レジェデイア
「戻ってきたか」
目を覚まし、むくりと起き上がったユレンを見て、シンはほぅっと息を吐く。
こうしてユレンが目を覚ましたという事は、灰の神の一部を打ち倒したという事を意味する。
これで、あとは現在も奮闘しているバルックの契約の調整が終われば、もう二度と灰の神に同調される事はなくなるだろう。
「これで灰の神との同調は切れ……っ」
ふと、シンは一気に上空へと飛び上がる。彼女が先程までいた場所へユレンは引き抜いた五色の剣を切り払っていた。
「……何の真似だ?」
「何の真似も、見た通りですけどね」
「血迷ったか」
「血迷っていませんよ」
ユレンは頭を振ると、そのまま剣の切っ先をシンへと向ける。
「元凶をまず取り除こうと、思っただけです」
「…………ほぅ」
シンはにたぁっとまるで悪魔のように口元を三日月のように釣り上げる。その様子にユレンは得も知れぬ悪寒を覚えつつも決して目を逸らさずに剣を構え直す。
「シンさん……いえ、神の力に愛されし者――レジェデイアさんとでも呼んだ方がいいですか?」
「……そうか、そこまで知ったか」
くつくつと笑い、シンは――レジェデイアはユレンを見下ろす。
「如何にも、私は神の力に愛されし者レジェデイアだ。今は器は違うが、その魂は同じだ。それにしても意外だな。灰の神から何か聞き出せたのか?」
「聞き出していませんよ。ただ、記憶が流れ込んで来ただけです」
「古の勇者の時はそのような事はなかったのだがな。古の勇者よりも同調していたからか?」
「さぁ? どうでしょうね?」
ユレンは答えを濁し、レジェデイアを見据える。
「ふん」
鼻を鳴らすと、レジェデイアは一息の間にユレンとの距離を零にまで近付け、そのまま彼の腹へと正田を繰り出す。
「がっ⁉」
「まだまだ、未熟だな。古の勇者の方が遥かにいい動きをする」
くの字に折れ曲がったユレンの後頭部をそのまま肘で打つと、続け様にボールを蹴るように彼の頭を蹴飛ばす。
「どうした? 元凶を取り除くのではないのか?」
「くっ!」
地面をゴロゴロと転がるユレンへと並走し、止まった所で首元を締め上げながら持ち上げる。
「一つ、話をしようか。あれは私がまだ五つにも満たない頃だった」
気紛れか戯れか、レジェデイアはユレンの首の骨を折らず、その場に落とす。
「私は物心つく前から何かしらの違和感を世界に感じていたのだ。それは強大な力が世界を包み込み、押し付けているような、そんな感じだ。その違和感の正体を五つの頃に知ったのだ。神の残した五つの力だとな」
咳き込むユレンに構わず、レジェデイアは語り続ける。
「私にはその力を感じ取る事が出来た。そして、ある程度なら操る事も出来た。それを用いて、私は当時神秘と呼ばれる様々な奇跡を生み出したものだ。そして何時しか、何故私には神の力を扱えるのだろうと言う疑問が生じた。結局の所、理由なぞ分からなかった。それでも、人知を超えた力を振うのは得も知れぬ快楽と愉悦がもたらされた。その時点で、理由なぞどうでもよかったのだ。そして、この力をもっと上手く扱えるようにしたい。もっともっと自在に操りたい。そう乞うようになった」
その時から、レジェデイアは狂い始めたのだろう。力に固執する余り、周りの事が見えず、鑑みる事をしなくなった。
「そして、一つの結論に至った。この力を残した者達と――同じ体になればいいと」
それはある意味で当然の帰結だったのだろう。しかし、考えとしては狂気のものだった。
「肉体を神にまで昇華させるには莫大な力が必要だった。この世界に残された神の力だけでは賄えぬ程の、な」
しかし、とレジェデイア僅かに口角を上げる。
「莫大な力自体は身近に存在していたのだ。そう、世界を構成し維持する力だ。これを用いればヒト一人を神へと昇華させる事が出来る。しかし、世界から直接力を引き抜こうとしても抗ったのでな。別の手法を取る事にした。私が神の力で引き起こす奇跡に似たプロセスを用い、かつ世界の防衛機能の穴をすり抜ける法則を生み出した。それが、魔法だ。ただ、魔法は扱える者とそうでない者で分かれたからな。魔法文化を築き上げ、魔法を扱える者を選定し、魔法を使用する事を推奨した。結果は知っての通りだ。神の力の一端だと誤解した奴等は嬉々として奇跡だ、のたまっていたな」
灰の神が外法と呼ぶ魔法はすべてレジェデイアの為だけに生まれたものだ。
「魔法を使う為に汲み上げた世界の力は、魔法を使用すると自動で私の魂へと注ぎ込まれるように魔法と言う法則自体に細工を施してある。力は着々と私の下に溜まり、このまま順調に行けば身体の寿命が尽きる前に神へと昇華出来るだろうと言う見込みだった。しかし、灰の神が現れてからは上手く行かなくてな。古の勇者の力と私が溜めた力を消費して、漸く消滅させる事が出来た。まぁ、消滅させた後に奴の身体の主導権を握ればよかったのではないかと言う考えも浮かんだが、どちらにしろ不確定要素が多過ぎて断念するしかなかったがな」
軽く一息吐くと、そのままレジェデイアは地面に手を付いているユレンの胸ぐらをつかみ、再び締め上げる。
「結局、私の器が寿命を迎えるまでに力は堪り切らず、そのまま没してしまったのさ。その後は記憶を保持したまま転生し、気長に力が溜まるのを待った訳だ。そして、もう少しで世界の力を吸い尽くし昇華が出来るという段階で灰の神が復活。実に間の悪い事だ。しかも、魔法を扱える者を攫って改造を程こす事により、改造した者を媒介に私が溜めこんだ力へとリンクさせ世界へと戻させたのだ。実に忌々しいものだ」
長々と語ったレジェデイアへと、ユレンは掴まれた胸元を押さえながらも毅然と言った風体を崩さずに、彼は改めて彼女に問い掛ける。
「……結局、あなたが世界を滅ぼそうとしているのは、自分の為なんですか?」
「結果的にはそうなるな」
レジェデイアは悪びれもせず、反省する様子なぞ微塵も見せず淡々と己が答えを口に知る。
「私が神へと昇華する為に必要な事だ。多少の犠牲は致し方あるまい」
「……………………そうですか」
レジェデイアの答えを訊き、ユレンの胸の中に冷たい雫が降り落ちる。
「では、そろそろ終いにしようか。灰の神を打ち倒す重要な駒が一つなくなるのは不本意だが、亡くなったとしても打ち倒せない訳ではないからな。問題はない」
レジェデイアはユレンを空高くまで放り上げると、弓を出現させて光の矢をつがえる。
「さらばだ、虚空を歩む者よ」
悲しむ素振りなぞ見せずに、躊躇いも無く矢を放つ。
しかし、矢はユレンに当たる事無く空野彼方へと消えて行った。
「なっ」
レジェデイアは己の目を疑った。矢が外れた事にではない。ユレンの下に歪み突然現れた事に対してだ。
ここは虚ろの者が来る事は出来ない雲とほぼ同じ位置にある。
かと言って、ユレン自身に歪みを作る力はない。既に作られた歪みを再びこじ開けるしか出来ない筈だ。それも、ユレン本人ではなくバルックの助けを借りてバルックの意思のみで歪みを出現させていた。
だが、今のユレンにはバルックはついていない。だのに歪みを生み出して、そこからレジェデイアへと攻撃を仕掛けて行く。
「ちっ」
レジェデイアは矢で応戦するも、彼の身体に傷一つ付く事はなかった。
「……悪いんですけど、そう簡単にはやられません。あなたの本心が訊けて、漸く僕の心は定まりました」
歪みから顔を出したユレンは切っ先をレジェデイアに向けて宣言する。
「世界を崩壊へと導くあなたを、全ての元凶たるあなたを、この世界から取り除きます」
そうして、ユレンは歪みへと戻り、背後からレジェデイアへと襲いかかって行く。
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