終幕
ユレンの斬撃は、レジェデイアの腹を横一文字に切り裂いた。
「……やった、と。思ったか?」
――かのように見えた。
いや、実際に腹を切り裂いた感触はユレンの手にはあった。しかしレジェデイアの身体には傷一つなく、切り裂いたとばかり思って油断していたユレンへと矢を放つ。
ユレンは咄嗟に身を捻って回避しようとするも避け切れずに左手に直撃してしまう。
「がっ……」
「舐められたものだな。たかが一太刀で私を仕留めた気になろうとは」
レジェデイアは翼をはばたかせ、弓を連射していく。それをバルックが歪みを生み出してユレンに当たらないように防御しつつ、ユレンは一度レジェデイアとの距離を開ける。
「その剣は確かに強力だ。ただし、私にとっては脅威になりえないただのなまくらだ。あの祈りの時、私が保険を掛けないとでも思ったか?」
レジェデイアは神の力に愛されし者だ。神の力を媒介に世界の力を操る術を身に着けている。つまり、神の力の結晶たる五色の剣の力が生み出された際に、五色の剣に内包された神の力に細工を施し、世界の力を流し込んでレジェデイアを決して傷付けないと言う呪いを掛けたのだ。
『おい、大丈夫か?』
「な、何とか……左腕をやられましたけど」
ユレンは激痛で顔を歪めつつ、左腕に視線を移す。矢の直撃を受けた左腕は肘から下が消失しており、血が流れ続けている。
「バルックの方こそ大丈夫ですか?」
『オレは身体の一部が無くなっても痛手にはなんねぇよ』
左腕の消失と同時に、上着に変化していたバルックの一部も消失した。しかし、ユレンとは違い痛手にはなっていないようだ。バルックは少しばかり形状を変化させ、ユレンの傷口を覆い、これ以上の出血が無いようにきつく絞める。
『しかし、その剣が通じねぇとはな』
「剣に頼らずにやるしかないですかね」
『……いや、そうでもねぇんじゃねぇか?』
「と言うと?」
バルックは一旦ユレンの前に歪みを生み出し、ユレンはその中へと入り虚空へと向かう。そこでバルックはユレンへと一つ相談を持ちかける。
『つー訳で、ちょっと試してみてくんねぇか?』
「分かりました」
頷いたユレンは歪みから世界へと戻り、レジェデイアの方へと駆けて行く。本来なら左腕が無い分バランスが偏り走り難い。が、バルックが調整を行い、ずれを極力なくしてくれた御蔭で幾分か走りやすくなっている。
そして、ユレンは再び剣で切り付けて行く。
「無駄だと学習しないのか?」
レジェデイアは手を翳し、今度は避ける振りもせずに五色の剣を掴もうとする。
「……ちっ」
しかし、直ぐ様身を捻って回避行動を取る。切っ先が彼女の手の平に触れ、浅くではあるが傷をつける事に成功する。
『やっぱりな』
「バルックの予想通り、今度は切れましたね」
ユレンの持つ剣には五色の光は宿っていない。代わりに、黒い靄と灰色の靄がその剣に纏われている。
『あの野郎はあくまで五色の神の力を表に出している場合の攻撃を無効化出来るみたいだ。で、俺と灰の神の力はそれの範囲外らしい』
そう、今現在剣に元々宿っていた五色の力は最奥にて潜み、代わりにバルックの力と灰の神の力が剣に力を与えている状態となっている。
レジェデイアはあくまで五色の力を細工して呪いを剣に付加した。ならば、呪いの媒介となった五色の力をわざと潜めれば攻撃が通るのではないか? と考えた。
五色の力を潜めても呪いが残る可能性もあったが、それは杞憂に終わった。
更に、攻撃力を上げる為にレジェデイアが細工を施していない力――バルックの黒の神の力と灰の神の力をその剣に一時的に纏わせた。
『なら、ユレン。お前はオレとの契約で得た俺の力を存分に使って、あの野郎と叩き潰せ。今なら灰の神の力と合わさって以前よりも出力が上がってる筈だ』
「はいっ」
ユレンはきっとレジェデイアを見据え、一気に駆け出して剣を振るって行く。
「くっ、この」
剣の攻撃を受けても傷を負う事はなかった先程までと違い、黒と灰の神の力を纏わせた県ではダメージが通ってしまうようになったレジェデイアは余裕を幾分か欠き、光の矢を放ちながらユレンを決して近付けないように距離を開ける。
光の矢の雨の中、ユレンはバルックを信じて駆け抜ける。バルックの意識は光の矢だけに注がれ、ユレンに当たる瞬間にゆがみを生み出して虚空へと送っていく。
そして、レジェデイアが弓をつがえる瞬間にユレンを歪みの向こうへと送る。
ユレンは虚空の回廊の中を移動し、レジェデイアの背後へと躍り出て剣を振り下ろす。レジェデイアは振り返らず、気付いた様子を見せていない。このまま最後まで振り下ろせば、レジェデイアの身体は真っ二つに切り裂かれるだろう。
「なっ」
しかし、剣は最後まで振り下ろす事は出来なかった。
ユレンが虚空の回廊へと入った瞬間に、レジェデイアは天へと向けて光の矢を数発放ったのだ。その矢はレジェデイアの死角へと時間差で降り注ぐように射られており、まさにユレンが剣を振り下ろそうとした際に彼の頭上へと矢が降ってきたのだ。
バルックもまさか事前にそうしていたとは考えもせず、歪みによる防御も間に合わない。ユレンは剣を振るって光の矢を払う。
「消えろ」
それが隙となり、レジェデイアは無防備なユレンの腹へと目掛けて光の矢を放つ。
バルックは咄嗟に歪みを生み出そうとする。しかし、歪みが発生するよりも早く光の矢がユレンの腹を射抜くのが目に見えて分かってしまった。
まさに、絶体絶命。
――おーおー、苦戦してるみたいだねー――
しかし、歪みが発生するよりも、そして光の矢がユレンを射抜くよりも早く目の前に降ってきた者によって矢は叩き伏せられ、不発に終わる。
ユレンは即座にレジェデイアから距離を取り、彼とレジェデイアの間に割って入ってきた乱入者の姿を見て、眼を見開く。
「ルァーオ、さん?」
てっきり灰の神にやられたとばかり思っていた古の勇者ルァーオの唐突な出現に、ユレンは驚きを隠せずにいた。
――うん、ルァーオだよ――
「無事、だったんですか?」
――無事も何も、僕はもう死んでるんだぜ? やられる事はあっても、殺される事はないさ。まぁ、危うく改造される一歩手前だったんだけどね。でもユレンと一時結託した灰の神の一部を通じて、何とか改造される事無くこうして虚空の回廊を通って来れたって訳さ――
実体化しているルァーオはユレンを安心させるように、そして声には出していないが同様に驚いているバルックを安堵させるように肩越しに振り返ってにかっと笑顔を向ける。そして、直ぐ様前を向いてかつて共に歩き神話に名を残した者を見据える。
「……古の勇者。いや、ルァーオ」
――やぁ、レっちゃん。久しぶりだね。まさか君が全ての引き金を引いた張本人だとは思わなかったよ――
「そうだな。私の間近にいて、全く気付かなかった君はまさに滑稽だったよ。思い通りに動いてくれて、いい駒だった」
――駒、ね。それは酷いな。僕は友だと思ってたんだけど――
「私は最初から君を友だとは思っていなかったさ」
――……ずばり、と言うんだね。……残念だよ。本当に――
心底残念そうに語るルァーオは、くるりとレジェデイアに背を向けてユレンの方へと向く。
――あ、ユレン。ちょっと身体に入らせて貰うよ――
「え?」
ユレンの承諾を得ずに、ルァーオは彼の身体へと入り込む。
ルァーオが体の中に入った事により、ユレンの身体に変化が生じる。矢の一撃を貰い、消失してしまった左腕が復活したのだ。いや、復活したのではない。触覚はあるが自分のものではないとユレンは感じ取る。
この腕は自身に入り込んだルァーオのものだ。ルァーオがユレンと一時的に同化し、彼が失った部位を補うように部分的に実体化を行ったのだ。
同化した事により、実体化したルァーオの腕はユレンの腕であるかのように彼の意思で動かす事が出来る。
――じゃあ、レっちゃん。いや、レジェデイア。これから君は僕とユレン。そしてバルくん達がぶちのめすからね。今更謝ってももう遅いゾ☆――
ユレンの口からルァーオの声が出てくる。レジェデイアはそのルァーオの言葉に対し鼻で笑う。
「誰が謝るか。私は悪い事なぞしていない」
――うわぁ、それを素で言うんだ。こりゃ典型的な自己中心的で利己的な御人ですねー――
苦笑いを浮かべるルァーオの顔がユレンの脳内に映し出される。
――と言う訳で、ユレン。僕も君の身体の動きをサポートするから、一気にやっちゃって。レジェデイアを倒して、世界に平和をもたらそうぜっ――
「はいっ」
ユレンはレジェデイアへと突撃する。
レジェデイアはユレンを近付けない為に矢を放つ。
矢はバルックが防御する。
ルァーオはユレンの動きをサポートし、先程よりも機敏で、そして予測のしにくいものへとなっている。
空高く、ひっそりと浮かぶ浮遊島にて人の目に移る事無い幾重もの攻防が繰り広げられる。
レジェデイアは一気に終わらせようと温存していた力を最大限に発揮する。矢の形をしていた光は柱となり、天から降り注がせる。
ユレンは虚空の回廊へと入りながら光の柱を回避し、隙を窺っていた。
これだけの大技を繰り出すのだから、必ず隙が生じると。
決して焦らず、そして世界にいる間は目を背けずにレジェデイアの一動作を見据える。
そして、漸くその隙を捉える事が出来た。
ある程度光の柱を放ち終えると、弓の埋められた宝石から光が失われる。その間、レジェデイアは矢を放たない。そして宝石に光が戻ると再び光の柱を降り注いで来る。
ユレンはわざと虚空の回廊へと入り込む回数を増やし、先程のような背後を取ろうとしているように見せかける。
レジェデイアは背後を警戒し、光の柱の何本かは彼女の死角へと放つ。
それの御蔭で、弓の宝石が光を失う間隔が短くなった。
ユレンとレジェデイアの距離が一息で詰められ、尚且つ弓の埋められた宝石の光が失われる瞬間。それをユレンは待っていた。
そして、その時は来た。
丁度ユレンが虚空の回廊へと身を潜め、光の柱を回避して再び世界へと戻って来た時、レジェデイアの手荷物弓の宝石から光が失われていた。距離も一息で詰められる程に近く、正に千載一遇の好機だ。
――行けっ、ユレン!――
『ユレン!』
ルァーオとバルックの言葉を受け、この好機を逃すまいとユレンは剣に黒と灰の神の力を最大限まで纏わせて一気に突撃していく。
「はぁぁああああああああああああ!」
「喰らうかっ」
レジェデイアは無理矢理体を捻って紙一重でユレンの斬撃を回避し、そのままユレンの腹を蹴り上げて距離を開ける。丁度宝石に光の戻った弓を引いてユレンへと光の柱を降らせようとする。
「消えろ、虚空を歩む者っ」
しかし、弦を引いた瞬間に弓は音を立てて粉々に砕け散ってしまった。
「な……何?」
今し方起きた事が信じられず、レジェデイアは弓を持っていた手を凝視する。先のユレンの一撃は紙一重で避け、弓にも接触していなかった。なので、それが原因で壊れる事はない。
では、何故?
――さっきルァーオさんが言ってたよね? 達がぶちのめすって――
絶えず疑問が浮かんでくるレぜデう亜の耳元で囁く者が一人。
レジェデイアは咄嗟に振り返るが、それよりも早くに灰の神の力の籠った光弾が四肢を穿つ。
「がっ⁉」
レジェデイアは痛みに顔を歪め、翼をはばたかせて離脱しようとするも、それよりも早くに背後に回られ翼さえも討ち抜かれ地面へと落とされる。
――これで身動き出来ないね――
レジェデイアを行動不能に陥れた者を見て、ユレンは息を飲んだ。
つい先程精神世界で彼女の声を聴き、姿を見たばかりだ。しかし、既に肉体は失われているので現実世界に来る事はないだろうと思っていた。
だが、彼女――レイディアは肉体を持ってここに現れた。その身体は灰の神に改造を施された状態ではなく、一座で共に旅していた時と同じものだった。ただし、その身体は半透明で、今にも空に融けてしまいそうな程に儚いものだ。
「レイディア……」
――さっきぶりだね、ユレン――
レイディアはユレンに笑い掛ける。そして、レイディアは足元にいるレジェデイアを一瞥すると、ユレンの持つ黒と灰の神を纏わせた五色の剣へと視線を移す。
――さぁ、ユレン。とどめ、さしちゃって――
ユレンはレイディアの言葉を受けて頷き、レジェデイアの首に剣を当てる。
「く……しかし……私は記憶を持ったまま転生する。私は此度は勝てなかったが、負けもしなかった」
レジェデイアは悔しそうな顔を作るも、不敵に笑みを浮かべて今はまだどのような種じょくに生まれ変わるか分からないが来世に望みを託す。
『あぁ、悪いがおめぇに次はねぇよ』
しかし、バルックは無慈悲に告げる。
『オレと、そして灰の神の力でお前の魂を絡め取り、二度と転生しないように消滅させる』
「なっ⁉」
『残念だった。ここでおめぇは終わりだ』
希望を断たれ、レジェデイアの顔には絶望が浮かぶ。
『さぁ、ユレンやれ』
ユレンは剣を振り上げ、何時でも降ろせるように構える。
「ま、待て! 悪かった! もう二度と、もう二度とこのような事はしない! だから魂の消滅だけは勘弁してくれ!」
形振り構ってられず、先程までまだ保っていた余裕は木っ端微塵に消し飛び、レジェデイアはプライドを捨てて命乞いを行う。
――どうするの? ユレン――
ルァーオはユレンに問いかける。
「……俺は」
ユレンは真っ直ぐとレジェデイアを見下ろし。
「……魂の消滅は、望んでいません」
その言葉に、レジェデイアはまだ望みはあると目の奥に輝きを燈す。
「けど、俺はあなたを許せません。なので、バルック」
『何だ?』
「耐性の無い魂が虚空の回廊に長時間いたら、どうなりますか?」
『……虚空に融けて消えるよ。だが、それはあくまで虚空に融けるだけで魂は消滅しないな。まぁ、転生も出来ねぇし、意識も無くなるがな』
「では、魂の消滅ではなく虚空の回廊に閉じ込めるようにしてもらえますか?」
『あいよ』
しかし、その最後の望みは完全に断たれる。
魂の消滅は免れるが、一生転生する事はなく、そして意識さえも失う。それは結局の所、魂の消滅と同義ではないか?
「待て! お願いだ! 許してくれ! 頼む!」
「無理です。俺はあなたを許せないと先程も言いました。それに、あなたの所為で命を落としたヒトがいっぱいいるんです。ケジメをつけさせる、と言う意味でも俺の意志は揺るぎません」
「待て、待て待て待て!」
「さようなら」
ユレンは剣を振り下ろし、レジェデイアの首を刎ねる。剣に纏っていた黒と灰の神の力がレジェデイアの身体から魂を引き抜き、バルックが生み出した歪みから虚空の回廊へと彼女の魂を送る。魂が虚空へと消え、歪みはゆっくりと閉じて行く。
「……終わった」
ユレンは蓄積された疲労から、地面に膝を付き、そのまま倒れ込む。
――お疲れ様、ユレン。これで私も旅立てるよ――
ユレンが意識を手放す寸前、レイディアは彼の耳元で別れを告げる。
彼女がまだ転生をしていなかったのは、危険に身を置くユレンが心配であったからだ。
そしてレイディアが所為身体となったユレンに接触した御蔭で、この結末に辿り着く事が出来た。灰の神に改造されたが故に、灰の神の力を少しばかり扱う術も身に着け、それが決定打となった。
――じゃあ、また一緒にお芝居しようね。ユレン――
涙を流しながら笑みを浮かべ、レイディアは光の粒子となって世界へと溶けていく。
ユレンは消え行くレイディアに手を伸ばす。レイディアもユレンの伸ばした手を掴もうとする。しかし、互いの手は触れあう事も無く、レイディアは完全に世界に溶け、ユレンは意識を手放す。
世界は、救われた。
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