ルァーオ


――いやぁ、自由に動けるっていいなー――


 半透明のルァーオは軽く伸びをして、森の中を歩むユレンの隣りを移動する。

 移動の方法は足を使った物ではなく、浮遊だ。幽霊となった事で歩行の必要が無くなり、宙に浮いて自在に行き交う事が出来るようになったルァーオ。

 しかし、その移動範囲には制限が存在する。

 彼女は憑依した剣から遠く離れる事が出来ない。憑依した時点で剣との繋がりが深く強く出来てしまい、おおよそ人二人分までの距離までしか剣から離れる事が出来ない。

 剣に憑依してから幾千年。ルァーオは自由に行動出来ず、暇を持て余していた。

 無論、戦渦に巻き込まれたり、最終的に神殿に安置されたりと自らの意思とは関係なく移動はしていた。

 しかし、それらは偶発的ではあるし、彼女の意図しない移動だ。

 ルァーオが望むのは自由気ままに、自分の行きたい場所へと向かう事だ。行先は自分で決め、何を見たいかも、何をしたいかも自分で決める。

 そもそも、彼女が虚ろ者達を打ち倒していったのも、彼女の邪魔をしてきたからだ。

 行く手を阻む。景観をぶち壊す。劇の一番いい所で乱入してくる。

 ぶちん、とルァーオの堪忍袋の緒がぶち切れ、片っ端からぶっ飛ばし、逃げれば歪みの向こうまで追い駆けて仕留めて行った。

 女一人旅故に相応の危険が常に付きまとう事は予想出来ていた事なので、ルァーオは常に体を鍛えておりそんじょそこらの傭兵なんかよりも腕っぷしは立っていた。その力量は神の力に愛されし者の護衛を努めていた者を凌駕する程だ。

 故に、虚ろの者達をまるで赤子の手を捻るようにぶっ飛ばす事が出来た。

 しかし、歪みの向こう――虚空から出れなくなった。虚空を彷徨っていると相棒と出逢い、利害の一致から契約を交わして虚空から出る事が出来た。

 そして、制約があるとは言え虚空へと出入りする事が出来るようになり、積極的に虚空へと赴いて虚ろの者達を片っ端からぶっ飛ばし続けた。

 全てが自分が自由気ままに世界を巡れるように。好きに演劇を見たり、特産品を買ったり、美味しい郷土料理に舌鼓を打つ為に。

 なので動く事が出来ない状態は、彼女にとって苦痛だった。

 そして、彼女の姿はかつての相棒を除いて視認する事が出来ず、そして声も誰の耳にも届かなかった。相棒たるバルックはルァーオが死した際に契約が切れ、歪みの向こうへと姿を消したのだ。

 また、彼女が憑依している剣は持つ素質の無い者にとってはとても持ち運ぶ事が出来ない程に重量を増す性質を備えている。

 故に、誰もルァーオの存在に気付く事が無く、彼女の願いを行き届ける者はいなかった。

 いくら声を出しても、いくら存在をアピールしても、誰も彼も見向きもせず、素通りしていった。

 終いには諦め、彼女は長い眠りについていた。動く事が出来ないのなら、起きていても意味がないと。

 神殿に剣が安置されてからの長い間、ルァーオの意識は剣の中で夢殿へと赴いていたのだ。

 何もない静かな空間。夢の中でも代わり映えの無い場所に立っていたルァーオはそこでも暇を持て余し、次第に苛立ちを募らせていった。

 暇だ。

 暇で暇で、退屈過ぎて死にそうだ。

 何か面白い事はないか?

 あー、取り敢えず一発芸でも考えてみようかな。

 連続空中バック転の練習でもしようかな。

 動く事が出来ず、寝ていても夢を鮮明に見てしまうが為に、ルァーオは暇を解消する為に頭を悩ませる事となった。

 それを幾千年。常人なら発狂して廃人と化してしまうだろう。

 しかし、ルァーオは勝機を保ったまま、今を迎えている。

 ひとえに、希望を手放さなかったから……ではない。

 思いつく限りの暇を払拭する事をし尽くし、苛立ちもピークに達した時、ルァーオは自分で自分を絞めて意識を落としたのだ。夢の中で、自分の首をきつく絞めて。

 どうせもう死んでるんだし、ここは夢の中だからもう死ぬ事はない。故に躊躇う事無く彼女は自分の首を絞めたのだ。

 意識が落ちる確証はなかったのだが、彼女の目論み通りに事は運びルァーオは夢の中で幾千年意識を失っていた。

 幾千年が経ち、ふと意識を取り戻したルァーオはそのまま夢殿からも出て久方振りの現世へと舞い戻って来た。

 幾千年も経った外の世界は様変わりしており、神殿は風化して木々が生い茂る森と化し、自身が憑依した剣なぞ錆びつき蔦が這う程に森の一部と化していた。

 世界の代わりように目を輝かせていると、共に戦った相棒の姿があった。

 訊いてみれば、どうやらルァーオが夢殿で意識を落としてから少し経った頃にこの地にやってきて近くにいてくれたらしい。

 更に、相棒は吉報を彼女に届けてくれた。

 彼女はそれを訊き、目を輝かせてにんまりと笑った。

 かつての自分と同じ体質であり、剣を抜いて自在に操る事が出来る者を見付けたと相棒は語ったのだ。自然とルァーオの心は躍った。

 しかし、直ぐ様その笑顔は冷ややかな怒気を孕んだ物へと移り変わった。

 吉報の後に告げられた凶報は、ルァーオの怒りに火をつけるには充分な物だった。

 かつて倒した虚ろの者が再び現れて、世界に侵攻を開始した事を知った彼女は再び戦いに身を投じる事にした。

 だが、幽霊となったルァーオは直接戦う術を持っていなかった。ものに直接触れる事も出来ず、ヒトに話し掛ける事も姿を見せる事も出来ない。

 なので、相棒の新たな契約者の手助けをして、間接的に虚ろの者達をまた捻り潰してやろうと心に決めたのだ。

 時が来て、彼女は相棒の契約者を呼び、剣を抜かせ、久方振りに移動が出来るようになった。

 現在彼女が憑依している剣は粒子となって相棒の契約者――ユレンの身体の中に納まっており、自在に取り出せるようになっている。

 粒子となって体内に収める事が出来るのは、剣に素質ありと認められた者のみだ。かつてのルァーオも剣は携えずに体内に入れて、戦闘時に不意を突く形で出現させていた。

 そこには無く、しかし瞬時に出現させる事が出来るのはそれだけでも脅威となりえるのだ。剣を手に入れてからはルァーオはそうやって虚ろの者達を倒していった。

 表向きは何時も通りの徒手空拳。そして隙を付き倒せると確信した時に剣を出現させて貫き切り伏せる。なまじ勇者と呼ばれるようになった者の戦い方ではない。

 しかし、彼女は気にしなかった。

 消し去れればそれでいい。卑怯だの汚いだのは戯言だ。確実に敵を屠れるのであれば、その方法を使わない道理はない。

 少しでも早く邪魔者を消し去って、自由気ままに旅を続ける。

 そのような心持であったが故に、ルァーオは剣を暗器に見立てて戦っていたのだ。

 唯一、支配者との決戦時では不意打ちに失敗したので、そのまま手に持ったまま切り合ったり、瞬時に体内に収納して意表を突き、更には蹴り飛ばすように足先から射出したり、近接戦闘中に腹から出して突き刺そうとしたりとトリッキーな運用をしていた。

 支配者を剣で穿った時も、とても想像がつかないような方法で穿った。現在の演劇では両手に持った剣で胸を貫くのがデフォルトとなっている。

 しかし、実際はどてっ腹に掌底を喰らわせようとしたら避けられたので、そのまま突っ込んで行ってヘッドバッドを喰らわせ、それとともに剣を額から出現させ、支配者の胸に突き立てたのだった。

 剣に選ばれた現在の使い手となったユレンにルァーオはその事を話すと、彼はやや口角をぴくぴくと痙攣させながら「そうですか」としか答えなかった。

 少年の中の勇者像がどんどん壊れて行く事を、彼女は全く気付いていない。


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