17 秘密兵器
夜の街の中、薄暗い街灯を頼りにヴェルナとテボルは、エリの手の中にある紙を左右から覗き込んでいた。
それから、三人ほぼ同時に顔を上げる。
目の前には立派な門構えの建物が。
昼間ならにぎわい返している建物も、今では静まり返っていた。
「ここですかね?」
「ここなのか?」
「ここみたいだね」
しかしエリは納得いかないように、紙と目の前の建物を何度も往復している。
「ここって、シュトローマン商会ですよね。クレステンツ様は本当にこの中に?」
それはヤツィからの情報だった。彼女はティフやクレステンツ達が連れて行かれるのを密かに尾行し、彼らを乗せた馬車がこの建物に入っていくのを見ていたのだ。
もっとも、紙には大まかな地図と目的地を記す点だけが書かれており、三人ともまさかシュトローマン商会にたどり着くとは思ってもいなかった。
不安げなエリに対し、テボルはあからさまな激怒を浮かべていた。
「こいつらがブルートヴンダと繋がっていたとは……うちの国にも支店を作ってたぞ!」
「隠れ蓑に使ってるのは、ここだけかもしれないだろ」
この問題に関しては、テボルの勘が当たっているのだが、三人はそんな事など知らず。むしろエリに関しては未だに不安げですらあった。
「でも、仮にヤツィさんの見間違いだったなら、重大な問題になるのでは」
「あいつがそんなミスをするかよ」
確かに抜けている所もあるが、仮にもリュトエの
「それに」と、ヴェルナはニヤリと笑う。
「間違っていようが、あたしらの知ったことじゃないだろ。命令に従っただけなんだから。責められるは命令を下したボスじゃないか」
「そんなむちゃくちゃな……」
呆れるようにうなだれているエリの背後で、シュトローマン商会の門番が、こちらに目をむけていることにヴェルナは気がつく。
彼に笑みを作りながら手を振ると、門番もぎこちなく会釈を返した。
ヴェルナは門へ近づいていく。
「やあ、御苦労さんだね。こんな夜中に」
まさか声をかけられるとは思っていなかったのか、門番は戸惑ったが、相手のフォルテの
「あーいえ。仕事ですので」
「そいつは結構だ」
「ところで、ここに何かご用でも」
「ああ、ちょっとね」
ヴェルナは背後から、他の二人がやってきたことを確認してから、頬を釣り上げた。
「あんたらと、遊んで来いって言われたんだよ」
遠くで聞こえた爆発音とともに、建物が僅かに振動する。
「なんかあったのか!?」
驚くマルシオの横で、ティフは先ほどのアーデルベルトの言葉に、背筋がゾッとなる。仮に言っていた事を実行した結果の爆発ならば、カミラはもう……。
無駄だと分かっていても、ティフは何とか縄が解けないかと思い、必死にもがく。
「どうした、背中がかゆいのか?!」
馬鹿を言っているマルシオを無視して、必死に力を入れる。しかし、縄はかなり頑丈に結ばれており、マルシオより貧弱なティフがどうこう出来るものではなかった。
扉が再び開かれる。またアーデルベルトが来たのか。しかし、その人影はアーデルベルトより小柄であった。
「お二人共、大丈夫ですかー」
のほほんとした声に、ティフは肩の力が抜ける。
ヤツィだ。驚きの声をマルシオは上げた。
「君はさっきの! 何でここにいるんだ?!」
「お仕事に決まってるじゃないですかー」
「仕事って、君も奴らの仲間なのか?!」
「またまたー。御冗談がお上手で」
あっけらかんと笑っている様子からして、ヤツィがブルートヴンダの一味でないようだ。良く見れば、ドアの向こうで、倒れている兵士の腕が覗いていた。
ティフは安堵する。
「それなら、この縄を解いてくれよ」
「モチのロンですよ」
ほいさーっと軽やかに腕を振ると、その手についた腕輪の精霊石が輝き、ティフ達の周囲で風が巻き起こる。
すると、縄はあっという間に細切れとなり、ティフ達は解放された。
「やっ――」
立ち上がったティフは、自由を確認するかのように両手を見て、血の気が引く。
そりゃあ血の気が引くに決まっている。
実際に、片方の腕からドバドバと血が溢れているのだから。
「ぎゃあああああああ!!」
「どうした……ってうわぁっ?!」
大人げなく叫び慌てるティフとマルシオ。脇では失敗を恥ずかしがるようにヤツィが頭をかいていた。
「また加減ミスっちゃったみたいですねー」
「ねー。じゃねえ!!」
生憎、ヤツィは包帯を補充しておらず、彼女のハンカチを傷口に当てて凌ぐ事にした。
「頼むから、これから先は俺に術をかけないようにしてくれ……」
「滅多に人にはかけませんけどね」
涙目で訴えるティフに、のほほんと微笑んでいたヤツィ。その表情が、少しだけ、本当にすこーしだけ引き締まる。
「さて。では私、仕事がありますので。ここで失礼しますね」
「仕事ってなんだよ?」
もしかして今の爆発も、何か関係しているのか。尋ねようとしたティフを、ヤティが遮る。
「申し訳ありませんが、秘密ですので。貴方たちを助けたのは私のただのきまぐれです」
「あ、そうなのね……」
「これから先は責任は持てませんので、頑張ってください。とりあえず玄関の方には向かわない方がいいと思います。敵さんがいっぱい集まってると思うので」
背中を向けた彼女に、マルシオが訪ねた。
「ちょっと待ってくれ。カミラは何処にいるんだ」
「クレステンツ様ですか?」
彼女は小首をかしげながら口を開く。
「今は奥の応接間に囚われているようですが」
「応接間……って何処だ?」
「安心しろ、場所は知ってる」
眉をひそめたマルシオに、ティフは言う。何度かクルトに商会建物内を案内してもらった事があった。その時にアーデルベルトと会ったのが応接間だった。
「行くんだろ、マルシオ」
「勿論!」
自信満々にマルシオが頷く。ティフの方も、堂々と殺すと宣言した奴らの場所に、カミラを置いていけるほど捻くれてはいなかった。
それに、乗りかかった船という奴である。
そんな調子の二人を見て、ヤツィは少し驚いている様子だったが。
「まあ、止めませんけどね。頑張ってください」
「ついでに、手伝ってくれたりとかは……」
うーんと、ヤツィは少し困ったように眉を曲げる。
「個人的にクレステンツ様の事は好いていますし、手伝ってあげたいのはやまやまなんですが、私も仕事がありますので。そちらを終わらせなければ、なんとも」
元より助けてもらったのも殆ど偶然との事。ならばこれ以上、何かを頼むのは難しいだろう。
「行くなら武器を探さないとな」
マルシオは何か使えるものはないかと、倉庫を漁りだした。
「そうだ。手伝うのは無理ですけど」
ヤツィは何かを思い出したように懐をあるものを取り出す。
中央に、黒々と輝く精霊石。それは、あの竜の精霊を呼び出した首飾りだった。
「王宮の周囲で拾ったんです。これがあれば、幾らか助けになるのではないですかね」
「いいのか、これ」
「本当はリュトエ様のですし、ばれたら怒られちゃうんで、秘密ですよ」
ヤツィは、口元に人刺し指を添えて片眼をつぶって見せる。
それから、ヒラヒラーとティフ達に手を振りながら扉の向こうへ姿を消した。
すぐにティフは廊下を覗き見たが、既にヤツィの姿は影も形もなかった。
「謎だな……」
「何なんだ、その首飾り」
やってきたマルシオが、ティフの手の中にあるそれを見て言う。
しかしティフとしては、マルシオの手の中にある物の方が気になった。
彼が持っていたのは、パンをこねたりする時に使う麺棒だった。
「もっとマシなの無かったのかよ……」
「俺だってもっとカッコいいのが良かったんだけど。これ位しかなかったんだよ」
肩を落としていたマルシオだが、すぐに立ち直る。
「で、その首飾りは?」
ティフは手の中にあるそれを顔の前まで持ち上げてから、答えた。
「まあ、秘密兵器みたいなもんさ」
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