12 魔法使いマーシュと潜入

「で、私の所に来たと言う訳ですか」

 眉間に皺を寄せながら、エリはへの字に口を曲げていた。

 ティフ達がいるのは、旧市街にある『レオーネ広場』。

 そこにある、コーヒーハウスの二階だった。

 街の中央にあるこの広場は宮殿からまっすぐ伸びた道で繋がっており、宮殿とその反対に位置する大聖堂のほぼ真ん中。両方の建物を見る事が出来た。広場にはバッサルバルの守護精霊を模った古代の彫刻と、現在の守護精霊を模った彫刻があった。それらの精霊は、偶然にも共に女性の姿をしており、それが対になるように並び立っていた。

 窓ぎわの席で、外の景色がよく見える。

 広場の端に建てられた時計塔の針は夜の六時を回り、大聖堂の鐘が街に鳴り響く。

 日は暮れはじめたこの時間。点火夫が街灯に火をつけて回る広場には、軽食の屋台を並んでいた。仕事帰りの人達は、露店で夕食や帰りがけの一杯を楽しみ始めていた。

 しかし、そんな楽しい雰囲気は、ここには届かない。

 ティフが同席しているのはマルシオにエリナ、そしてエリだ。

 本当はナタリーも来たがっていたが、何があるか分からないため、店で待機していた。

 三人でここにやってきてから、エリナがエリを呼び出したのだ。

 エリはティフの姿を見て驚いていたが、要件を告げると、難しい顔になった。

 眉間の皺をますます深めるエリに、エリナはお願いするように両手で手を合わせる、

「何とかクレステンツ様を救いだせる方法とか無いかなあ」

「と言われても、私としては何とも出来ませんよ。それどころか」

 エリはティフを一瞥する。

「なんというか、この状況を伝えないでおくだけで精いっぱいですよね」

「……だよなあ」

 当然ながら、ティフは脱走者であり、エリにとってが捕らえるべき相手だ(エリナも同様のはずだが)。それを目こぼしするばかりか、彼らに手を貸せと言うのは、彼女には、とてもでないが出来る相談ではないようだ。

 ティフにとっても予想通りの反応であった。昨日の昼間の態度から、真面目そうなタイプだと予想はついていた。手を貸してくれるとは考えられなかった。それでも、なぜかエリナ(とマルシオ)は大丈夫だと言い張って、ここまで来たのだ。

 それで案の定の返事であったが、ティフもここまではついてきたので一応、説得をする事に。

「頼むよ、確かにあいつは色々とあれだけどさ。だからって、死ぬかもしれないのを放って置く訳にはいかないだろ」

「と、言われましても」

 深いため息。

「第一、極刑の件も、もしかしたらの話ですよ。現状としてはリュトエ様からそのような話は出ていませんし」

「え、なんだよ。そうなの?」

 ティフは、リュトエがそのような事を言っていないと知り胸をなで下ろす。てっきりリュトエから漏れた言葉と考えていた。しかしマルシオは引き下がらない。

「でも、可能性はゼロじゃないんだろ」

「そうですけど……」

「救いだすのが難しいなら、せめて一つ顔を見るだけでいいんだ。カミラが無事か確かめたいんだ!」

「ちゃんと優遇されてますし、お元気でしたよ」

 エリはちょっとうんざりした様子で、紅茶を一口。

「ともかく、クレステンツ様は無事ですから。そう心配なさらずとも大丈夫です」

 特別捜査官クリエンテである彼女が言うのならば説得力もある。しかしエリナにしても、自らの提案の手前、すぐには引き下がらなかった。

「エリちゃん、会わしてあげる事も出来ないの?」

「なんでそこまでエリナが気にするんですか。あとエリちゃんって呼ばないで」

「ほら、だって昨日は助けてもらったしさ。恩返しもしたいじゃない」

 友人の心中をエリも汲み取ってか、考えるように短く唸ったが、首を振る。

「すみません、やはり難しいです。私も自国の立場がありますし、危うい事は出来ません」

「そっかー」

 エリナは残念そうに肩を落としていた。

「なんか『白竜の騎士』みたいでかっこいいと思ったんだけどなあ」

 再びお茶を飲もうとしていたエリの手が、硬直。

 その名前はティフも覚えている。『白竜の騎士』は昨日二人が話していた小説の題名だ。

「白竜の騎士、みたいですか?」

 エリの様子は明らかに変わっていた。冷静を装いながらも声は上ずっている。

「だってそうじゃない? 亡国のお姫様を救出に行くんだからさ。まあ性別は逆になってるけど。エリちゃんは、さながら魔法使いのマーシュだよね」

「私が……マーシュ」

 おそらく小説の登場人物だろう。エリはまるで空想に浸る様に視線を逸らしていたが、ちょっとニヤけた。

「マーシュ……私が……」などとぶつぶつ呟いていたが、ワザとらしい咳払い。

「いいでしょう、私が手伝ってあげます」

 まだ声は上ずっていた。

「え、いいの。エリちゃん」

 エリナは友人の変化に驚いていた。自分の言葉が、友人に変化をもたらした事には気がついていない様子。

「本当か、ありがとう!」

 喜びの声を上げるマルシオに対し、エリはあくまで沈着冷静(っぽい感じ)に頷く。

「ええ。あなた達がクレステンツ様を心配しているお気持ちもわかりますから。会わせることぐらいでしたら。善処はします」

 場が盛り上がっている所を申し訳ないが、ティフからすれば大変ありがた迷惑だった。カミラの安全は確保されているという話。それなら危険な目を見てまで彼女に会いに行く理由はなかった。それにこれがバレれば、エリにも迷惑がかかるはずだ。

 ティフは遠慮がちに口を開く。

「いや、無理しなくていいんだぞ」

「無理なんてしていません。必ずやエリ・キウラスレキンの名において、クレステンツ様にあなた達をお会いさせます」

 眼を輝かせてハキハキと言う姿は、もはやティフよりも乗り気であった。

 輝きの中に不純なものが見えるのは、ティフの気のせいだろうか。

 もういっそ、自分だけここで待っていようか。

 ティフは一番安いコーヒーを傾けながら考えたが。

 まあ、多少は自分のせいもあり、カミラの事が心配かどうかと言われたら、一応、一応心配ではあったので、ティフも一緒に行くことにしたのだった。




 宮殿近くの路地裏。日も沈み、うす暗いそこに、ティフとマルシオがいた。二人とも先程の格好とは違う、フォルテの制服を着ていた。

 エリの編み出した方法は極めてシンプル。

 ティフとマルシオを自分の部下として付き添わせ、カミラに面会させるというものだ。

 フォルテの服装は予備のものを拝借してきてもらった。

 当然と言うか、やはり普段ティフが来ている物より肌触りがいい。このまま記念に持って帰りたいぐらいだ。

「この格好なら、とりあえずは大丈夫でしょう」

 特別捜査官クリエンテである自分といるならば、仮に怪しまれてもいくらか無茶は通るだろう。というのがエリの算段。それに今は暗くなり、顔もよくは見えない。

 そううまく行くのか。ティフにはわからなかったが、いまはそれに頼る他なかった。

 フォルテでないエリナが一緒にいると、返って目立つという判断から、彼女は同行していなかった。その代わりに、彼女自身の提案で、デ・スカッピに戻ってもらった。ナタリーも一人だと心細いだろうとの事。エリナの心遣いに、ティフは感謝。

 よく喋って、空気は読めないとばかり思っていた。気遣いが出来るのと空気が読めるのは別問題かもしれないが。

 宮殿正面の巨大な門をくぐり抜け、広い庭に入る。両側には兵が立っていたが、エリのお供ということで怪しんでくる様子はなかった。

 とりあえず、第一難関を突破をしたものの、緊張した面持ちのティフに対し。

「へえええ、ここが宮殿の中かああ」

 と子供みたいな感想をマルシオは漏らしていた。

「マルシオさん、少しはシャキッとしてください。キョロキョロしてると怪しまれますよ」

「だけどさあ、俺も憧れてたんだよなあ、宮殿勤めに」

「なら軍かフォルテに入ればいいじゃねえか?」

「それはちげえんだよ、やりたいのは戦士としての宮殿勤め」

「何が違うんだよ……?」

「お二人とも、無駄話はそこまでに」

 敷地内は大きく三つに分かれている。門から入った正面に見える建物が、公的な執り行いなどを行う本殿。右手にある建物が、軍の司令部。そして、左側に見えるのがフォルテの本部であった。

 綺麗に整えられた庭を、三人は出来るだけ目立たないように端の道を通っていき、フォルテ本部の正面玄関へ移動する。入口の両脇には、オールの木が植えつけられていた。

「ここからは気を引き締めてください」

 小声でエリが促す。

 そんなこと、ティフは言われなくても分かっている。

 さすがのマルシオも、息をのむ気配が感じられれた(それ以上に瞳を輝かせていたが)。

 そして、荘厳なる内部に足を踏み入れていき、


「はい、ストップですよー」


 速攻でヤツィに見つかった。

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