11 義理固憲兵とコスプレ戦士

「で、あんたはここに来たって事?」

 降ってきた言葉に、両腕を下に垂らし机に突っ伏していたティフは力なく顔を上げる。

 カウンターの向こうでは、ナタリーが憐れんだ視線をティフに向けていた。

 ティフが居たのはデ・スカッピであった。窓から夕陽が差し込む店内には、他に客はいない。

 というより、昨日の騒動から店はずっと閉めていた。

 黒板のメニューも昨日のままだ。

「ここ以外、他に思いつかなかったんだよ」

 ティフの行動範囲など限られている。知り合いと言える知り合いも殆どおらず、数少ない友人のクルトも何だか厄介な事になっており、その流れでシュトローマン商会にも行けない。となればナタリーの店を頼る他なかった。

「くそ、笑いたきゃ笑え」

「そこまで壮絶だと笑えないわ。何で一夜にして人生激動しちゃってんのよ」

「こっちが聞きたいよ」

 本当に何で自分がこんな目に合ってしまったのか。ティフですら自分がどんな状況なのか分かってないのだ。ついでに言えば、手にはナタリーが新しい包帯を巻いてくれていた。ホントにティフからすれば感謝してもしきれない。

 ティフは体を起こすと、ナタリーが出してくれたコーヒー(何と奢りだ)に手を伸ばす。

 コーヒーの香りですら、懐かしさから涙腺が緩みそうだった。口をつけるとやっぱり不味い。

 向かいでナタリーが、自分の分のコーヒーを両手で包むように持つと、カウンターに肘を置く。前屈みになりながら、視線を泳がした。

「つまり、昨日から分かった事は、カミラがブルートヴンダのお姫様で、あんたはその黒血? とかって言う特別な能力を持ってる。クルトさんはブルートヴンダの復興を望んでる一団のお仲間。で、カミラは今も捕らえられてて、クルトさん達はそれを救出したい。あんたは宮殿から逃げて今は逃亡者の身」

 一通り言い終えてから、ナタリーはしかめっ面をティフに飛ばしてくる。

「何この状況」

「何なんだろうな、ホント」

 呟きながら、ティフはコーヒーを傾ける。ナタリーも体を起こすと、自分用に入れていたコーヒーを手に取った。

「しかしカミラが亡国のお姫様ねえ。変な奴だとは思っていたけど、昨日あのメガネから聞いた時は驚いちゃった。確かに綺麗ではあったけどさ」

「でもよく三年? 位のんびり過ごせたよな。結構目立つ見た目してるのに」

 仮に性格の事を置いておいても、彼女の容姿は人を引きやすいのではないか。

 何より、あの銀の髪。それはブルートヴンダの王家の特徴であった。

 最もティフにしても、彼女が王族と知って初めて、彼女の銀の髪とブルートヴンダを結びつけたのだが。

 ナタリーは考え込むように、カップの中のコーヒーに視線を落としていた。

「……もしかしたら、お腹の文様が関係してるのかな」

「文様?」

「あの子のお腹の周りに、刺青が彫ってあったのよ。ああいうのって、精霊術の一つ? なのかしら? あの子に何でなんなのが彫ってあるのか気になったけど、そういう理由だったのかも」

 大事な姫様を逃がすのだから、何らかの保護策を講じて当然だろう。もしかしたら、目立たなくする何らかの術があったのかもしれない。

 ナタリーは、頬に手を当てながらため息をつく。

「あたしからすれば、姫様じゃなく、ちょっとアレ感じの店員だったもんなー」

「……そもそも、なんでカミラを雇う事になったんだ?」

 姫様である彼女が、この店で働くことになった経緯をティフは知らなかった。

「ほら、うちって昔は宿屋もやってたのよ。あの子も泊まりに来たお客さんだった訳」

「一人で来たのか」

「まさか。お爺ちゃんと一緒でね。所がそのおじいちゃんがこの街で亡くなっちゃって。で、残されたカミラは行くあてもない。丁度うちも人手が足りてなかったから雇う事にしたのよ。まさか、あそこまで使えないと思ってなかったけど」

 眉毛を曲げながら、うんざりした様子で息をついた。

「使えないって分かったんなら、よくクビにしなかったな」

 愚痴を言いながらもこうして雇い続けていたのだ。何だかんだでナタリーもお人好しなのだろう。とかティフは思っていたが。

「あの子ちょっと世間知らずだからね。安く雇えてるのよ」

 さらりと酷い事をナタリーは口にしていた。

「……安くって、どんぐらい」

「相場の半分以下かな」

 素っ気なく言ってから、ナタリーはコーヒーを口にする。働く場所があるだけマシなのか。それはティフが口出しする事ではないが、もし再びカミラに会う事があったら、一応伝えておこうと考えた。

「にしてもルッシの奴、何やってるのかしら」

 訝しげに、ナタリーは店の奥に視線を送った。

 店に来たティフが事情を話した後、怪我の手当をしているナタリーを尻目に、マルシオは店の奥に消え、そのままだった。

 と、思っていたら扉が勢いよく開かれ、マルシオが姿を現す。 

「待たせたな!」

「いや、待ってねえけど……ていうかお前、その恰好なんだよ」

 彼はなんと、見覚えのない甲冑を身にまとっていた。最も、甲冑は錆びだらけ、籠手と胴体はどう見ても別の甲冑の物を無理やりつなげている始末。

 下半身に至っては、守るべき甲の部分がなく、ただの腰巻き状態だ。

 それでもマルシオはふふん、と自慢するように胸を叩く。

「見て分からないのか。戦士の服装さ!」

「それはいいけど、何。コスプレ?」

 茶化すようにナタリーは言っていたが、彼女の中では嫌な予感が渦巻いており、僅かに顔がひきつっていた。

 同じ予感をティフも覚えており、マルシオの言葉は見事その予感通りだった。

「何を言うんだよ、これからカミラを助けに行くんだ!」

 ティフは呆然唖然。頭を抱えていたナタリーはゆっくりと口を開く。

「あー、ルッシ。馬鹿を言うのはやめてくれない?」

「何を言う。カミラが悪者に捕らえられてるんだぞ。ならば救うのが騎士だろ!」

「あんた騎士じゃないし。それにさっきは戦士とか言ってなかったっけ?」

「なんでお前がカミラを救おうとするんだよ」

 ティフが尋ねると、マルシオはティフの首根っこを掴み、ナタリーから離れた位置まで移動。

「お、お、お前には言っておこうと思うんだけど」

 ナタリーの様子を伺いながら、マルシオの声は小さく、顔は赤くなっていく。

「オ、オ、オレ、カ、カミラの事を。その、あの。ねえ。す、すす、す。好きなんだ」

「うん、知ってる」

 ついでにナタリーも知ってる。どんな会話をしているか想像はついているようで、ナタリーはくだらないものでも見るような瞳をこちらに向けていた。

「こ、こ、ここで、救いだすとか。す、すっげー。かっこよくない?」

 ノーコメント。

 変わりにティフは別の質問。

「何か策はあるのか」

 すると、何を言ってるのという様に自信満々な笑みを浮かべた。

「正面突破に決まってるだろ!」

 ティフはナタリーの方を見て首を振る。

 駄目だこいつ。

 ナタリーも頷き返してくる。

 知ってる。

 絡みついた腕をティフは押し払うと、諭すように言った。

「諦めろ、止めとけ」

「何を言うさ。俺とお前なら大丈夫だぞ」

「勝手に頭数に入れるな。下手に俺達が関わるより放っておいた方が幸せかもしれないぞ。リュトエはカミラと義理の兄弟なんだから、悪いようにはしないって」

「そうかもしれないけどさあ」

 拗ねるガキみたいな態度に、ナタリーは眉間に皺を寄せた。

「っんな愚痴愚痴言わない。ティフの言う通りでしょ。私たちが変なちょっかい出したら、返ってカミラの迷惑になるかもしれないじゃない」

「お前だってカミラがいなくなって寂しくないのかよ」

「うーん、悩ましいラインね」

「ティフは?!」

「ノーコメント」

 マルシオは一体なぜそこまでのリアクションをするのか問い詰めたいくらい大げさに驚愕し、後ろによろめいたが、悪党に立ち向かう正義の味方のように足を踏ん張った。

「いや、俺はくじけない。お前たちが止めたって俺は行くぞ!」

 出口に向かおうとしたマルシオの首根っこを、ナタリーが掴む。

「落ち着け馬鹿! 放っておいた方がカミラの幸せの為になるかもしれないわよ!」

「んなこと知るか! ここで行かなきゃ男がすたるんだ!」

「あんたのアホみたいな理想の野郎像に付き合ってられないわよ!」

 どなり声に混じって、何か物音が聞こえてくることにティフは気がついた。見まわしてみると、窓を小突いてくる存在に気がついた。

 バキュームちゃんではない。人間だ。

 彼女はティフの視線に気がつくと、にっこり笑顔で手を振ってから、扉の方へ回る。

「やっほー、みんなお元気?」

 飛び込んできたのはエリナ・ポトキマーだ。昨日の昼間とは違い私服で、何処にでもいる街娘となっていた。突然の来訪者に、ナタリーも口論を止める。

「えっと、どちらさん?」

「あ、はじめまして、エリナ・ポトキマーです。この街で憲兵やってまーす。昨日そこのティフとマルシオに助けてもらったんだよ」

 ね、と同意を求める様にエリナは笑顔で首を傾げたが、ティフを見て首を反対に傾げた。

「? なんでそんな所に隠れてんの、ティフ」

 ティフはカウンターの陰に避難していた。

「何だよ、俺のこと捕まえに来たのかよ」

 そう考えるのも当然である。ティフは脱走者なのだから、憲兵であるエリナが来たと言う事は、捕まえに来たと考えてしまうだろう。しかし、エリナはあっけらかんに笑う。

「そんなんじゃないって。ほら、今の私、私服でしょ。憲兵はお休み中なの。第一、ここは私の担当区域じゃないしねー」

「俺を油断させる為とか」

「違うって。もー心配症だね」

 とは言われても、ティフの脳裏にはヤツィの笑顔が焼き付いていた。

 脱走するなと言っていたのに脱走してしまったのだから、連れ戻されれば天国まで連行されること確実。そうティフは考えていた。

「でもまあ、そんな事だろうと私も思っていたわけですよ。だからこうして伝えに来てあげたんだよねえ」

 エリナは両手を腰に当てて、ムフンと控えめな胸を張る。

「今日はいつもより早く仕事が上がってね。着替えて家に帰ろうとしたんだけどさ、夕食何食べよっかなとか考えながら。ほら、あたし一人暮らしでさぁ、家に帰ったら一人な訳じゃん。あ、あたし案外家で料理するタイプなの。兵隊なのに珍しくない? 友達でも作ってるのあたし位だからね。出来る女って奴? エリちゃんにも評判いいんだよー。でもしんどい日もあるし、あり物を買って帰ろうかなー、それともやっぱり作ろうかなーとか考えながら――」

「あのー、貴方」

 話に割り込んだナタリーにエリナは目を向ける。

「何、どうかした?」

「ちょっと話ずれてないかしら。出来れば要点だけ言ってくれない?」

「えっとねえ。つまり、帰りがけにエリちゃんに会ったんだ。あ、ティフとクレステンツ様が捕まったのは、昨日のうちにエリちゃんから聞いてたんだよ。びっくりだよね。まさかブルートブンダのお姫様が本当にいるなんて。昨日は冗談で言ってんだけどさ。でも、王子じゃなかったねー。そうそう、今日会った時、なんか喋り過ぎーとか言われたけど、なんだろね? で、その時にエリちゃんから君が逃げ出したって聞いたんだ。これにもびっくりだよ。だけど、リュトエ様は一先ず、ティフの探索は行わないって言ってたんだって」

 結局まとめ切れていない話を、ナタリーが整理する。

「つまり、ティフはとりあえず安全って事?」

「そゆことだね」

「でも何で、貴方がそんな事を伝えに?」

「ほら、昨日は二人にお世話になったんだ。それで恩返しでもしようと思ったわけ。あたしって案外義理固いから。このお店の名前と大まかな場所は聞いてたし、もしかしてティフはここに居るんじゃないかなって。いやあ冴えてるよね、あたし」

「じゃあ俺は、あのヤツィって姉ちゃんに天国に送られる事はないのか」

 未だ机の陰に隠れたままティフは尋ねる。

「? まあそうじゃないかな」

 実際に対面してしまったら分からないが、とりあえずさらし首は免れたという事だけで、ティフにとっては十分だった。

 安堵しながら、ティフが物陰からでてくる。

「うわ、てゆーか腕に包帯ぐるぐるだけど、大丈夫?」

 今さら、ティフの惨状に気がついて、エリナが驚きの声を上げた。

「大丈夫だから」

「そう? それならよかったー」

 胸を撫でおろしたエリナだが一転、悩ましげに呟いた。

「でも、クレステンツ様は大丈夫かどうかはわからないんだよなー」

「何だって?!」

 大きく反応したのはマルシオだ。ズカズカとエリナに詰め寄っていく。

「それってどういう事だよ?!」

「いやさ、私に言われても。エリちゃんから聞いただけだし。てゆーかその服装なに? 兵士のコスプレ?」

「まさか、カミラが殺されるかもしれないってこと?」

 ナタリーの表情も険しくなる。ティフだって耳を疑っていた。

「おい、エリナ。どういう事なんだよ、説明してくれないか」

「だから、私もエリちゃんからそう言う噂を聞いただけだって。もしかしたら極刑になるかもしれないって。詳しい事は私だって知らないよ」

 ホントのホントにただの噂レベルだが、ティフ達からすれば無視できない話である。噂の出所のせいもあって信憑性は否が応でも高く感じられた。

 マルシオは、決意するように握りこぶしを作る。

「やっぱり、俺が助けるしか」

「助けるってどうやってよ」

「当然、正面突破!」

 マルシオの顔面に向けてナタリーは雑巾が投擲。べちゃりと飛沫をまき散らしながら見事激突する。

「馬っ鹿! 少しは考えなさい。死人が増えるだけよ!」

「でもよう」

 そんな二人のやり取りを見て、エリナは好奇心旺盛な笑みを浮かべていた。

「なになに、もしかしてクレステンツ様を助けに行く気って奴?」

「そうさ!」

「いや、出来るならそうしたいけど……」

 元気いっぱいのマルシオと違い、ナタリーの声は力ない。彼女もカミラの事が心配だが、自分たちではどうしようもない事も分かっているのだ。

 エリナだけではない、ティフだってさすがに心配にはなる。自分のせいで彼女が捕まったと言えなくも無くもないからだ。

 ナタリーが言う。

「そうよ、ティフが逃げてきた地下の道は? そこからなら、また中に入れるんじゃない」

「無理だって。暗かったし、一本道じゃないんだから覚えてないって」

 中々いい案が出ず、困っていると。

 エリナが。

「そうだ」

 と、閃く声。

「どうにか出来る可能性がありそうな子なら私、心当たりあるよ?」

 名案、とでも言う様にエリナはにんまり笑みを浮かべていた。

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