1-3.眠らせ屋

 眠らせ屋は、砂の妖精サンドマンが経営するチェーン店だった。


 ヨナカヘイムのどこにでもある店。

 いろんな理由で眠れない妖精たちに、快適な睡眠を味わってもらう。

 そんな売り文句をかかげて、サービスの良さからそこそこ人気がある、と噂に聞いたことがある。


 ソクラも使ってみたことはあるが、どれだけ寝ても寝不足が解消しない妖精には意味がないようなので、一度きりしか来たことがない。


 砂の妖精が得意としている、昔ながらの商売である。

 土属性は金に汚いというか、がめつい妖精がやたらと多い。


 店にやってきたソクラたち三人は、ピンク色の小部屋に案内された。


「こちらで少々お待ちください」


 店員がマニュアルどおりの対応をして去っていく。

 担当者がくるまで、あとは待つだけだった。


 ソクラの横で椅子に座ったバンシーは、やはりまた悲しそうな表情になっている。


(眠れなくて悲しい……ってことなのかな? よくわからないけど……)


 相手が何を考えているかまではわからない。

 妖精と言っても、他人の心まで見通せるわけではなかった。


「へー。ここが眠らせ屋さんなんだぁ。ホェー」


 何を考えているのかさっぱりわからない照子が、挙動不審なぐらいキョロキョロしている。

 でもまあ、大声を出さないので、さっきまでよりはおとなしい。


「おとなしく座ってろ」

「はいー」


 ソクラが命じると、照子は椅子に座って静かになる


 マンガ喫酒場にいたときもそうだが、多少は世間の目を気にするところもあるようだ。

 店に入る前に、『店内では客が寝ているから、うるさくするな』と何度もしつこく言ったせいもあるのだろうが。


「ねね。ソクラちゃん、ソクラちゃん」


 一応、声を小さくしていた。


「なんだよ」

「ここってさ、眠らせ屋さんっていうの?」

「そうだよ」


 照子が、「う、う~ん……」と口ごもる。


 何か言いたそうな雰囲気だったので、ソクラは無言で見守った。


「あのさ、『言いたいことがあるなら言え』って言っていいよ」

「言わねえ」

「思ったんだけどさ。私……」

「結局言うのかよ」


 ソクラは首だけ脱力して、頭を傾ける。

 やけに重く感じるのは、寝不足のせいだけではなかった。


 そしたら、照子がまたとんでもないことを平然と口にする。


「ここってさ、寝てる間にエッチなこととか、されたりしないの?」

「───ぶっ!!」


 吹いた。


 二人の会話を聞いていたバンシーも、ちょっと驚いた感じになる。


「えっ……ここ、そういうお店なんですか。困ります」

「いや。違うから」


 ソクラは手振りで否定した。


「あそこにベッドがあるだろ。砂をかけてもらって、グッスリ寝るだけ」

「ベッドが置かれた小部屋のあるお店!! エロい……! ドスケベ感満点だね!!」


 すっごいこわい顔をして、ソクラは照子をにらむ。


「すみませんっ、すみませんしたっ……許してくだせえ、姐さん!」

「わかりゃいいんだよ」


 頭をかかえて丸くなる照子に、吐き捨てるような口調でソクラが言う。


「とにかく、ここは健全な店だから───」


 と、しゃべってる途中で扉が開いた。


「ウッフゥ~ン❤ あぁら、カワイイ子猫ちゃんたち❤ いらっしゃい。今日は、い~っぱい来てくれたのねぇ。オネンネしたいのは、どの子猫ちゃんかしらぁ❤」


 コマ割りを無視して、ページの全段ブチヌキで現れたセクシービキニ。


 お色気満点のコスチュームに身を包んだ砂の妖精だった。

 やってくるなり口からはみ出させた舌で、真っ赤な唇をペロリと舐める。


「不健全な───!!」

「───クッソエロいお姉さんがっ!」


 バンシーと照子が声を並べた。

 背景どころか、口の中にまで効果線が入っている驚きっぷりだ。


 ソクラは殴った。

 照子の後頭部だけを。ポカッと。


「落ち着け」


 当たりどころが良かったらしい。

 その場でパタリと倒れ込んで照子は、「キュウ」とうめいて、それっきり。


 握った拳と、床に転がる照子を見比べるソクラ。


「まあいいか」

「あらぁ❤ 斬新な睡眠導入法ね」

「違います」


 店員の軽口に、ソクラが真面目に答える。


 んでもって、バンシーを示す。


「眠らせてほしいのは、この妖精です」


 セクシービキニが、ふんふんと頷いた。


「今の方法で?」

「もう、眠れるなら……殴られたって構いません」

「ちがうちがう」


 ソクラはブンブン首を振る。


「普通に眠らせてください。砂の妖精のやりかたで」

「いいわよぉ~ん❤」


 店員のお姉さんは、目の毒すぎるバインボインな胸の谷間から、小さな袋を取り出した。


「それじゃあ、目を閉じてちょうだいね。子猫ちゃん」


 バンシーが目を閉じる。


 すると、店員は袋から砂をつまみだして、額の上あたりに指先を置く。

 その手の中から、砂がサラサラとこぼれ落ちていった。


(これで眠れば……この件は……解決、か。案外あっけなかったな……)


 などと思っているうちに、終わったのだろうか。


「どうかしら。子猫ちゃん、寝てらっしゃる?」


 店員がバンシーにたずねた。


 寝ていれば、もちろん返事はない。


「起きてます~」

「ダメか……」


 落胆しているソクラに、店員が話しかける。


「普通はこれで眠るんだけど。どうしてかしらね」

「なぜかな。私には……」


 見当もつかない、とソクラは言おうとした。


「このバンシーさんが、普通じゃないって言うの!? ひどい!」


 目を覚ました照子が、すかさず大騒ぎ。


「普通じゃないって、変態ってことでしょ!」

「そんなヒドいこと言ってねーから」


 相手をすると疲れるとわかっていても、とりあえずひと言ぐらいは返す。

 とても律儀なソクラであった。


「あんなこととか、こんなこととか!! そういうのが好きな人だ、って言ったんだよ。これってヒドいことだよ!」

「だから、言ってねーっての」


 ソクラは照子の頬をつまんで、グイグイひっぱる。

 面白いぐらいによく伸びた。


 ゴムか水飴みたいに、ぐにょーんと伸びてる照子を見ながら、店員が笑う。


「面白い子猫ちゃんねえ。ウフフッ❤」

痛いひふぁい痛いよひひゃひよソクラちゃんひょふらひゃんほっぺたひょっぺたつねらないでぇひゅねらないれぇ

「うるさい黙れ」


 照子の頬肉をつまんだまま、ソクラは店員に聞いてみた。


「他に方法はないか」

「ほっぺたを伸ばす方法?」

「眠らせる方法」

「うちだと、ちょっとねえ。お医者さんに相談するのが、いいと思うわよ」

「やっぱり、それしかないか」


 ソクラはがっくりと肩を落とす。


痛いってひひゃいっれ……痛いってばひふぁいふぇふぁ!! もう許してぇふぉうふゅるひふぇソクラちゃぁぁぁんひょふふぁひゃぁぁぁ……」


 いつのまにか、照子の頬が一メートル近くも伸びていた。


「っていうか……伸びすぎだろ。これ」

「ふぁぁんふぉえぇぉふぉふゅふぉひゃおふゅぺょぽゃぁぁぁぁ」


 もう何を言ってるんだか、誰にもわからない。


 ソクラたちがそんなことをしている間に、店員がバンシーに話しかけていた。


「眠れないのが治ったら、ぜひまた来てねん❤ うちはバンシーだからって、嫌ったりしないからね」

「は、はあ……ありがとうございます」


 そんな光景を横目にしながら、ソクラは唇をムニムニと波打たせる。


「やっぱり、医者に診てもらわないとダメかあ」

「むにょぉぉぉぉぉ……わらひのほっぺも、治してもらひらーい」

「知らん」


 ソクラは、べろんべろんの下膨れになった照子から、ぷいと目をそらした。

 視線が、ふと店員に向く。


「ところで、なんでそんな格好してるんですか?」

「私、砂浜の出身なのよねぇ❤」


 そのひと言で、すべてがわかると言わんばかりの口調だった。


「そうですか」


 さして面白くもなんともない。

 つい、そんな声が出てしまっていた。

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