妖精さんは眠れない

タカハシヤマダ

 

眠れないバンシー

1-1.ヨナカヘイムのソクラと照子

 いつも夜中のヨナカヘイム。


 まっくらやみの道を二人の少女が歩いている。


「ソクラちゃん!! ここって、いつもまっくらだね!」


 前を歩く少女が言った。


 短めの金色髪とよく似合う、袖をふっくらと膨らませた白いワンピース姿。

 青い瞳で、手には金ぴかの杖を持っていた。

 妖精なので、頭のてっぺんからピョロリと一本、先端に丸い玉のついた細長い触覚が伸びている。


 その後ろから、ボサボサ髪の少女が続く。


 黒目黒髪。

 全身を包む雰囲気は陰鬱で、目の下にはクマができていた。

 どうやらかなり寝不足らしい。

 首から下をすっぽり包んだポンチョの中から、腰の剣を吊るす鎖が、歩くたびにカチャリ、カチャリと硬い音を鳴らす。


 腫れぼったい目をこすりつつ、ソクラと呼ばれた少女が前を見た


「ソクラちゃんは、ずっとヨナカヘイムで暮らしてるんでしょ? 暗いのって平気なの?」

「ああ」


 ぶっきらぼうな声が出る。

 前方から放たれる光がまぶしくて、目蓋が痛い。


 金髪の少女は、光の妖精。

 名は、照子てるこ


 名前のとおり、全身がほのかに光って周囲を照らしている。


 背中に生えた蝶みたいな羽根も、うっすらとした輝きに包まれていた。

 その光が手元の杖に反射して、たまにソクラの目を射る。たいへんまぶしい。


「私、ここに来てまだ一週間だけど、暗いのに慣れなくってさー!!」

「聞いた聞いた。はじめて会って紹介されたときに、聞いた」


 ソクラが、めんどくさそうに頷く。ゆっくりと二、三度。


(まったく……なんで、こんなやつと……こんな面倒そうなやつと、組まされなきゃいけないんだ……)


 ソクラは寝不足の妖精だった。


 生まれも、育ちも、いつでも夜のヨナカヘイム。

 夜の世界の住人らしく、性格は暗くて、テンションが低い。


(どうして、私が……こんなやつと、一緒に……働かなきゃ、いけないんだ……)


 二人がヨナカヘイムの支配者、眠らずの女王から受けた役目。

 それは、ヨナカヘイムに住む、住人たちの悩みを解決することだった。


 女王の目が届かない、とても小さな問題。

 妖精同士のささいな争いごと。


 そういう、世の中の悪いところを良くしてほしい、と頼まれていた。


「世界を救うぜぇー!! 救いまくるぜぇぇぇ~っ!」


 照子は拳を握って肘を曲げ、力こぶとか作ってる。


 めちゃうざい。


 そう言わんばかりに、ソクラはどんよりとした目になった。

 浜辺にうちあげられて、三日目ぐらいのイカみたいな表情だった。


「テンション上がるよね、ソクラちゃん!」

「あがんねーよ」

「なんで? どうして!? わからない!」


 照子がブンブン首と手を振った。


「そんなデカい仕事じゃねーし。たいがい雑用だよ」


 これまでは、ソクラが一人でやっていた仕事だ。


 それも、ほとんどがたいしたものじゃなかった。

『道ばたの石でころんだから、どけておいてくれ』

 とか、

『暗すぎてあぶないから、木を切ってほしい』

 だとか。


 わりと、しょうもない依頼を解決するだけである。


 解決といっても、べつだんソクラが何かするわけではない。


 話を聞いたら、あとは役所に戻るだけ。

 そのあとは該当する業者の手配書を書いて、女王に届ける。


 たったそれだけの役目。

 ようするに、誰がやっても変わらない。

 そんな感じのラクな仕事をソクラは任されているのだった。


 それなのに───。


「雑用かぁー!! 腕が鳴るねえ!」

「んはぁ」


 ソクラの口から、自然に疲れた声が出てきた。


「こう見えても、私はヒルマヘイムの生まれじゃん!」


 照子がビシリと親指を立てる。


「だからなんだよ」

「ちっちっちっ……つまりだよぉ」


 舌を鳴らして、なんかやたらと得意げに。


 チラッ、チラッと答えを待つ視線を照子が送ってくる。

 考えるのも面倒で、ソクラはそっけなく応じた。


「まったくわかんね」

「んー、じゃあ。ヒントね。ヒント!」


 照子は背後を向いて歩きながら、うっすい胸元をポンポン手ではたく。


「こう見えても私、ヒルマヘイムじゃ不死身の照子って呼ば───ぽげむっ!!」


 コケた。


 ころんだ拍子に、石か何かの硬いものに頭をぶつけたらしい。

 すんごい派手な音がした。


「あだだだだだだだだだだだだだだだっ!! いった、いで、痛いっ! めっちゃ痛い、アタマ割れるっ!! 刺さった! 刺さった! とがった石、石刺さったから!!」

「前見て歩かないからだ」


 ハァ、とソクラがため息。


「っていうか、不死身じゃないのかよ」

「不死身だけど!! 不死身ですけどっ! 死んでないもん、生きてるし!!」


 照子がキーキーわめく。涙目。


「まあ、不死身でも痛いものは痛いっていうかー」

「それなら転ばないようにしろよ」

「だって街灯とかないんだもん。暗くて足元もよく見えないしさ」


 たしかに周囲は薄暗い。

 夜空にかかった月と、またたく星ぐらいしか明かりはなかった。


 おまけに道からはずれると、ねじくれた木々のひしめく森がすぐそこだ。

 木々の立ち並ぶ奥に入れば、闇の色はますます深く、すぐに何も見えなくなる。


「街灯なんかつけたら、火事とかあぶないだろ」


 ソクラは手に持ったランプを軽くゆらした。

 油のコゲ臭い匂いが、ぷうんとあたりに漂う。


 電気のないヨナカヘイムでは、ごく一般的な照明器具だ。


「ここって、電灯とかないの?」

「ねえよ」

「懐中電灯とか、サーチライトみたいな、バリ明るいのないの?」

「バリねえよ」

「んじゃ、妖精スマホとか充電どうしてんの? 電気ないと、使えなくなくない?」

「誰も使わなくなくないんだよ」


 ソクラは照子の口調をなんとなく、まねてみながら言い返す。


「ここじゃ、ヒマがあれば誰でも静かに寝てるし。誰かに会いたきゃ、マンガ喫酒場がいつでも開いてるから、そこに行くんだよ」

「すっげ!! スッゲェ! ヨナカヘイム、まじすごい!!」


 照子が杖をシャカシャカと振る。


「ばあちゃんちみてえ!」

「田舎って言えよ」

「それ!」

「うるせえ。私の故郷を堂々とバカにするな」

「ごめんなさい」


 ぴょこ、と頭を下げる照子。


「言いすぎました。バカにするつもりじゃなかったんです。本当に、すみませんでした」

「わ、わかればいいんだよ……わかれば」


 照子が素直に謝るので、ソクラはちょっと困った。


「とにかく……とにかく、急ぐぞ。依頼人を待たせていると、あとで怒られるからな」


 ソクラはスタスタと歩きだす。


 そのあとから、照子が追いかけてくる気配があった。


「ああっ!! 待ってよ、ソクラちゃ───ごぽんっ!!」


 またコケたらしい。


「んげげげげげげっ……あごっ、アゴぁ、アゴわれらっ!!」

「なんで、そんなに転ぶことができるんだよ」


 ちょっと立ち止まって、ソクラが問う。

 首をコキコキ鳴らしながら、照子がやってくる。


「明かりがないのが悪いんだってー」

「目を細くして、遠くを見るんだよ。そうすりゃ、暗い所でもよく見えるから」


 照子は言われた通りにやってみた。


「んー……星が、明るいです」

「上見てどうするんだ。遠くを見すぎだ。前っていうか、進行方向の斜め下を見ろ」


 ソクラは夜空を見上げている照子の後頭部に、パカンと一発いいのを入れたい気持ちをこらえながら言った。


「あっ……すごい!! 足元見えるようになった! まじやばい」

「やばくねーよ」

「でも、やっぱり暗いね」

「ランプがあれば、十分だ」


 ぶっきらぼうなソクラの背後で、照子が杖をふりかざす。


「照明なら、この杖が!」


 杖の先端から強烈な光が、バビッと放たれた。


 ソクラは手で閃光を遮る。

 まぶしすぎて頭痛がしてきた。


「うわっ。まぶしっ」

「ごめんごめん。ソクラちゃんは、やっぱり夜の世界の住人的に、明るいのは苦手なの?」


 そう言って、照子は杖の光を消した。


「苦手っていうか。普通にまぶしすぎるだろ、それ」

「ごめんねえ。威力の調節って、クッソ得意じゃないんだよね」

「威力言うな。攻撃用か。照明じゃないのか」

「最大出力で使うと、なんでもぶっ壊せるよ! フルパワーッ、チャァァァァァァァジッ、マキシマヲフォモガ……」

「やるな」


 ソクラは手で、照子の顔をつかんで口をふさいだ。


「いいから行くぞ。あとからついてこい。そうすれば、ころばないから」

「ふぁい」


 前を進むソクラに、照子がついていく形になった。


「ねえねえ!! ソクラちゃん、ソクラちゃん!」


 歩き出して、三歩も進まないうちに話しかけてくる。


「なんだよ」

「ソクラちゃんも、剣持ってるけど得意なの? 強い?」

「普通」

「そっかー。そっかそっかー!! うんうん。普通かぁ!」

「いちいち大きな声だすな」


 注意すると、沈黙が五秒間だけ続いた。


「それにしても、ここってずっと夜なんだね!」

「またその話か」


 話題がふりだしに戻っている。


「見ればわかるだろ。ヨナカヘイムは、ずっと夜だ」


 相手にしたくない気持ちをこらえて、ソクラは辛抱強く答えた。


「私、ヒルマヘイムからここに来て、まだ一週間!」


 杖を持ったまま両腕を大きく広げ、照子が動物でも威嚇するようなポーズをする。


「そんなに大げさにアピらなくていい。知ってる」

「もう言ったっけ? とにかく、まだまだ夜の素人って感じするでしょ!」

「なんだよ、夜の素人って……」


 足元に石があったので、ソクラは踏まないように避けた。


「そこいくと、ソクラちゃんはプロって感じだよね!! 暗いのに転ばないし……」

「あ」

「……ぼげっ!」


 照子がずっこけた。


「今、石を踏み越えたから、気をつけろって言おうとした」

「なんでぇ。なんでもっと、はやく言ってくれないのぉ」

「いやだって、ずっと話しかけられてるし」


 さすがに悪い気がして、ソクラは語尾を濁す。


 照子がずずずいと迫ってきた。


「会話は大事だよ!! 私、ソクラちゃんとお話ししたい!」

「う、うん……」

「ソクラちゃんのこと、もっと知りたい!」

「顔近い」


 照子がグイグイ寄ってくる。めっちゃ至近距離。


 ソクラは思わず目をそらす。

 その隙を狙ったみたいに、照子の口だけタコみたいに伸びてきた。


「んっんー……」

「わー!!」


 ビックリしたソクラが悲鳴をあげる。


 すかさす横に回避すると、照子はつんのめって前に転がっていく。

 やっぱりまた、石に顔面で着地した。


「いたたたたたっ……かおぉぉぉぉ、顔!! 美貌がっ、私の、美貌がぁぁぁぁぁ……」

「安心しろ。元のままだ」

「うう……避けるなんて、ひどいよ。ソクラちゃん」

「ひどいのはおまえだろ。いきなにナニするんだよ」

「いや。ほら……暗くて、雰囲気あったから、つい……」

「つい、じゃねえ」


 ソクラの眉間に深いシワが刻まれる。


「暗いと誰彼かまわず、そういうことするのか、おまえは」

「誰でもはしないよ。ソクラちゃんだけだよぉ」


 そろそろ面倒になってきて、ソクラは腰の剣に手をやった。


「二度とするな」

「はひ」


 照子は直立不動の姿勢になって、首だけカクカク頷かせる。


 その横を通り抜けて、ソクラは先に進んでいった。


「ああん。待ってよ、ソクラちゃぁん。おいてかないでぇ~」


 追いついてくるなり、照子がまた話しかけてくる。

 まったくめげてる様子がない。


「ソクラちゃんの剣って、どんな剣? 魔法の剣なの? 名前ある? 私の杖は電光杖でんこうじょう!! 夜でも光る、イカス杖! ワーォゥ!!」

不眠剣ふみんけん

「眠れなさそう!」

「寝不足の妖精だしな」

「じゃあ、その剣で刺すと……」

「刺された相手は眠れなくなる」

「すごい! キメゼリフ考えよう!!」

「いらねえ」

「うーん、そうだねえ。こういうのはどうかな!? 斬った瞬間に『おまえを朝まで眠らせないぜ』って言うの! これだと、なんかドスケベ感すごいよね!!」


 ソクラが立ち止まって、剣の柄を手で押さえた。


 テコの原理ではね上がった鞘の先端が、背後につき出る。

 ちょうどそこに、ソクラめがけて歩いてきていた照子が近づいて、鳩尾にずぬと沈む。


「そんでそんで、そのあと……げふっ!」


 しゃべっている途中だったせいで、息をつまらせたらしい。

 照子はのけぞり、ブリッジのポーズで悶える。


「下品なこと言うな」

「しゅびば……しぇん……」


 ソクラはシモネタが大嫌いだった。

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