第一幕
バルックは今も尚結界の外で契約の調整をしている。なので、結界内にいるユレンの行く先に歪みを生み出す事は出来ない。
そもそも、だ。ここは地上よりも遥か上空に位置する浮遊島だ。虚ろの者達は遥か上空まで虚空の回廊を通ってここまで来る事が出来ない。なので、バルックの用いる一度閉じた歪みを無理矢理こじ開ける方法が使えない。
では、どうしてユレンは歪みを生み出す事が出来るのか?
それは、灰の神の力を借りているからだ。
ユレンは灰の神を許す事は出来ない。理由はどうあれ、彼の親しい人物を苦しめたのだ。知らずに魔法の恩恵を受けていたとは言え、ヒトを多く殺したのだ。割り切れるものではない。
ただし、それでも灰の神が世界を救おうとしていた事だけは伝わった。灰の神には、例え事が終わって世界に恨まれても絶対に救うと言う揺らぐ事無い覚悟を持っていた。
ただ、それでもだ。
ユレンと灰の神の目的は一致した。全ての元凶であり、私利私欲の為に世界を滅ぼそうとしている神の力に愛されし者――レジェデイアを倒す事。
故に、灰の神はユレンに力を貸し、ユレンは灰の神の一部をその身に宿した。
灰の神本体は今も尚世界に力を取り戻す為にヒトに向けて侵攻しようとしている事に変わりはない。力を借りたのはあくまで灰の神の一部。本体とのリンクが結界により途切れてしまい、ユレンとの一時結託及び仇敵との相対はまだ灰の神本体は知りえない。また、虚空の回廊を経由してもユレン自体が結界の外へと行く事が出来なくなってしまっている。
なので、ユレンはまず早急にレジェデイアを倒すか、もしくはこの結界を壊し、灰の神本体の侵攻を止めようと行動を開始する。
成功する確率の高い、結界を壊す事をユレンは選んだ。
周りに伸びる五色の光。これは世界の力ではなく神の力そのものだ。流石は神の力に愛されし者と言った所か。魔法よりも凄まじい力の本流が光の内に秘められている。
ただの魔法ではこの光の柱を打ち崩す事は出来ないだろう。
しかし、ユレンの手にはそれを打ち崩す事の出来る力がある。
五色の光の柱と同等の力を秘める、剣。かつてルァーオが灰の神を打ち倒して世界を救いたいと言う願いによって生まれた神の力を内包する剣。
ユレンは歪みを行き来し、レジェデイアの放つ矢を巧みに躱し、反撃を織り交ぜながらながら五色の光の柱へと切り掛かる。
しかし、ユレンの思惑に最初から感づいていたレジェデイアは光の柱へと切り掛かろうとするユレンへと矢を放つ。
互いに進展の無いまま、攻防が続く。
先に息を切らしたのはユレンだった。
ユレンは常に足を動かし、虚空の回廊とこの世界を行き来して剣を振るっている。当然、体力は削れていく。
対するレジェデイアはほぼその場から動かずに弓を放っている。その場から動くのは歪みから現れたユレンの攻撃を躱す時だけだ。
弓に矢をつがえて放つ。その動作を常に行っているので無論体力は消費するが、常に動き回って剣を振り回しているユレンよりも消費する体力は少ない。
故に、レジェデイアは未だに息を切らさず、矢を放ち続ける。
「ぐっ!」
そして、遂に矢がユレンの右足を貫く。力の収束した矢はただ穴を穿つだけではなく、付近の部位をごっそりと消失させた。
脹脛に当たった事により、ユレンの右足は膝から下が消失してしまう。バランスを崩し、その場に転んだユレンは歯を食いしばって右足の痛みを堪える。
それでも、ユレンは諦めずに剣の切っ先をレジェデイアへと向ける。それを見て、レジェデイアは無駄な足掻きだと鼻で笑う。
「さて、幕引きと行こうか」
身動きの取れなくなったユレンへと、レジェデイアは冷徹に弓を向け、矢をつがえる。
「いやはや、残念だ。何も知らずに灰の神の一部を倒していたなら、灰の神を打ち倒す駒となっていただろうに。しかし、事を知ってしまったからには生かしてはいけない。全く、助けた甲斐が無いと言うものだ」
嘆息すると、レジェデイアは弦を引く。
「さらばだ、虚空を歩む者。その命を儚く散らせ」
レジェデイアは弦から手を離し、矢を放つ。矢は真っ直ぐとユレンの頭へと突き進んでいく。痛みに耐え、脂汗が滲み出ているユレンは迫り来る矢を見て――ほくそ笑むだ。
「……待ってました」
矢がユレンへと直撃する寸前、彼と矢の間に歪みが出現する。矢は歪みの中へと消えて行き、そしてユレンの背後に現れた別の歪みから出て行く。
一度虚空へと消えてこの世界へと戻ってきた矢はそのまま直進し、光の柱へとぶち当たる。すると、光の柱は音を立てて崩れ去った。
柱が一つ崩れた事により、結界は維持出来ずに瓦解していく。
「なっ……」
現状が信じられず、レジェデイアは目を見開き、音を立てて崩れて行く結界を見つめる。
ユレンは、ことごとく邪魔をされるならば、いっそ自分ではなくレジェデイアにこの結界を壊させようと企てた。
歪みを出現させて攻撃を背後に流す方法は本来取れない。何故なら、虚空へは神の力を有する者や特異体質の者以外は向かう事が出来ないからだ。
しかし、レジェデイアの放つ矢は世界の力を吸い上げつつ、神の力を源として生まれるものだ。故に、虚空へと向かう事が出来る。ユレンはその特性を逆手にとって、五色の光の柱を壊したのだ。
無論、レジェデイアは自身の矢で柱が壊れないように細心の注意を払いながら放っていた。なので、その注意が僅かに逸れるようにユレンは己を偽った。
わざと息を切らしていき、あたかも体力が無くなっていっぱいいっぱいであると見せかける事。そして、それ故に動きが鈍っているかのように見せる事。これによって隙が生まれたとレジェデイアを誤解させた。
そして、膝から消失した右足だが、実際は消失しておらず、五体満足を保っている。
矢が当たる寸前にユレンは足周りと同じ大きさの歪みを発生させ、そこに足を突っ込んだのだ。これにより、矢によって足が失われたのようにレジェデイアを騙した。
無論、足は失われていないので血は出ていなかったが、その足を庇うようにレジェデイアから見えない様背後に持って行き、右足に注意が向かない様剣の切っ先をレジェデイアに向け視線をそこに向けさせたのだ。
そして、矢を喰らったかのように見せた場所は柱の真ん前。これもユレンが敢えてそこで矢を受けたかのように見せたのだ。こうする事により、自分に放たれた矢をそのまま虚空を通して流せば背後の柱へと向かう軌道を作りやすかったからだ。
結果は、成功だ。
結界は壊れ、ユレンの中にいる灰の神の一部と灰の神とのリンクが甦り、現状が灰の神へと伝えられる。
これで、灰の神が虚ろの者を率いて世界へと侵攻する事を防ぐ事が出来た。
ユレンは激痛に苛まされる演技をやめ。虚空から右足を出して二本足で立ち、レジェデイアを見据える。
「さて、これで幕引きではなく、第二幕の幕開けです」
ユレンは静かであるが、ずんと鼓膜に響く声でレジェディアに告げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます