21 全部、吹き飛んで

 一方、その頃。

「ぬおおおおおおおおぉぉぉぉおおおぉぉぉ!」

 ティフとは反対の方向に吹き飛ばされたアーデルベルトは、目前に迫る木製の屋根に叫び声をあげていた。しかし、ティフ達と同じように直撃する直前に、風で巻き上げられ減速。

「あぁ……」

 無事で済みそうだと判断したしたアーデルベルトは、安堵の息をつき、屋根に降りるが。


 バコッ


 古くなり、腐っていた屋根を、そのまま突き抜けた。

「ぬああああああぁぁぁああぁぁぁぁああ!?」

 と叫び声を上げながら内部に落下。

 埃を立てながら落ちた場所は、武器庫だった。決起の為に密かに武器を集めていたのだ。落ちた場所は木箱であったが、その中身はすでに取り出されて藁だけ。幸いにしてアーデルベルトに怪我はなかった。

 今度こそ無事であった事に、木箱に嵌ったまま、アーデルベルトは深く息をついた所に。

 ズトッ! と勢いよく別の何かが降り落ちてきた。

「ひゃあああぁぁ?!?!」

 敵の攻撃かと思って、泣きそうになったアーデルベルトだが、よく見れば、それは大砲とは違う。地面に半分埋まったそれを、眼を細めて観察。

 黄色くてモフモフしていた。てっぺんからは二本の鳥の足がつきだし、ジタバタと体を動かしている。

 目を丸くしたアーデルベルトに見守られながら、それは体を起こした。

 バキュームちゃんだ。

 バキュームちゃんも、精霊の起こした風に巻き込まれ、吹き飛んでいたのだ。

 直ぐに状況を飲み込んだアーデルベルトだが、首を傾げる。なぜなら、バキュームちゃんの檻は、ティフ達が術を使った所から離れた場所にあったからだ。檻の中に入っていたはずのバキュームちゃんが、なぜあの精霊の術に吹きとばされたのか。

 理由は簡単である。

 今日は、散歩がなかった。

 だからバキュームちゃんは、お腹が減っていたのだ。

 それはティフが囚われていたせいでもあるし、朝から王女のクレステンツが発見されたというニュースで、商会の人間も皆、バキュームちゃんを忘れていたせいでもある。

 夜になってやっとクルトに連れて行ってもらったが、それもカミラの探索の為であった。そして彼女(とティフ達を)を発見した為に、そのまま再び檻に戻された。

 つまり、今日は殆ど食事をしていないのだ。

 そしてとうとう我慢の限界。檻を容易くぶち破ったバキュームちゃんは、食事を求めて建物中を彷徨っていた。そこでティフとカミラの気配を感じたバキュームちゃん。その方向へ向かい、そこで、術に巻き込まれたと言う訳だ。

 吹き飛ばされても、バキュームちゃんの目的は変わらない。

 そして、今まで見た事も感じた事もない物体を発見。バキュームちゃんはそちらに歩を向けた。 

 アーデルベルトは、バキュームちゃんが向かう先にある物を思い出し、顔を青くする。

 それは、大量の爆薬であった。

 そりゃあもう、ともかく大量の爆薬だ。

 しかし、バキュームちゃんはそこまで行かず、手前に置いてあった壺をつつきだした。

 アーデルベルトは安堵したが、それも直ぐに引きつる。

 その壺は、爆弾の試作品だ。

 様々なタイプの爆弾を考案しており、「最近は衝撃を与えるだけで爆発するものを作ってるんですー」と担当の髭面親父がガキみたいに目を輝かせて言っていた。

 その試作品を作っている最中にヴェルナ達が乱入、そのまま放置されていた。それ自体は、大した被害を出さないだろう。だが周りには大量の火薬が積まれているのだ。

 仮にあの爆弾が爆破すれば、連鎖的に全て破裂する。

 あれが割れれば、全てが吹き飛ぶ。

 それだけは、阻止しなければならなかった。

「やめるんだラクディーア・フェルバトレスロスカティアクアルモルタ・フェルベニーレ!」

 アーデルベルトは必死に名を呼ぶ。

 つつきかけた体制で止まったバキュームちゃんは、首だけをアーデルベルトに向けた。

「そ、そ、そうだ。大人しく言う事を聞いてくれ、ラクディーア・フェルバトレスロスカティアクアルモルタ・フェルベニーレ」

 そう、間抜けに見えても霊獣なのだ。霊獣は人間と同等の知性を持ち、言葉を理解するとされる。

 仮に言葉が分からないとしても、必死な意志が伝わったのだろう。

 汗だらだらで引きつりながら、言う事を聞いてくれた事にホッとするが、それもつかの間。

 バキュームちゃんは、くちばしの端から涎を垂らし、再び爆弾と向き合った。

「止めろ! ラクディーア・フェルバトレスロスカティアクアルモルタ・フェルベニーレ!」

 必死に叫んでも、既につつき始めたクチバシはもう止まらない。

 そもそも、普段からバキュームちゃんと呼ばており、自分の事をすっかりバキュームちゃんと認識していた。長ったらしい名前を聞いても、名前とすら認識できていなかった。

 霊獣は人並みの知性があるものと言われているが、何事にも例外はある。

 アーデルベルトが必死に叫んでも、もはや聞く耳持たず。

 何度かつついた拍子に、壺が、傾き。

  



 アホみたいな衝撃に、ヴェルナ一行は思わず振り返る。

 みると、シュトローマン商会の建物から巨大な火柱が吹き出し、夜空を轟々と照らしていた。

「な、なんなんだこれ!?」

 驚き叫ぶテボル。なにが起きたかは、ヴェルナはもちろん、他の誰だって分かりはしない。

 先ほど、ティフ達の精霊が起こした術の衝撃から、何があるか分からないという事で、ヴェルナ達は既に建物の外に避難していた。

 外に出ると、建物の上では、宮殿でも見かけた黒紫の竜の精霊が宙を舞っていた。それも消えたので、一安心だと思っていた所でこれだ。

「カミラ~……」

 一緒に来ていたマルシオが、泣きそうになりながら呟く。

 内部にカミラがいる事は彼から聞いていた。もしこの爆発に巻き込まれていたら、命はないだろう。だが、ヴェルナは彼女が無事であると何となく予感していた。

 その時、火柱から吹き飛んでいく何かに、ヴェルナは気がつく。

 同じ方向に目を向けていたエリが、呟いた。

「あれって、もしかして……?」




「バキュームちゃん?」

 爆発から飛び出した物体を見て、ティフは茫然とつぶやいた。

 そう、火の中から飛んでいったのは、バキュームちゃんであった。決して飛べないと思っていたバキュームちゃんが、火の鳥に、いや火の玉となって空を飛んでいた。

 火にくるまれながらも、バキュームちゃんは相変わらず何を考えているか分からない表情で吹き飛び。

 綺羅星のように輝くと。

 そのまま彼方に姿を消していった。

 ああ、さらばバキュームちゃん。

 バキュームちゃんの去った方向へ、ティフは眼を向け続けていたが。

「おい、ティフ」

 裾を引っ張るカミラに、眼を向ける。

 彼女は、ある方向を向いていた。その視線を追うと、そこには一人の人物が立っていた。

 クルトだ。多少の被害を受けたのか、服は所々焦げ、頭の一部はチリチリになっていた。

 薄汚れていたが、無事である事には変わりがない。ティフは安堵を漏らす。

「クルト……」

 しかし、どうも様子がおかしい。ティフは近づこうとしたが、その足が止まる。

 彼の手には、剣が握られていた。

「おい、クルト?」

「ティフ……クレステンツ様をこちらに渡してもらうぞ」

「なんの、冗談だよ」

 動揺しているティフにクルトは剣先を突きつけて来る。

「クレステンツ様を渡すんだ」

「おいおい、やめにしようぜ……」

 ティフは引きつりながらも、何とか説得しようとする。

「アーデルベルトは偽物だった。お前たちの本部は燃えたし。もう全部おしまいだ。どっかでコーヒーでも飲んでのんびしようぜ……なんなら酒だって付き合うからさ――」

「おしまいだって?」

 俯きながら、クルトははっきりした声で、言う。

「ブルートヴンダは終わっていないさ。ブルートヴンダは永遠なんだぞ? なんといっても、かつて並みいる大国と同等に戦って、それどころか相手を寸前まで追い詰めたような国だ。いくらでも蘇るに決まってるじゃないか」」

 顔を上げたクルトの目は、完全にイっちゃっていた。

「俺もブルートヴンダのお陰でここまで人間として成長する事も出来たし精神も満たされて心が解放され真の自分に気がつくことが出来たお前だってブルートヴンダの事を詳しく知ればその素晴らしさを理解できるし平穏な心で満たすことだって出来るし国が蘇ればこの世界中にその平穏なる魂を分け与えることだって出来るんだよ分かるかさあ退くんだティフ退いて早く姫様をこちらに渡すんだ姫様さえいればいくらでもブルートヴンダはやり直せて再び素晴らしい世界を人々に見せつけることが出来るんだよサアサアサア」

「おい、あやつは大丈夫か?」

 あれが大丈夫に見える奴は、それこそ大丈夫じゃない奴だ。ティフは唖然としながらも、カミラをかばう形になる(カミラがいつの間にかティフの背後に逃げただけである)。

「退くんだ、ティフ」

「と、言われてもね」

 ティフとしても、今のクルトにカミラを差し出す気にはなれなかった。

 クルトは剣を天に掲げる。

「退かぬなら、友であろうとも。切っ――っる!」

「冗談だろ、おい……」

 頬を引きつらせたティフに対し、クルトはいたって真剣だった。

「ブルートヴンダがよみがえるなら、友情なんて喜んで切り捨てる……ッサァ!!」

 言い終えると同時に、ティフ達に向けてクルトは走り出す。

「チェストオオオオォォォォォオオオオォッォォォ――?!」

 しかし、その途中にあった破片に躓くと、バランスを崩して前のめりに倒れた。

「アガッ!」と言ってから、ぴくぴくと体をけいれんさせた後、硬直。

 眼を瞬かせたティフは、恐る恐る、クルトによっていく。

 意識は失っていたが、死んではいないようだ。

 クルトを見下ろしながら、ティフは息をつく。

「お前なあ……」

「ティフ、そいつはどうなっとるのだ?」

 カミラに呼びかけられ、ティフは顔を上げる。

 彼女は驚いたような表情を作った。

 それから、少しうんざりした様に息をつく。

「なにを泣いておるのだ、貴様……」

「は?」

 一体どういう事かと思い、ティフは自分の眼もとに手を持っていく。

 確かに濡れていた。

 その水は眼の辺りから一線、頬を通りあご下まで伸びている。

「いや、泣いてねえし」

「どう見ても泣いておるではないか」

「泣いてねえって」

 多分先ほどの爆発でどっかから飛んできた水滴が見事目の下にぶつかったのだ。

 しかし、仮に泣いている理由があるとすれば。

「だってよ、間違えられて捕まったと思ったら、手は傷だらけにされるし、家は失うし手伝い先はなくなって金の当てもなくなるし。バキュームちゃんもどっかにぶっ飛んでくし。クルトはこんな事になるし…」

 ティフは足元でうつぶせで倒れているクルトに、目を落とす。

 真面目で気の良い兄貴分で、いつもティフの事を気にかけていた。『元』友人の姿に。

「畜生。何でこんな目に会わなきゃいけねえんだよ。こん畜生」

 片腕で顔を覆っていたが、もう片方の腕に、温かいものが当たる。

 いつの間にか傍にやって来ていたカミラが、ティフの二の腕を撫でていた。

「まあ、そういう時もあるものだ」

「うるせえ、バカ女」

 一度はそれを振り払うが、カミラは呆れる様に息をついてから、また撫でてくる。

 もう、振り払う気にはならなかった。

 元はと言えばカミラのせいでこんな目にあっているのだと八つ当たり気味に考える。そんなバカ女に慰められている自分をみじめに思いながら、その好意を受け取っていたが。

 不意に、ティフの体が傾き、意識は遠のいた。

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