1-2.マンガ喫酒場

 二十四時間、いつでも営業しているマンガ喫酒場。


 ヨナカヘイムの城下町にある店は、今日も大繁盛していた。


 マンガの置いてある棚。

 酒場によくあるカウンターと、テーブル席がいくつか。

 そして、防音のブース席。


 そんなよくわからない、ごたまぜの構造をもった店内。

 そこにヒマな妖精たちが、ぎっしり詰まっている。フェアリー感は抜群だった。


「王宮から来た。おかみを呼んでくれ」


 店員に声をかけるソクラ。


 その横で、照子があたりをキョロキョロ見回していた。


「うわ、すっげ。スッゲェ!! ここ妖精いっぱいいる、いっぱい!」

「静かにしろよ。他のお客に迷惑だろ」

「そだね。ごめん」


 ソクラが注意すると、照子はすぐに口をつぐんだ。


(なんだ……まともなところもあるじゃないか……意外と……)


 と思ったら、照子は棚によりかかってマンガを読んでいた。


「ナニしてんだよ。仕事で来てるんだぞ」


 照子の襟首をつかんで、ニラミをきかせる。

 あんまり効き目はないようだった。


「いやいや。でも、このマンガ、クソ面白いよ」

「そんな話してねえ」

「なかなか……良い品が、そろっている店じゃないかね」

「マンガソムリエ気どってんじゃねえ」


 などとやっているうちに、おかみさんがやってきた。


 二十歳そこそこぐらいに見えるので、若おかみと言うべきか。

 もちろん妖精なので、実際の年齢は本人以外にはわからないが。


「あらぁ。ソクラちゃん、ご苦労さま。いつも済まないわね」

「いえ、仕事ですから」


 おかみの挨拶に、事務的な態度で応じるソクラ。


 その隣で、照子が足をバタつかせる。立ったまま。


「うわ、すっげ。スッゲェ!! この妖精さんおっぱいデカい、おっぱい!」


 ソクラは、丸太を横にして噛んだワニみたいな顔になる。


「うるさい。おまえなあ、だいたい初対面の妖精に失礼だろ」

「……すみません」


 しょんぼりしている照子を見て、おかみさんはクスクスと笑っていた。


「誰、この子。新人さん? 面白い子ねえ」

「でしょ!! でしょ! 私、照子!! 面白くって、超絶的な美貌の持ち主、期待の新人! 好きな言葉は、『見えすぎちゃって困るの』だよっ!!」


 なんかキメポーズまでやっている。


 ソクラは湿度の高い目つきになった。


「期待してねえ」

「この子はソクラちゃん!! 私の親友なの! ぶっきらぼうだけど、本当は照子のことが、とっても大好き!! でも、照れ屋さんで素直になれない! クッソカワイイ!!」

「か……勝手に紹介すんな。親友でも、大好きでもねえから」


 おかみさんは立ったまま、腹をかかえて笑っている。


 ソクラはもちろん、いい気はしない。


「いい友達ができたわね、ソクラちゃん」

「いや……本当に、友達とかじゃ……」


 照子の関係者だと思われるだけで恥ずかしい。

 そういう顔になっている。


 照子は、ずいと前に出た。


「いつもおそばに! ズッ友妖精、照子ちゃん!!」

「話すすまないから、一分だけ黙っててくれ。親友」

「ぽっぽふぷふぉー」


 自分で口をふさいだ照子が、ヘンな音をたてる。


 とりあえず静かにはしてくれたようなので、ソクラはそれで良しとした。


「おかみさん。今日は何が起きているんですか」


 ソクラがおかみさんにたずねる。


「酔っ払いが暴れているとか……まさか、そういうのじゃ?」

「ううん。そうじゃないの」


 おかみさんは、コミックコーナーのブース席をチラリと見た。


 その視線を追うと、さらに奥にあるカウンターまで見通すことができた。


 そこに、女の客がいた。


 のっそりとした背の高い妖精だ。

 かなり酔っているらしく、顔がやたらと赤くなっている。


 目元のあたりはさらに赤い。

 腫れぼったい、といった感じだろうか。

 どうやら、泣くのに慣れているバンシーらしい。


「あのお客さんね、なんだか様子がおかしいの」

「おかしいって? どんなふうに」


 おかみさんが、ふうと息を吐く。


「すごく、たくさん飲むのよ」

「そりゃ酒場だから、飲むでしょ」


 ソクラの言葉に、おかみさんが首を振る。


「一人でひと樽も空けちゃって、まだ注文してるの。支払いも心配だけど、体は大丈夫なのかな、って」

「飲み潰れるまで飲ませて、ツケにして、あとで借金の取りたて屋でも使うとか」

「チーン!! 一分経過! ハフッ、ハフッ……」


 照子が、ぜえはあと肩を上下させながら叫んだ。呼吸を止めていたらしい。


「話は聞かせてもらったぁ!!」

「おまえの意見は聞いてねえ」

「よし!! おヒップのファーまでプチプチしよう!」

「ケツの毛なんかむしったって、金にならねーよ」

「いやん。ソクラちゃんったらぁ。お、げ、ふぃ、ん、ですわぁ~」


 ソクラがゲンコツをふり上げて、おっかない顔になった。

 照子は頭をかかえながら、その場にうずくまって、ヒャーって感じになる。


 二人のやりとりを見ていたおかみさんが、また笑いだした。


「あなた、本当に面白いわねえ」

「そうなんですよー!! うちのソクラちゃんって、本当に面白い子で!」

「面白いのは、おまえだよ」

「ええっ!? ソクラちゃんも私のこと、面白いって思ってくれてるの! 嬉しい!! 照子、カンゲキ!」

「思ってねえ」


 ソクラはおかみさんに目をむけながら、横に手を伸ばして、なんかを押す。


 誰かが、「むぎゅっ」とか言ったみたいだけど無視した。

 あきらかに照子の声だけど、気がつかないふりで押し通す。


「とにかく、暴れたりしてるわけじゃないなら、そのままでいいような」


 おかみさんにそう言うと、困ったような声が返ってきた。


「ううん。それがね、あのお客さん『お酒を飲んでも眠れない』って。そんなことを言っているのよ」

「眠れない?」


 よっぽど酒に強いということだろうか。


 ソクラは妖精なのに、アルコールなど飲んだことがない。

 なので、いまいちよくわからなかった。


「それで、ちょっと気になっちゃって。なんとかしてあげられないかしら?」

「う~ん……」


 その場でソクラは、ちょっと考える。


 断っても問題はない。

 役所に戻って、いつものように書類を作ればいい。

 眠らせ屋でも手配すれば、話はそれで終わる。


 ソクラの仕事として、必要な手続きはそれだけだった。


(でも……おかみさんは、顔見知りだし……それに……)


 ちら、と照子を一瞥する。


(こいつの前で、そういうことすると……なんか、ますます調子に乗るっていうか……)


 新人が先輩を舐めてかかってくるようになるかもしれない。


 照子は頭カラッポ感が抜群なだけに、ソクラとしてはなんとなく心配だ。


「わかりました。話をしてみましょう」

「ありがとうね、ソクラちゃん。よろしく頼むわ」


 おかみさんはニッコリと微笑んで、仕事に戻っていった。


「行くぞ。新人。まずは、あのバンシーと話してみる」


 ソクラが声をかける。


 照子は棚の影に隠れながら、杖を構えていた。


「センパァイ。あいつ、まだ……こっちに、気づいてない、みたいっすよ! フェーッ!! やるならぁ、今じゃないっすか! バキューン!! 今、食ったのが最後のディナーだぜ。ヒューッ!」

「おまえが想像しているようなことは何も起きねえよ」


 声を低くしたり、妙な息を吐き出して威嚇したり、役作りに励んでいる照子。


 そんな彼女をほっといて、ソクラはカウンターに近づいていく。


「王宮のものだ。店員から通報があってきた」


 声をかけられたバンシーが、ソクラをチラリと横目でうかがう。


 泣いてはいないようだった。


 バンシーが家に来て泣くと、住人の誰かがが死ぬ。

 そういう性質の妖精なので、あまり出歩くことはない。


 家にバンシーがやってくると、みんなちょっと嫌がる。

 もっとも、ほとんどのバンシーはバンシー協会に入っていて、勤務時間外は泣いたりしないのだが。


「飲みすぎだぞ。あまり店員を困らせるな」

「なるせらまこ!! ……あ! これね、うちの地元で流行ってる逆さ言葉っていうの!! 面白いでしょ! ソクラちゃんもやってみる?」

「いいから、静かにしててくれ」


 バンシーより先に口をはさんできた、照子の横顔を手でグイグイ押しのける。


「話は聞いたぞ。眠れないそうだな」

「そうなの」


 ようやくバンシーが答えた。


「眠れないんですぅ……寝ようとすると、胸がドキドキして……眠れなくって」


 悲しそうな声と表情だったが、さすがに涙は流さない。


 プロとしての自制心は失われてないらしい。

 そう判断したソクラは、いくつか質問してみることにした。


「誰かに相談したか。呪術医ウィッチドクターとか。あるいは砂の妖精サンドマンでもいい」


 バンシーは首を振る。


 となれば、話は簡単だった。


 まずは専門家に話を聞く。

 世の中、それでだいたいなんとかなる。

 あとは言われたとおりにするだけだ。


「それじゃあ、一緒に……」

「心配ご無用!!」


 ソクラが言い終わるより先に、バビィーンと照子が飛び出てくる。


「眠れなくても大丈夫! 任せてください!! こちらには寝不足のプロがいますから!」

「プロ言うな」


 額に血管を浮かせるソクラ。


「……っていうか、だな。私は寝不足の妖精であって、眠らせるほうじゃない」

「つまり!?」

「逆だ、逆。私は眠れないようにするほうが得意なんだよ。だから、眠れるようにする専門家に診てもらわなきゃならないんだ」


 うんうん、と頷いている照子ではあったが、


「ようするに……?」


 さっぱりわかっていない様子だった。


「おまえアタマ悪すぎ」

「ヒボォーッ!! チューッ、ショョョョォーウッ!」


 翼を広げた鳥みたいなポーズをキメた照子が、かんだかい高い声で叫ぶ。

 難しい言葉だと普通に発音できないらしい。


(どうすりゃいいんだ、こいつ……先にこいつ、なんとかしないと……)


 頭が痛くなってきて、ソクラは額に手をあてる。


「お困りのようだね!! アタイに任せな!」

「黙れ」


 ビシリと親指を立てて、キメ顔を見せている照子にひと言だけ返して、ソクラはバンシーを呼ぶ。


「とにかく、一緒に来てもらうぞ。専門家の処置を受けてもらう」

「専門家……?」


 バンシーまで要領を得ない顔になった。


「まずは眠らせ屋だ。ついてこい」


 ソクラが言うと、バンシーはカウンターから離れ、素直についてくる。


 店を出ようとする直前。

 心配そうに様子をうかがう、おかみさんの視線にソクラは気がついた。


(ひとまず、バンシーを……店から遠ざければ……問題ないか……)


 わりと、その場しのぎの方針になっている。


 三人はマンガ喫酒場を出て、夜道をとぼとぼと歩きだした。

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