第56話

 え、……え、やっぱりまずかったのかな。

 訪れた沈黙が、なんとなく苦しい。ごとんごとんという列車の振動音が、なんだか急に耳に入り始めた。どうしよう、どうすべき?

 というか――お前ずるいぞ。黙ってるなよ、さっきから。

「いやちょっとね」

 様子見してんの、と、あいつからは意外と真面目な声が返された。

 何の様子見かは知らないが、とりあえず俺を助けてくれる気は無いらしい。そいつに救いの手を求めるのを諦め、何か別の話題を探すべく脳みそをフル回転させる。

「そうだ六原君、話が変わるんだけど、あの、『Delete』ってさ」

 ようやく引っ張り出せたのは、今日の解散後、飯嶋が六原君に返却していた本だ。

「あれってそんなにキツい話? 午前中に飯嶋からすごくおすすめされたんだけど、飯嶋はネタバレ嫌いだから、そうやって訊いても観るか読むかしたら分かるってしか教えてくれなかったんだよな。六原君は本しか読んでないって言ってたけど、あらすじ的にはどんな感じ? そんなにグロくなさそうなら、映画か本か、探してみようかな」

 それに対する反応は。

「俺も気になってたんだよね! 精神的にはクるかもななんて意味深に笑ってたけどどうなんだろ? 谷崎君が観れたならでんちゅーもいけるんじゃない? 谷崎君に訊いてみとけば良かったねぇ」

 六原君よりも、様子見中とやらだったはずのあいつの方が速かった。

 でもどっちかっていうと俺は本の方が読んでみたいかなー、と勢い込んでいる。

「ヒロさんが読みたければ貸すけど」

 一通りそいつの反応が終わった頃、ようやく六原君から言葉が返って来た。

「……ヒロさんに勧めていい本なのか自信はないよ」

「どっ、どういうこと? そこまでキツい内容?」

「人によっては割とかも」

 静かに言った六原君が、抱える鞄のジッパーを開け、本を取り出す。

 そのまま渡されるのかと思ったけど、表紙が見える状態にしたその本を、六原君は自分の手に持ったままだった。

「俺は少し後悔したよ、読んだこと」

「……えーと、決める前にひとつ訊いてもいい?」

 なに、と短く問う六原君に、俺は大事なことを尋ねる。

「六原君って、グロテスクな映画とか平気な人?」

「全然ダメな人」

「えっ、そうなんだ。それなら……うん、借りようかな」

「怖いもの見たさってヤツだよねぇ。あとは、アッキーも飯嶋君も谷崎君も野中君も、もちろん六原君も知ってるのに、でんちゅーだけ知らないのが寂しいって気持ち?」

 全部分かってるとでも言いたげなあいつの台詞を無視して、

「借りてもいい?」

 と、六原君に再確認をする。

 薄い水色の本が、

「どうぞ」

 低く短い声と共に、斜め前から俺に向かって渡された。

 こちらに向かって伸びるその手と、鞄を落とさないよう抱え直した六原君の動作に、俺の中で何かがザワつく。

 なんだろう。なんだこの、嫌な感じ。

 その感覚を振り払いたくて、本を持ったまま、俺は敢えて笑ってみせる。

「グロテスクな映画って無理だよな。俺も六原君と同じだよ」

 怖いっていうか気持ち悪くなっちゃうよな、と、どんどん話を続けていく。

「ホラーとかも嫌い? 俺はそっちは平気。映画館とかって、六原君は結構行く方?」

「系統関係なく、他に人が居る場所で映画を観るのは苦手だよ」

「あ、それ分かる気がする。映画はやっぱり家でゆっくり観たい派ってことだよね?」

「…………」

 俺の質問にしばらく黙った後、六原君は軽く首を振った。

 それから真っ直ぐ俺を見据えた目は、六原君が何かを決めたように思えた。

「見えるから。映画の時だけじゃないけど」

「見えるって……なにが?」

 訊き返しながら、自分の顔がヒクついているのが分かる。

 ザワつきが止まらない。

 あぁ嫌だな。気持ちが悪い。早く治まれ。

「人がその時に考えている、こういうことが起こればいいのにっていうものとか、こういう風になるのは嫌っていうものとか、こういう人が居るんだっていう――」

 六原君はそこで、隣を見た。

「ケサラン・パサランさんみたいなものが」

 隣に座る、あいつを見た。

 やっぱりそうなんじゃん、と、あいつが笑い混じりに言った。

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