそれは消滅する。


加賀美はそれを知らないから、こんなに俺に怯えているという事だ。



「赤嶺、ほんと頼むよ。あいつは身体が生まれつき弱くて、よく入院してるらしいんだ。この前の奴みたいにめちゃくちゃに殴ったら死んじゃうよ…!」


泣きそうな顔で懇願する加賀美。付き合ってた時もよく俺が人を傷つけるとこんな顔をしていたが、それの比じゃないくらい酷い顔だな。


それだけ相手の子の事が好きなんだな。俺が風邪で寝込んだ時は、普段俺が監視してるせいで遊べない友達と、ここぞとばかりに遊んでたくせにな。


そう考えると、俺はそんなに愛されてなかったらしい。俺の一方通行だったわけだ。他人からみると俺の愛は重いらしいし、それは嫌になるわな。



「赤嶺、聞いてるの?」

「…ああうん、わかった。そこまで言うなら、そいつには手を出さねえよ」

「ほんと!?」


安堵の表情を浮かべた加賀美は、「かわりに俺の事は煮るなり焼くなり好きにしてくれていいよ」と言って目をキュッと瞑った。


殴られるとでも思っているのだろうか。俺は憎いやつしか殴らないから、身構える必要なんてないのに。


「好きだったやつを殴ったりしねえよ」


頭に手を乗せてぽんぽんする。加賀美が片目を恐る恐るあけたのでニコリと笑ってやると、また1つ安堵のため息を吐いた。こんなに俺って恐れられてたのか。地味にショックだ。


「じゃあ、そいつと幸せにな。」

「えっ、あ、いやまだ片想いなんだけど」

「はあー?」

「だっだって、好きすぎて普通に喋るだけで精一杯なんだもん!」


ヤリチンが何を言ってんだよと揶揄うものの、加賀美は本気で言っているらしく、顔を真っ赤にしてうーうー唸っている。友達としてならこうして普通にしていられるのに、どうして恋人だとああなってしまうんだ俺は。加賀美とこんな風に楽しげに喋った事なんてないぞ。


「…あのさ、これからは友達として付き合ってくれるか?」

「え、勿論だよ!むしろ、俺の方がそれ言わなきゃダメなのに…。ほんとごめん!」

「もういいって。じゃあ俺もう帰るな。その子によろしく」

「あ、赤嶺、またね!」


ぶんぶん手を振る加賀美に俺も手を振り返して、寮へと向かう。


加賀美は知らないと思うが、恋人がいない時は俺はある友達の部屋に居座っている。俺の生活能力が0なのを見兼ねて身の回りの世話をしてくれるとんでもないお人好しの男だ。

恋人がいる時は、生活能力0だとしてもちゃんと自分の部屋に帰る。相手に他人と関わるなと強要しておいて、自分はいいなんてそんなこと可笑しいからな。


友人、もとい小塚は、俺が寮部屋にやって来たのを見て「また振られたのかよ」的な顔をしたが、何も言わずにあげてくれた。




*********



「俺さあ、赤嶺のことずっと前から好きだったんだよね」

「え?」

「つーか、好きじゃなきゃあんなに尽くさねえし」


昼放課、弁当を食べながら教室でダラダラと喋っていたら唐突に小塚が俺を好きだと言ってきた。


え。小塚って、俺のこと好きだったのか?


薄っすらと顔が赤い。いつもは真っ直ぐにこちらを見つめてくる瞳が、今は斜め上を向いている。あの小塚が、照れてる?

こんな小塚は初めて見る。俺は、小塚は本当に俺のことを好きなのだと理解した。



そうしたら、なんか小塚が滅茶苦茶格好良く見えてきた。

元々イケメンな面してたけど、加賀美よりは下だと思っていた。だけど、もう俺には恋フィルターが掛かってる。加賀美に掛かってたフィルターが取れたのもあって、小塚って加賀美より全然格好いいじゃねえかなんて思えてきた。


「赤嶺、俺と付き合わねえか」

「付き合う。」

「え」

「俺、今世界一お前が格好良く見える」


小塚とは中学2年の時からの友達だから、もう4年の付き合いになるだろうか。俺の性格を誰よりも理解している小塚は苦笑したが、その後「超嬉しいんだけど」と顔を真っ赤にしてはにかんだ。

可愛すぎるだろ、オイ!



そこからは、もうラブラブの日々が待っていた。小塚の部屋から一緒に登校して学校でも常にベタベタとひっ付いている。キスは、俺が我慢できなくなり付き合って2日目に部屋で強引に奪った。そしたらなし崩しにセックスできて、俺はもう大満足。


携帯を自ら差し出して「お前と家族以外元々登録してない、確認してみろ」なんていう小塚。本当に俺のことが大好きなんだなあ。学校でも俺以外と全く関わらないし、理想的すぎる。


廊下で加賀美とすれ違ったが、小塚とイチャイチャするのに忙しくてあまり視界に入らなかった。隣に見た事のない幸薄そうな男がいたが、きっと想い人だろう。上手くいったようでよかったな、うんうん。俺も今絶好調に幸せですよ。んふ。



今日で付き合って2週間。今日は俺が委員会だったので、小塚には渋々先に部屋に帰ってもらった。教室で待たせて、誰かに喋り掛けられたらと思うと腸が煮えくり返りそうになるからだ。


委員会が案外早く終わり、俺はダッシュで小塚の部屋へと向かう。早く帰ってイチャイチャしたい。


小塚の事を想ってニヤニヤしていた俺は、曲がり角の死角にいた奴に気づかなかった。


そいつが手に持っていたバットを振りかぶったことも、勿論気づく事が出来なかった。







廊下に頭とバットがぶつかる鈍い音、続いてドサリと人の倒れる音が響いた。

バットを手に持ち佇んでいる男、加賀美は、この間まで恋人だった男がしっかり気絶しているのを確かめると、そっと彼を背中におぶった。



「赤嶺は悪い子だなあ…。振られた腹いせに俺の目の前で他の男とベタベタするなんてさあ。

赤嶺の束縛が鬱陶しかったから別れたけどさ、あれはないよ。


あの男、殺しちゃおうかと思ったもん。


あは、やっと束縛する赤嶺の気持ち分かったんだよ俺。これでさ、俺たち前より上手くいくと思わない?赤嶺が誰にでも股を開くビッチだなんて知らなかったから、もう部屋の外には出してあげられないけど…。


俺がずっと一緒にいるから、いいよね?」





end.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る