第38話
***
ボックス席に一人で腰掛けると、やっぱり広い。
いつもがいつもだから、そんな違和感を持ってしまうのは当然だ。来る時にも、俺は同じことを感じた。
いつもなら、対面には明良。その隣に六原君。鞄を抱えるとなると、四人掛けとはいえ全員が座るのはキツくって、だからあいつだけは日によって、気ままに通路で立ったりしゃがんだりだ。通路を挟んだ隣のボックス席に行儀悪く寝転んでいることもある。
そういや、吊革で懸垂なんかして、あの後筋肉痛にならなかっただろうか。
最後に別れた日のあいつを、俺は思い出す。
平日の夕方の今、乗客は少なく、ボックス内の自分以外の席はぽっかり空いたままだ。それでも俺は窓際の、いつもの定位置に座っていた。
今なら、あいつも座れるのにな。
一人列車に揺られているうち、会いたい、という気持ちがじわじわとやって来た。
谷崎君たちと一緒に居る時はそれでも忘れられていたけど、こうして、いつもはすぐ傍に居たはずのやつのことを考えてしまうと、溜息が出そうになる。
終業式の日から、つまりあいつに会わずに居て、もう一週間以上も経つ。
そして次に会えるのは、三週間以上も先だ。
会いたい、話したい、あいつと。
でも、俺がそう望むのは電話もメールも出来ない相手だから、直接会うどころか言葉をやりとりすることさえ出来ない。
休みに入るまでの通学中はいつも一緒に居たというのも、休みに入ってからは一度も連絡を取り合っていないというのも、それはあいつも六原君も同じだ。だけどやっぱり、六原君に関しては感じていない辛さが、今の俺には渦巻いていた。
終業式の日に誓ったように、あいつのことを忘れたりなんかは絶対にしない。それについての不安は、もう振り払ってある。だけど、明良以上になんでも話せていたあいつと話が出来なくなったということ自体、俺には、かなり辛いことだった。
でんちゅーの寂しんぼ、と笑うあいつが、頭の中だけに浮かぶ。
前にも言われたそれ、今なら認めてやってもいいよ。
俺、お前に会えないの結構寂しい、っていうか辛いわ。
代表役員としての相方がお前なら、今日は久々に会えてただろうに。そして広々としたこの席に二人で座って、これまでの休みをどうしてたかとかの話が出来だだろうに。……本気でそんなことを考えてしまうのは、部活動で忙しい中それでも俺任せにならないよう頑張ってくれている、実際の相方の佐々木に悪いだろうか。
ごとんごとんと列車は進んで、真っ暗なトンネルへと入った。
ゴオォという大きな音が耳に響く。窓には、ボックス席に一人で座る俺が映り込む。取り残されたような気持ちになりながら、俺は、居ないあいつへ一人語りをする。
俺さ、鉾谷小学校、今日初めて行ったんだよ。
あそこ、俺や明良の母校より綺麗だわ。俺らの学校なんて、その頃からぼろっぼろだったもん。一部改修が入ったって聞いてるから、今はむしろマシになってんのかな。
まぁ、久しぶりに見た、俺も昔使ってた器具とかもあったから、実際通ってたって訳じゃなくても今日はすげぇ懐かしい気持ちになったわ。
それから、谷崎君たちとグラウンドで遊んでさ。その時にした話でも、自分が小学生だった頃のことめちゃくちゃ思い出したよ。
安達君とは、いろんな感想とか、見てたアニメが被ったりした。話す前は穏やかそうなイメージだったけど、安達君ってちょっとお前と似てるかも。また小さい頃の話とか、それ以外のことも話してみたいな。話せば話すほど、共通点が増えそうだ。
それでさぁ。
お前は、小学生の時って、どんな感じだったの?
なんか、今とあんまり変わってそうにないけど。
何して遊んでた? アニメ見てた? 渾名とかってつけられてたの?
――……こういう話って、お前が消える前に、もう、したことある?
俺が覚えてないだけで、今日谷崎君たちと盛り上がったみたいに、懐かしさを楽しんで笑ってたこと、前にあったのか?
トンネルを抜けて、うるさい音が消え、まぶしい光が差した。
ごとんごとん。ごとんごとん。振動の度に次の駅が近づく。俺は立ち上がる。
一度よろけ、座席背もたれに手をついてしまった頭上で、車内放送が流れた。
「芳口、芳口です。お降りの際は――」
列車に乗る度に目にしてきた駅だけど、降りた回数は三回くらいしかないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます