**4章**

第13話


 **4**


【鈴掛明良】


 最近、学校で見かけるヒロは、ほとんど一人でいる。

 クラスでの様子は知らないし、見かける回数もそんなに多いわけじゃないから、ただの偶然かもしれない。でも、なんだか妙に気になった。

 ヒロは自分のことをコミュ障だのぼっち予備軍だのと言いながら、望んで孤立しようとはしていなかったはずだ。

 もしかして、ハブにされてるとかじゃねぇだろうな。

 正直、はじめはそんな心配もした。

 でも、それとなく窺っていた登下校の時のヒロの様子からは、特にクラスに対して憂鬱に思ったり、嫌なことがあったりするような感じは見られなかった。ヒロのクラスメイトに関するちょっとした質問をしても、分かれば即答し、分からなければ「ごめん、俺そこまで仲良くないから分かんないわ」と、いつもの調子で返してきた。

 もし仲間外れのようなイジメに合っているのなら、いくら人付き合いが苦手なヒロでも、さすがにショックを受けているだろう。だけどそんな風には感じられない。

 というかむしろ、と俺は思う。

 最近のヒロは、物事に対して前より前向きになった気がする。

 快闊というか、意欲的というか――例えば昨日、帰りの列車内で学校教材の英単語本を取り出してきたヒロには、こいつ熱があるんじゃないかと思った。

 ちょっと明良問題出してみて、と言うヒロに、どうしたよ急にと心意を問えば、金曜日って毎週小テストあるじゃんと、あいつは当然のように言った。

 いや小テストって。

 そりゃ知ってるし、そのために勉強するのは良いことだけど、お前、今までそんなのしたこと無かっただろ。こういうのは実力試しだからって言い訳して、そのまま受けて、ペケの多さにやっぱりダメだったわって、八の字眉毛で笑ってたじゃん。

 どうしたよ急に、と同じ言葉を繰り返した俺に、昨日のヒロは笑っていた。

「意外と俺も、負けず嫌いだったみたいなんだよな。明良の成績にはさすがに追いつけないと思うけど、ちょっとは頑張ってみようかなぁって」

 そのヒロの笑顔に、俺は黙るしか無かった。

 何が切っ掛けになったのかは分からないけど、幼馴染のその心変わりは、俺も喜ぶべきものだったからだ。

 だから、――……あぁ、うん。

 気にかけすぎか。別に俺、あいつの親でもねぇんだし。

 そう思い、俺は、廊下の窓から裏庭を見下ろしたまま苦笑する。

 ベンチに一人で座って弁当を食うヒロには、ちっとも寂しそうな様子はない。時々目の前にある花壇を見て、笑顔に近いものを浮かべてすらいる。

 いやお前それは流石にちょっと怖いわ。そんなに園芸好きだったっけか。

 初めて知った幼馴染の一面に少々引き気味になりながら、俺はヒロから目線を外した。

「あ、明良の黄昏終わった? 暇ならトランプ入れよ」

 窓から離れて教室に戻った俺に、そんな誘いの声がかかる。

 机をくっつけてトランプに興じていた五人の中の一人、谷崎だ。

「なに、黄昏終わるって」

「えぇー? なんかさっきの明良、そんな感じだったから。窓に広がる景色を眺め、一人で物思いに耽る……うーん、黄昏だな」

 ガタイが良く短髪の谷崎が、そう言ってうんうんと大きく頷く。

「黄昏関係無いだろ」

 と、短くツッコミを入れたのは、二組の足羽。

「え、なんでだよ。まさに黄昏だろ? 週末の憂いを感じてたとこじゃねぇの?」

「谷崎、お前の脳内辞書、取り替えてもらった方がいいよ」

 本当に分かっていないらしい谷崎を、せめてまさに青春だろ、と同じく二組の大澤がからかった。続けて正しい答えを口にしたのは、これも同じく二組の江野だ。

「谷崎くんの辞書がどうなってるかは分からないけど、一般的にいう黄昏って時間帯のことだよ。夕方の、薄暗くなって相手の姿が見分けが付きにくくなってきた頃。『あいつは誰だ』って意味の『誰そ彼』から来てるんだって」

 それを聞いて、まじでぇ、と、谷崎は素っ頓狂な声を上げた。

「ただし、最近では『黄昏る』って動詞もありって考え方もあるよ。その場合には谷崎くんが言ってたみたいに、物思いに耽るって意味になるね」

「じゃあ俺も合ってんじゃん。さっすが江野先生! 眼鏡かけてるだけあるな!」

「眼鏡ってそこまで重要ポイントかぁ?」

 大澤の笑いながらの突っ込みに重要だともと頷いてから、谷崎は続けた。

「でも俺、『黄昏』ってずっとセンチメンタル的な、なんかそういう雰囲気のことだと思ってたわ」

「そのセンチメンタルの意味は分かってるのか?」

 すぐさま追撃をした足羽に、やめてやれよと野中が言う。

「基貴のことだし、どうせジャーニーがどうとか言い出すくらいだぞ」

 ふっるいな、と他の三人が声を揃え、

「お前がやめろよボケどころ潰すなって!」

 と、谷崎は悲鳴のような声を上げた。そして、そんなやり取りの最中にまとめていた机上のトランプを、当然のようにこっちに手渡す。

「ほら、新入りが配れよな」

 俺が加わるのは決定事項らしい。

 まぁ拒否するつもりも無かったけど、とそれを受け取る。

「何すんの? 野中居るからダウトは無しな」

「あぁ。淳が居るからダウトは無しだ」

「もちろん。野中くんのやり方は汚いからダウトは無しで」

「言ってろお前ら」

 集中攻撃に舌打ちする野中を笑い、俺は手近な椅子を引いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る