偽りのない真実

 もう、どれくらいの時間が流れただろうか?

 ユレンは灰の神の一部と未だに相対している。

 互いに拳を握り、ただただ殴り続ける。

 それは戦いと言うにはあまりにも稚拙で無様な物だ。

 子供の喧嘩。そう表現するのに相応しい物だった。

 ただ殴って、殴られて、それでまた殴っての繰り返しだ、

 この精神世界では、ユレンはバルックとの契約で得た力を行使出来ない。なので、ただただ殴るだけしか出来ない。

 対する灰の神の一部も、ユレンを殴るだけだ。それは単にバックアップだから殺さないようにしているだけか、はたまた別の思惑があるのか。

 恐らく、後者だったんだろう。

 ユレンが殴る度、殴られる度に彼の脳裏には灰の神の記憶が鮮明に映し出される。

 ユレン達が生きている世界は、そもそもは灰の神が育んだ世界だった。

 世界が産声を上げて直ぐ、偶然近くにいた灰の神が世界に色を加えた。

 灰の神だけでは世界を彩る事が出来ず、荒涼とした大地と曇天の空が広がる世界を他の世界と同様に命が育むものにする事は出来なかった。

 それでも、世界は灰の神に感謝した。自身に色を付けてくれた事に。自身に世界としての在り方を与えてくれた事に。

 暫く、灰の神は世界と一緒にいた。それはヒトにとっては幾千年もの月日だが、永劫の時を生きる神と世界にとってはほんの僅かな時間でしかない。

 幾千年が経ち。世界に赤、白、青、黄、緑の神々が訪れた。

 神々が訪れたのは偶然だった。五色の神々は気まぐれに数多の世界を渡り歩いている。

 この偶然を逃すまいと灰の神は五色の神々に世界を彩ってくれるように頼みこんだ。

 五色の神々は灰の神の頼みを快く引き受け、世界に彩りを加えた。

 緑芽吹き、四季折々、生命の息吹、大海に大地、大空が世界に与えられた。

 灰の神は五色の神々に礼を述べ。彼等は再び立ち去った。

 神々が残した五色の力によって世界は安定し、命が育む状態を維持する事が出来た。

 世界が世界として存在出来るようになると、灰の神は世界から立ち去った。

 世界は行かないでくれと灰の神を引き留めた。しかし、灰の神は首を横に振った。

 命が育む世界にとって、灰の神の力は毒になりうる。一所に留まっていては悪影響を及ぼす可能性がある。灰の神は世界の身を案じて、立ち去ったのだ。

 それでも、永劫の別れではなく、灰の神はふらっと世界の所に立ち寄り、その度に他の世界で見た事聞いた事を世界に語り掛けた。世界は灰の神の話を訊くのが楽しみだった。

 ある時、灰の神が世界の所へ戻った時、世界の意思は儚く弱々しいものになっていた。いくら語り掛けても答える様子はなく、このままでは消滅してしまう危険があった。

 一体何があったのか? 灰の神は世界に目を向けると、恐るべきものを目にした。

 世界が育んだ命が、世界の寿命を食い荒らすような真似をしていたのだ。

 知恵がついた為、神秘の方を生み出したが為の弊害。魔法と言う、神の力の一部を使っていたと錯覚し、実際は世界の力を一方的に吸い上げているに過ぎない外法を生み出し世界を崩壊へと導いていたのだ。

 それを率先して行っていたのが、神の力を媒介にしてより多くの世界の力を吸い上げる事が出来たヒト――神の力に愛されし者だった。

 その者は、自身が用いていた力は決して神の力の行ったんではなく、世界を構成するのに不可欠なエネルギーである事に気付いていた。

 それでも、己が栄華を誇る為に、これ以上の発展を目指す為に世界に負担が掛かろうとも魔法を使い続けていた。

 このままでは、世界は消滅してしまう。

 灰の神は世界を救う為に、外法を用いるヒトを殲滅する為に動き始めた。

 まず、己の眷属であり、分身である者達――虚ろの者を生み出し世界へと解き放った。

 虚ろの者が生み出す歪みは灰の神や神々が世界と世界を行き来する為に使われる回廊――虚空へと繋がっており、常人では入り込む事が出来ない。

 虚空と世界を行き来する事により、虚ろの者は被害を最小限に抑えてヒトの数を減らす事が出来た。

 しかし……。

 ヒトでは踏み込む事が出来ない虚空へと入り込む者がいた。その者は偶然生まれ落ちたばかりの黒の神の力を借りて眷属を屠り始めた。

 黒の神はまだその力が未熟故、世界の声が聞こえない。灰の神が真実を語ろうにも、黒の神には世界へと侵攻してるようにしか見えず、聴く耳は持たないだろう事が予測出来た。

 灰の神は黒の神とその者との契約に同調し、その者へと一部を入り込ませた。そうすれば己が支配下の下コントロール出来るかと思ったからだ。

 だが、灰の神の目論みは外れ、その者は局所的な激情に呑まれながら次々と虚ろの者を屠っていった。

 このままでは、世界を救う事は出来ない。そう感じた灰の神はその者を屠る為に自ら世界に降り立った。偶然にも、その者の傍らには全ての元凶と言うに相応しい、神の力に愛されし者がいた。

 まさに好機、と灰の神は纏めて屠ろうとその力を振るった。

 しかし、結果は取り逃す羽目になった。ヒトの決死の覚悟による足止めを喰らい、行方も分からなくなってしまった。

 灰の神はその者達を捜しつつ、世界を救う為にヒトの数を減らしていった。

 そして――再び虚空へと入り込む事が出来る者と、神の力に愛されし者が灰の神の目の前に現れた。

 しかし、彼等の手には見慣れぬ武器が携えられていた。

 一つは、世界に残された五色の神の力がひたすらに世界を救う為の祈りに応えて結晶となった一振りの剣。

 一つは、世界に残された五色の神の力がただ繁栄の為の願望により無理矢理に結晶となった弓。

 剣は正に世界を救う為に生まれたものだが、弓は違う。弓はただただ世界からより力を吸い上げる為の道具だ。

 灰の神は慄き、弓を壊そうとするも五色の剣を持つ者に阻まれる。

 そして、五色の剣に貫かれ、世界の力が凝縮した矢を受けて灰の神は消え去った。

 しかし、運がいい事に灰の神は消滅はしなかった。偶然にも五色の剣を持つ者――後に古の勇者と呼ばれる者に宿していた灰の神の一部へと自我が乗り移り、事なきを得た。

 生き永らえる事が出来た灰の神は、直ぐ様次に繋げる為の布石を打った。

 まず、五色の剣の力を分散させ、世界各地へと飛ばした。この力に選ばれたヒトを巫女とし、世界の力の消費を抑える為の制御装置とした。また、滅ぼせなかったからと代わりに少しずつ真実を告げるようにと言う念を籠めた。

 灰の神は元の力を取り戻す為に休息が必要だった。なので、暫しの間虚空へと舞い戻り意識を手放す事となった。

 起きた時に、少なくともこれ以上世界を苦しめない状態になっている事を願いながら。

 力を取り戻し、目を覚ました灰の神は絶望した。

 世界は以前よりも弱々しく、崩壊に近付いていたからだ。

 真実は全く世界に浸透していなかった。

 何故なら、巫女から真実が告げられる事はなかったからだ。告げようとした瞬間に、神の力に愛されし者が弓を放って巫女守ごと巫女を亡き者にしたからだ。

 巫女は殺され、それ以来次代の巫女は口をつぐみ、継承の儀式に置いてのみしか真実を伝える事をしなくなった。

 世界に真実が広まる事はなく、未だに魔法が神の力の一端だと信じて使っている愚かなヒトが闊歩する様を見ているしかなかった。

 力を取り戻した灰の神は、再びヒトを消す為に立ちあがった。

 そして、魔法――つまり世界の力を吸い上げる外法を扱うヒトを捉え、その内部構造を参考にして神の力の一部を扱える眷属を生み出した。神の力を世界に満たし、世界から吸い上げられる力を少しでも和らげる為に。捕らえた外法を扱う者達は少しでも世界に力を還元出来るようにと形を弄った。

 形を弄ったヒトは魔法を使う事は出来ないが、己の身の内のエネルギーを用いて魔法のような事象を生み出す事が出来、それによって世界にほんの僅かだが力を供給出来るようにしたのだ。

 ――――これが、灰の神の記憶から得られた嘘偽りのない真実。

 シンが語った事は嘘のよって事実を塗り潰された虚言だ。

 しかし、灰の神は仕出かした事はとても許す事は出来ない。

 世界の為とは言え、もう少し違う方法があったのではないか? と。

 ユレンの中には最初はどす黒い感情が生み出されていたが、今では様々な感情が綯い交ぜとなって我を忘れそうになっている。

 ユレンは灰の神を許す気にはなれない。

 例え世界の為とはいえ、ヒトを――レイディアを改造され、殺す事になったのだ。許す事なぞ、出来ない。

 ユレンは拳を固く握り、灰の神の一部へと殴り続ける。

『ユレン、やめて』

 そんな彼の拳を止める者がこ精神世界に現れた。

 自分の拳を止めた者は誰か、ユレンは視線をそちらに向ける。

『お願いだから……これ以上殴らないで』

 ユレンを止めたのは……ユレン自らその命を散らした者――レイディアだった。

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