4 ドブとお菓子
さて。この国、アルクオーレ。
その首都ランフォーリャには、戦中戦後によって流れてきた人々によって様々な文化が入り混じった結果、多種多様な娯楽がこの街を彩っていた。
色街、酒場という基本的なものは当然ながら、演劇オペラ拳闘庭園ボーリングにダーツにヴェランツェ(球を蹴って遊ぶゲームの一種)など様々な球遊び。
金がなくとも、街で常に何かしらの大道芸人が小さな手品や人形劇で街を彩っている。
金があれば楽しめるが、金がなくとも暇つぶしにはこと欠かない。そう言う意味で、ティフにとっても過ごしやすい街だった。
そんなティフが今、どこにいるかと言うと、
「……臭くない? ここ」
街を流れる川の前であった。その川は、街を蛇行するように流れているラーナ川から枝分かれした小さな川だ。ティフがいるのは新市街の狭い路地を入った川沿いである。目の前の川からは形容しがたい臭いがティフの鼻を刺激してくる。この辺りには、生鮮食品売り場がずらりと並んでおり、肉やら野菜売りやらその他諸々がまとめて川にゴミ残飯を流し、特に臭いがひどい地域であった。ここに流される食品は、浮浪者だって口にしない。
ティフとしてもこんな場所にいたくないのだが、バキュームちゃんにとっては高級食堂と同意語だった。河川脇にたまった臭いの根元をバキュームちゃんは貪ってた。
バキュームちゃんの体は大きいとはいえ、それを遙かに上回る質量を食い漁っていた。それが一体どこに収まっているのかティフは疑問だったが、ともかくバキュームちゃんは食事をつづけ、口の周りは河と同じドブ色に染まっていた。
そんなバキュームちゃんをティフは土手の上から見ていたが、あくびを一回。
なぜ自分がこんな事をしているか、考えずには居られなかった。
そもそも、バキュームちゃんに好かれている理由すら不明だ。もしかしたら臨時の食料として考えられているでは。などと冗談みたいに考えたが、あながち間違いではないかもと思え、頬を引きつらせる。
その時、バキュームちゃんが食べるのをやめ、対岸に目を向けた。
「どうかしたのか?」と、尋ねようとした時。
バキュームちゃんは突如発進。
ドブ川を横断して対岸へ突っ走って行ってしまった。
「おい、バキュームちゃん?」
ティフの呼びかけも無視して、バキュームちゃんは路地へ消えていく。ティフは近くに掛かった橋から反対側へむかい、バキュームちゃんの後を追った。
バキュームちゃんが向かった方向を考え、ティフは背筋が凍る。
そちらには広場があり、今日は月に一度の市が開かれていた。
仮にその広場でバキュームちゃんのバキューム力が発動すれば、大惨事は免れない。
もし、そうなっていたら知らんぷりを通そう。
幸いにして広場手前の路地で、その姿を見つけることが出来た。
ただし、一匹ではない。
「ええい、臭いぞ貴様! それ以上寄るな」
何故かカミラも一緒だった。
汚川を渡ったせいで汚れきっているバキュームちゃんに対し、分かりやすいくらい嫌そうな顔で身構えていた。
そんなカミラの気持ちを知ってか知らずか、彼女が一歩を後ずさる度に、バキュームちゃんは一歩前に進み、一定の距離を保ち続けていた。臭いはよほど強烈なようで、周囲は皆一様に顔をしかめながら、バキュームちゃんから一定の距離を置いている。
(悪い意味で)注目を集めている場所に突入するのは嫌だし、やはりここは我存じぬで通そう。
そう決めたティフだったが、
「おい、貧乏人!」
目ざとくもカミラに見つかってしまい、指を刺されたならば無視する訳にもいかなかった。
嫌々ながら、ティフは前に進み出る。周りからの視線が痛い。
「貴様、飼い主だろ。こいつを放っておくな」
「いや、俺が飼ってる訳じゃないんだが」
「じゃあ何だ、お前は鳥に飼われてるのか」
「んな訳あるか」
その臭いにみかねて、近くの商店の人が水とブラシを貸してくれたので、ティフはバキュームちゃんの体を洗う事が出来た。洗い終わった後も、バキュームちゃんは特に気持ち良さそうな顔もせずに、眼をぱちくりさせている。
「洗い甲斐のない奴だな、こいつは」
デッキブラシの柄に体重を預けながらカミラは呟いたが、洗ったのはティフだけだ。
「お前は手伝ってないだろ」
「なぜ私が手伝わければならんのだ?」
「手伝う気がなかったならそのブラシは何だよ」
「渡されたから受け取っただけだ」
受け取ったからには手伝ってくれることを期待するが、相手が悪かった。
嫌みついでにティフは尋ねる。
「お前、こんなところで何してるんだ、とうとう店をクビにでもなったか」
「貴様と一緒にするな。買い物へ来たに決まっておるだろ」
「俺もクビにはなってねえ」
そもそも働いていないだけである。
「店の食料の買い足しか?」
「なぜ私がそんなものを買いに行かなきゃならん」
「店員なら買いに行けよ……」
「市に菓子を買いに来たのだが、そこにそ奴が現れて邪魔してきたのだ」
カミラから恨めしげに見つめられたバキュームちゃんは、まるで止めなかったお前が悪いんだぞ、とでも言うようにティフに眼を向けてくる。
「それに店の買い物には、マルシオが来ているぞ」
「なんだ、お前等一緒に来たのか?」
「私が出かけようとしたら、奴が勝手についてきた」
「そのマルシオは今どこに?」
カミラは周囲を見渡し、
「知らん」
今まで気にしなかったように答えたのだった。
とりあえず、マルシオを捜すことに。
別に彼に用事がある訳ではなく、単に暇だからという理由だった。汚川に佇んでいるよりも百倍マシである。カミラも一緒についてきたが、その理由は。
「来るときに、マルシオが菓子を奢ってくれると言っておったからな」
という訳で、二人と一匹でマルシオを探す為に広場に。まあ、カミラが一緒だとバキュームちゃんも大人しくなるので、ついてきてくれるのはティフにしても助かった。
この『ヴェルジネ広場』は、普段は落ち着いた静かな雰囲気の広場だが、市の日となると街中から市に並ぶ商品を目当てに人が集まった。
開催する広場には有名なお菓子屋があるからなのか、普通の市よりも甘味物が強い。焼いたばかりのクッキーや歩き売りのアイスクリーム。砂糖の匂いに満たされたここにいるだけで、少し楽しくなってくる。そのせいか、市いる人間は皆にこやかだ。この日の為にお金を貯めて、普段は手に届かないお菓子を買う人の姿はたくさんいた。
市を歩きながら、カミラが言う。
「せっかくだから、何か奢れ」
何がせっかくなのか分からないし、そもそもマルシオに奢ってもらうんじゃないかとかティフは疑問に思ったが、昨日お金を貰ったばかりで懐に余裕があるので、奢る事に。
「金がある時に安易に他人に奢るとは、貧乏人の典型的思考だな」
「お前、奢られたいのか奢られたくないのか、どっちだよ……」
ちょうど目についた『ラッツエ』を買う事に。ラッツエは黄色い花だが、大きいのは赤ちゃんの頭ほどになる。花と言っても美しいものではなく、厚手の葉っぱが重なったような形をしていた。
積み重なったラッツエから二つ選ぶ。その場で食べる事を告げると、店主の男は軽快な捌きでラッツエの表面をナイフで剥いでいく。中心の白い部分が出てきた所で、持ち手に茎根の部分を残し、手渡してきた。
「ラッツエではなく、菓子を奢らんかケチめ」
文句を言いながらも、カミラはラッツエにかぶりついていた。そんな姿に呆れつつ、ティフも口にする。
ラッツエは手軽な食べ物で、ティフもよく口にした。サクサクとした触感で、果物のような甘みとほんのりとした渋みがある。
ただし、稀に渋すぎる物があり、それは生ではとても食べられたものではなかった。
どれだけ食べられないかと言えば、かじったまま間抜けに固まってしまうほどだ。
「どうしたのだ貧乏人。かじったまま固まって。間抜けだぞ」
「……うるせえ」
ティフは手に持ったものをバキュームちゃんに放る。バキュームちゃんはそれを一飲み。こいつに味覚はどうなっているのか。すごい今更な疑問だが。
口直しにぶどうのフェール(未発酵のお酒)を飲んでから、再び探し出す。
少し言った所で、道の真ん中に人ゴミが現れた。
野次馬根性から、ティフは人混みを分け入り進んでみる事に。
誰かが喧嘩しているのだろう。中央からは口論らしきものが聞こえてきた。やがて人混みの中に開けた空間にぶつかる。
その空間には、三つの人影が。一人の女性と二人の男。この騒動の原因は彼らであった。
全身の黒い服。三人とも、憲兵だろう。しかし、憲兵最大の目印である黒い楕円形の帽子をいずれも被っていない。帽子を脱いでいるという事は、どうやら休憩中の憲兵のようだ。
女性は、緑がかった黒髪をしており、背は女性にしては大きくティフと同じ位。肉体の女性らしさは少し弱いが、緩やからな曲線は健康的とも言えた。
その童顔の顔には、困惑と怒りが混じっていた。
一人の男は、今にも女性に掴みかかりそうな剣幕だ。
憲兵同士の痴情のもつれ、とは少し様子が違うようだ。
「勝手に言いふらしがやって、このアマ!」
「何で私ばっかりに怒るの。別に噂してるのは私だけじゃないじゃん。第一、フられたのは事実でしょ?」
「でもてめえが、最初に言いふらし始めたんだろ?」
「いやあ、あんな場所で告白するの見かけてさ、びっくりしたね。あんたみたいのがあの子に声をかけるとか、無茶だろーって。まあ案の定フられるし」
「やっぱてめえが最初じゃねえか!」
怒鳴られても、なんで自分が悪いかさっぱり分かっていないように女性は首を傾げていた。憲兵の情けない話題など、面白くない訳がない。野次馬たちは彼がフられた事を、同情やら小馬鹿にする態度を交えひそひそ声で話している。片方の男が怒鳴っている男を肘でつつき、何か囁く。恥の上塗りをしている事に気がついた男は、威嚇するように周囲を睨みつけた。
一斉に静まり返る野次馬たち。
そこへ、
「なにを下らん事を言っておるのだ、あやつは?」
人ごみを通り抜けたカミラ(とバキュームちゃん)がポツリと言葉を漏らす。普通ならばガヤにかき消されて聞こえないような囁きだったが、周りが黙った瞬間であったため、カミラの一言は憲兵の耳へ綺麗に届いてしまった。
相手は鬼の形相をカミラに向ける。
そこで黙ればいいものの、カミラは不満げに柳眉を吊り上げ、
「何だ貴様、文句でもあるのか?」
「そりゃあこっちのセリフだっ!」
怒りに怒った憲兵は、カミラへ歩み寄る。
「フられたのは事実なのだろ。他人に八つ当たりでもする気か。この阿呆め。そんな性根が腐っているからフられたのではないか」
威勢のいい言葉を並べるカミラだが、さりげなくティフの後ろに隠れていた。
「おい、俺を盾にするな」
ティフが逃げようとしても、服をしっかりと掴まれ動けない。そんなうちに目前までやってきた兵士は、ティフの服の襟をつかみ上げた。
「てめえ、俺をコケにするのか!?」
「してんのは俺じゃないだろ!」
「事実を並べて何が悪いのだ」
「頼むお前黙れ」
「そうだよね。悪くないよね、私!」
と、言ったのは騒ぎの原因となった女性。向こうも向こうで全く反省の色が見えない。我慢の限界となったようで、憲兵の男は腰にぶら下げていた剣を引き抜いた。
「このアマああああ!」
野次馬からは恐怖と喧嘩が起きる事への期待から、ざわめきがが沸き起こる。
脇で黙っていたもう一人の男も、腰から短剣を引き抜く。取り付けれている物にティフは顔をしかめた。それは黄の精霊石であった。
という事は、この男は精霊師。
その柄に埋め込まれた石、『精霊石』がゆっくりと黄色く輝きだす。光は剣の刃に纏わり、集まった光は剣から離れ宙に浮くと、犬の形を作り上げた。
それが精霊である。
精霊は精霊石に宿る存在が体現したものだ。
この世界には、大気中に『マナ』と呼ばれるエネルギーがあるが、普通は人の身ではそれを自由に操ることは出来ない。それを操れるのは精霊だ。彼らは『マナ』を操り、様々な力を用いる事が出来た。
精霊と対話し、使役する存在。それが精霊師であった。
その精霊師の憲兵だが、表情には僅かな困惑が浮かんでいた。そんな主人をよそに、犬の形をした精霊はカミラ達の方へ、唸る様に牙を向けていたからだ。
とにもかくにも、面倒な事態となった。
精霊が現れた事は、ティフにとってさらに都合が悪い。
冷や汗を流しながら、いかに切り抜けようか考えていた所に。
「待ちな!」
人ごみをかき分け、反対側から颯爽と現れたのはマルシオであった。
マルシオは買った食材を脇に置くと、自信満々に胸を張りながら一歩前へ出る。
「大の男が女性をいたぶるなんて頂けないぜ」
「マルシオ、俺もいる」
「ここはこのマルシオ・ドーキンバクが相手になる!」
ティフを無視して啖呵を切るのは良いものの、マルシオは一人で武器はなし。一方の相手は二人で、それぞれ剣を構えており、オマケに片方は精霊師だ。
傍から見ればマルシオの堂々とした態度は、この場を納められる自信の表れにも見えたが、彼を知るティフにすれば、この場をまぜっかえしに来ただけだ。
「おい、マルシオ、お前――」
「わかってるよ、ティフ。俺が助けに来たらからにはひと安心だ。俺とお前でこいつらをぶっ飛ばそうぜ!」
いつの間にか頭数に入れられていた。
逃げたかったが、前からは憲兵が襟を、後ろからはカミラが腰と袖を固く掴み、ティフは身動きが取れない。
その時に、バキュームちゃんの事を思い出す。
バキュームちゃんなら何とかしてくれるのではないか。仮にも霊獣と呼ばれているのだ。普段から世話をしているティフのピンチ。ここぞという力を発揮するのではないかと考え、期待を込めた眼差しをバキュームちゃんに向ける。
こちらを見たバキュームちゃんは。
何かよう?
とでも言う様に、ただ首を傾げただけであった。
しょせん、霊獣と言われようが畜生は畜生か。
突如、唸っていた犬の精霊が合図もなく、カミラに向けて飛びかかった。光は熱を帯び、勢いを増していく。
それはまっすぐとカミラに。
いや、ティフに狙いを定めていた。
「!?」
だが、それは突如飛んできたモノに撃ち落とされ、鳴き声をあげながら地面を転がる。
撃ち落としたのは鷹のような大きな鳥。
その鳥も、半透明で緑色に輝いていた。精霊だ。
鳥の精霊は空中で軽やかな円を描き、人ごみから現れた少女の持つ木の杖に止まった。
木の杖の先端には緑に淡く輝く、握りこぶし程の巨大な精霊石。
そして、杖の持ち主である少女が羽織っているのは、緑に白のラインで彩られた服装。
国王直属部隊、フォルテの
幼いながらも鋭い視線が、二人の憲兵に投げかけられる。
「貴方がた、これは一体何事ですか。憲兵たるもの、このような場所で喧嘩を行い、あろうことか精霊で市民に襲いかかるとは」
「命令ではなく、精霊が勝手に――」
「言い訳は聞きません。これ以上、騒ぎを続けるならば、この私、エリ・キウラスレキンが貴方達を処罰します」
「お言葉ですが、キウラスレキン殿」
ティフを掴んでいる憲兵が口を開く。僅かな焦りと憤りが見て取れた。
「我々はあくまで軍に所属しています。しかし貴方はフォルテ、別の組織だ。しかも、|
「愛すべき祖国は違えど、今は共に王の御旗に集いし者です。それに、我々|
男は緊張した様子で強張りながらも、引き下がれなくなったのか、前に出ようとした。それを精霊師の男が抑え、首を振る。苦々しく歯ぎしりをすると、憲兵はティフを離して、二人は人ゴミの中へ消え去っていった。
場を見事に収めた事への歓声と、あっさりと片付いた事への悪態が周囲に巻き起こる。
何とか事なきを得たティフは、強張った肩から力が抜け深く息をついた。
「ありがとうねー、君。助かったよー」
そこに、絡まれていた女性があっけらかんとした笑顔でやってくる。
「ホント私のせいでゴメンねー。なんか巻き込んじゃってさ。いやさ、あの男がフられたんだけどさ。たまたまそれを見ちゃったのよ。告った相手がこれまたあいつに身分不相応な子でさ。フられて当然だよねー。というか所属も違うからほぼ面識ないしー」
「ちょっと、エリナ」
先ほど現れた
「あ、エリもありがとねー」
「ありがとうじゃないですよ。前から言ってますけど、エリナは口に気をつけてください」
「いやあ、努力はしてるんだけどさー」
あっはっはとあっけらかんに笑った姿は、どうみても反省の色は見えなかった。
それから、エリナと呼ばれた少女は言う。
「あ、そう言えば自己紹介がまだだったね。私はエリナ・ポトキマー。見ての通りこの街の憲兵でーす。といっても、受け持ちはこの壁内じゃなくて中央なんだけね。でもって、こっちがエリちゃん。
「エリナ」
長々と続きそうだった言葉を、エリが呆れた様子で遮る。
「喋り過ぎ」
「喋っても別に問題はないでしょ?」
「そうだけど……」
「あ、あたしら二人とも制服着てるけど、別に仕事サボってる訳じゃないんだよ? エリちゃんは
「だからエリナ――」
「今日はここで市があるでしょ。それでエリちゃんと一緒に買い物に来たんだー。で、帰る前には、ヴェッチオでお茶していくつもりなの。それで、ちょっと別れてお買い物してた時に、あいつらが絡んできてさー。もう困っちゃってて」
「エーリーナー」
止めるよう強く言ったエリに、エリナは首をかしげた。
「どうしたの?」
「口には気をつけてって言いましたよね?」
「え? そうだけど、それが?」
やはり、努力はできなさそうだ。
少女は悩み顔を浮かべていたが、自分の立場を思い出したように表情を引き締めると、たおやかな動作で自らの胸元に手を添え、改めて自己紹介。
「私、エリ・キウラスレキンと申します。危ない所をありがとうございましました」
「全くだ。ひどい目にあったぞ」
いつの間にかカミラが前に出てきて、偉そうな態度で胸を張った。
「貴様ら、下の教育を怠っているのではないか?」
「いや、九割ぐらいお前のせいだよ」
「何故だ?」
まるで何も分かってないように、カミラは首を小さく捻る。
「申し訳ありません」
律儀にも申し訳そうな顔をするエリに、ティフは言う。
「こっちは勝手に巻き込まれただけだけどな」
「ですけど、先ほどの彼は――」
「よう、大丈夫だったか」
話をすればなんとやら、マルシオが駆け寄って来た。
だが、彼が笑みを向けたのはエリやティフではなく、カミラだった。
そんなマルシオに対し、カミラは、
「あ? どうしたのだ役立たず」
笑顔も作らず眉毛を曲げていた。確かに何もしておらず、心の中でティフも同意する。そんな様子をお構いなしに照れくさそうに頭をかく。
「いやあ、カミラが無事でよかったよ。何かあったら大変だった」
「そんな事より菓子を奢らんか」
「分かってる分かってる。俺の活躍は見てくれたんだよな。大丈夫、俺も怪我はないから」
「菓子は」
全く会話がかみ合っていなかった。
マルシオがカミラに好意を持っている事は傍から見れば丸わかりであったが、カミラは気がついていないのか、気がついていたとしても無視を続けていた。それであってもアタックを続けるマルシオは度胸があるのか馬鹿なのか。
ティフは後者であると考えている。
そこで、エリの杖に留まったままの鳥が――精霊だ――短く声を上げ、ティフは体をびくつかせる。それは明らかにティフを威嚇していた。エリは自分の精霊の様子に首をかしげる。
「どうしたの、ファル・ボラ?」
ファル・ボラというのが、その精霊の名前なのだろう。エリナも友人の精霊を不思議そうに見ていた。
「ファルちゃん。機嫌悪いの?」
「なんだか殺気だっています。先ほどのいざこざのせいかもしれませんが、それでも……」
精霊は何かを問いかける様にエリを一瞥したが、再び鋭い瞳でティフを射抜く。
これもティフにとっては慣れたものだ。
「いやあ、気にしないで。どうも俺、精霊に嫌われてるから」
昔からの体質であった。普通、精霊は個体差はあれど人間に友好的だ。だがティフだけは例外で、どんな精霊もティフには絶対に懐かない。
先ほどの犬の精霊がティフに襲いかかってきたのも、同じ理由であろう。前にも何度か似たような眼にあっており、ティフも可能な限り精霊に近づかないようにしていた。
そのため、先ほどから精霊が近くにいるのが、ティフは気が気でなかった。
「そうなのですか? でも一体なぜ」
「俺が聞きたいよ」
「貴様の性格が悪いからではないか?」
カミラには言われたくない。そう思うティフであった。
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