第二幕

「うおっ⁉ 何だ⁉」

 突如破れた結界の音を訊き、契約を調整していたバルックは現実世界へと引き戻され、驚きのあまりその場で跳び上がってしまう。

 そして、視線の先には忌々しそうにユレンを睨みつけるレジェデイアと憤然とレジェデイアを見据えるユレンがいた。

「あぁ? 何でユレンがシンと険悪なムード醸し出してんだ?」

 一人蚊帳の外な状態だった為、バルックは何が何だか分からずに疑問符を浮かべる。

「おい、お前等どうし」

 バルックが何か言うよりも早く、ユレンが端目で一瞥すると直ぐ様バルックの方へと駆け出す。そしてレジェデイアも今度こそ仕留めるとばかりに光の矢を一度に五つもつがえて放っていく。

「ちょっ⁉」

 迫り来る光の矢に驚愕を隠せず、バルックはユレンに抱かれてその場から一気に離脱する。

「おいおいおい! ちょっとばかし戯れが過ぎやしねぇか⁉」

「これ、ガチでの戦いなんですよね。戯れじゃなく」

 バルックの言葉を受け、ユレンは真相を口にする。

「何だってんな事に」

「それはっと」

 ユレンは口を一旦閉ざし、歪みを生み出して虚空へと退避し、直ぐ様閉じる。レジェデイアから放たれた光の矢はほんの一瞬届かず、そのまま歪みがあった空間を素通りしていく。

「……おい、何でお前が歪みを生み出せんだ?」

「それを含めて今から説明しますよ」

 ユレンは先程結界内で起こった事全てをバルックに伝えた。その間、バルックは口を閉ざして静かにユレンの言葉を聞いていた。

「……んだそりゃ」

 最後まで訊き終えたバルックは、眉間にしわを寄せて腹の底に響くかのような声音で吐露する。

「つまり、あれか? あいつはルァーオと一緒に戦ってたレジェデイアで、支配者――灰の神はレジェデイアの私欲によって引き起こされかけている崩壊から世界を救う為にヒトを殺して回ってたってのか?」

「そう言う事です」

「……ざけんなよ、ごら」

 バルックは怒りで沸騰しそうになった。

 灰の神がどうせ言っても訊かないだろうからとバルックに真実を告げなかった事や、レジェデイアの本性に気付けなかった事に対して。そして世界の声が聞こえない自分に対して怒りを顕わにした。

 確かに、バルックは神として生まれてまだ数千年しか経っていない。ルァーオと共に駆け抜けた時はまだ五歳にも満たない幼子だった。

 まだまだ神としては未熟で、世界の声を聴く事も出来ず、虚空の回廊を行く為には他の神や眷属が生み出した歪みを利用しなければならない。

 それでも、バルックは神の一席だ。神とは世界を彩り、見守る者。バルックは世界を守る為にルァーオと契約をして虚ろの者達を屠ってきた。しかし実際は、世界への危機を同じ神が引き起こしたものと誤認し、あまつさえ元凶となる者と共に歩んでいたともなれば滑稽にも程がある。

「……おい、灰の神よ。聞こえてんだろ?」

 バルックは、ユレンの中にいる一部と、虚空の回廊内にいるであろう本体に向けて語り出す。

「おめぇがきちんとオレに言ってれば、オレはお前を手伝ったぜ? 少なくとも、レジェデイアを倒すってとこだけだがよ」

 偶然生まれ落ちた先の世界とヒトの作り出すものが好きで、灰の神とは敵対した。しかし、それでもきちんと訳を話してくれれば一方的に悪だと断定はしなかった。元凶を潰す事に付いては、全面的に協力しただろう。

「けどな、ヒトを絶滅させるってのは駄目だ。オレは世界に流れる風や陽の光、夜空なんかも勿論好きだが、ヒトの作り出す芸術とかも好きなんだよ。オレ等じゃ思いもつかねぇようなものを編み出し、形にするんだ。オレはそう言ったのを見たり聞いたりすんのも好きなんだ。だから、ヒトを絶滅させようってとこは手伝えねぇ。それは今も昔も変わんねぇ」

 バルックは一呼吸置くと、眉間のしわを少し和らげながら灰の神へと告げる。

「だからよぉ、灰の神。まず、今だけ。お前に全面的に協力する。あのレジェデイアを葬り去るとこだけ、全力で協力する。レジェデイアを倒した後は、お前の返答次第で敵対するからな。そこだけは覚えて置け」

 それだけ言うと、バルックはユレンへと向き直る。

「と言う訳だ、ユレン」

 尻尾を使って跳躍し、ユレンの頭の上に乗っかるとバルックは己の身体を黒い上着へと変化させて彼に纏わり付く。

『オレもあの野郎を葬り去るの、手伝うぜ』

「うん。よろしくお願いしますね」

 ユレンは強く頷き、歪みを生み出して世界へと舞い戻っていく。

『歪みを生み出すのは俺に任せておけ。灰の神の力を借りればオレだけでも普通の歪みをお前より早く正確に生み出す事が出来る。ユレン、お前は攻撃にだけ集中しろ。あの野郎が売ってくる矢は、オレが絶対にお前に当たらせやしねぇからよ』

「頼りにしてますよ」

 ユレンは剣を構え、レイディアへと駆け出していく。レジェデイアはまたこの世界へと戻ってきたユレンへと向けて光の矢を連射していく。

 ユレンは回避する素振りを見せずに真っ直ぐと突き進んでいく。彼へと向かって行く光の矢は当たる事も無く、バルックの生み出した小さな歪みに呑まれて消えて行く。

 バルックは掛けるユレンの邪魔にならない様、歪みの大きさは最小限にして視界を隠さないようにし、歪みを生み出す時間をコンマ一秒に満たない間で終わらせ直ぐ様消す事により前進するユレンの障害とならないように配慮した。

 レイディアは先程と異なる動きをし始めたユレンを見て一瞬だけ思考がその事に付いての考察へと移り変わった。

 その隙を付く形で、ユレンの剣がレジェデイアを切り裂く。

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