第4話  ~トロイメライでダンスを~



「お前の世界では男は髪が短いのだろう? みろ、お前好みにしてみた」


そう言って、誇らしげにつんつん頭を引っ張ってみせた魔王。


腰まであったオニキス色の、艶のある黒髪が、ずいぶん短く切られている。

確かに、ずいぶん、普通っぽい髪形だ。


これで、品のある切れ長の瞳でも、赤紫と青紫のオッドアイでもなくて、

足が長かったり、指も長かったり、爪が長くもなくて、鼻もすっと高くなくて、


一見二十代半ばっぽいけど、ほぼ不老不死でもなくて、


着てるものも高級そうな赤いローブを羽織った、墨染すみぞめの黒い着物姿でなければ……。


……ってそれは無理か。


(それはもう魔王じゃないや)


だけど、失敗しちゃったみたいで、ちょっと左右で、長さがばらばらだ。


魔王のことだから、自分でやる、といって、きかなかったんだろう。

家来達には、秘密で切ってしまったのかも。


「ううん、長いほうがいい」

「?!!」


そうあっさり切りすてて、首を振ると、目を丸くして、口を開いたまま、固まる魔王。


ふふっ、とわたしは笑う。


(魔王、可愛い)


ソファーの上に立って、つんつん頭をなでると、ちくちくして、ハリネズミみたいだ。


痛んでいるわけじゃないけど、たぶん、すごくこしがあるのだ。


そのまま、なでなでしていると、ぷるぷる震えだした魔王は、 「もうよい! 元に戻すぞ!!」と声を張り上げて、魔法を使った。


するする、と髪が伸びて、一瞬で元通りになった。


ふわり、とつややかな、オニキス色の長髪が舞う。


「ふん、これでもう文句はあるまい」


魔王が偉そうに胸を張る(でもちょっと涙目)


(……可愛い)


「な、なんだおまえ……そんなでれっとしおって……。――そんなに私が格好いいか」


……そして一瞬で醒さめた。


「……かっこいいとか、魔王に求めてないから」


じとっ、と魔王をみつめると、魔王は、がくっ、と肩を下げた。


「か……かっこよくない……? ばかな……エヴェリーナは、まさか私のことが嫌いなのか……?」


ひとりごとのようにうなだれ、涙目の魔王に、 胸がまた、こちょこちょっとくすぐられた。


「……うそ。かっこいいよ。魔王はかっこいい」


「ほ、ほんとか……?」


「うん。時々。まれに。百年に一回ぐらいは」


「おまえな……。いや、待て。百年といったらおまえの寿命では……。それでは、エヴェリーナ、おまえは一生、私と一緒にいてくれるのか……?」


「……そ……、そんなこと言ってない」


「でも、そうなるのではないのか?」


「……お……おばあちゃんになったら、別れる」

「なぜだ」


「……みられたくないもん。しわとか、しみとか」


「私は気にしない」


「魔王はそのままじゃん。ほとんど不老不死、なんでしょ」


唇をとがらせ、そのまま唇をかむわたしを、魔王はひょい、と抱き上げて、くるりと回った。


「お前は気にしいだな。――だが私は、しわくちゃなお前もみてみたいと思うぞ。腰が曲がったら、さぞかし、背が小さくなるだろうな。しみができたら、恥ずかしがるだろうな。……だから私は、そんなお前がみてみたい」



「ば……ばかじゃない……? ま、魔王の頭はどうかしてるよ!」


「慌てた姿も可愛いな。いっそう、おまえの未来が楽しみになってきたぞ」


「うるさいっ!!」


べちっ!! 魔王の顔面をたたく。

魔王は、気にせず笑う。


「ははは……っ」


魔王なんて、魔王なんて……!



(……永遠音……)


――ん……?


なに、まお……。


「……永遠音!」


目を開けると、そこには若葉色の目があった。

一瞬、誰だかわからず、首をかしげる。


「……だれ……?」


「寝ぼけているのか? 早く学校に行かないと遅刻するぞ。昨日夜遅くまで起きていたのか?お義父さんとお義母さんはもう、仕事に行ってしまったぞ」


「おに……ちゃ……?」


そっか、お兄ちゃんがわたしを起こしてくれたんだ。

いつの間に寝ていたんだろう。


まあいいや、早く起きよう。

お兄ちゃんまで遅刻しないようにさっさと支度しないと……。


「あれ……?」


昨日わたし、展覧会に行って、どうしたんだっけ……?

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