緑の巫女

 三人は森を抜け、ネレグの住居へと戻ってきた。

「待ってましたよ」

 住居の前では居住まいを正したネレグが彼等の帰りを待っていた。

 彼女の恰好は城と緑の巫女装束となっており、顔にもうっすらと隈取を施されている。手には一振りの真っ直ぐとした枝が握られており、先が二股に分かれ、それぞれの先に三枚ずつ、計六枚の葉がなっている。

 何時もと違う恰好をしているネレグの姿を見て、ユレンはどうしたのだろうと首を傾げる。


――何々? これから舞踊でも始まんの?――


 ネレグとは初対面で、彼女から姿の見えないルァーオは彼女がこれからするかもしれない催しに心を躍らせる。

「おー、そっちはもう準備万端か。こっちも無事に剣が抜けたぜ。今はユレンの中に仕舞われてっけどな」

 唯一ネレグが何をしようとしているのか分かっているバルックは何度か頷くと、そのまま黒い上着となってユレンに己を着せる。

『んじゃ、行こうかい』

「そうですね。では、ユレンさん。私の後について来て下さい」

 ユレンはネレグに促され、彼女の後について行く。

 住居には入らず、剣のあった方角とは真逆の場所へと歩を進める。

 一分も歩かないうちに、一行は祭壇へと辿り着いた。

 祭壇と行っても小さな社と剣が突き刺せる程の隙間の空いた台座があるだけのこじんまりとしたものだ。

 その祭壇には、既に先客がいた。

 身の丈は二メートルにもなる大男。形は人間のそれと同じだが、外観はかなりの異質感を放っている。

 まず、皮膚はごつごつと筋の通った木肌で出来ている。そして本来髪の毛がある場所には髪ではなく葉が生い茂っているのだ。

 彼は人間ではない。ドウォーと言う種族のヒトだ。ドウォーは植物が知性を得てヒトになったと言われており、自然と完全に共存、共生する独自の文化を築いて森の中でひっそりと暮らしている。

 基本的に、ドウォーは他種族と関わり合いを持とうと思わず、誰かが住処へとやってきた際には木に擬態し、気配も植物のそれと同じにして森に身を潜める・

 故に、ドウォーの姿を見る事自体が稀なのだ。ユレンは話にはそういうヒトがいる事を知っていたが、こうして会いまみえるのは初めての事だ。一生に一度歩かないかと言う事態に自然と興奮するユレン。

 バルックとルァーオは虚ろの者達と戦っている際に共闘した事があったので、初めてではなく、ユレンのように心を躍らせる事も無く落ち着きを払っている。

 ドウォーの男がユレン達――正確にはネレグの姿を確認すると彼等の方へと向かって行く。

「お待ちしておりました、巫女よ」

 ドウォーは片膝を付き、ネレグへと首を垂れる。

「……巫女?」

 ユレンはドウォーの言葉に疑問符を浮かべながらネレグへと視線を移す。

「巫女って、あの剣から飛び散った力を奉ってるっていう巫女、ですか?」

「はい。私は剣から解き放たれた力の内、緑の力を奉り守護する巫女ネレグです」

 ネレグはユレンの問いに是と答える。


――へぇ、剣から飛び散った力を守る巫女ってのがいるんだ。へぇ――


 巫女の存在を知らなかった古の勇者ルァーオは興味深げにネレグの回りを飛んでまじまじと観察する。

「えっと、どうして秘密にしていたのでしょうか?」

 ユレンは当然の疑問をネレグにぶつける。

 あまり公けに出来ないからだろうか? たかだか一ヶ月半一緒にいた相手には話せない深みのある理由だったりするのだろうか? 色々と考察を頭の中でユレンはならべて行くと、ネレグはやや困り顔でこう答える。

「実は……バルックがぎりぎりまで秘密にしろって言ったんです。その方が面白いからって」

 とてもしょうもない理由だった。

 ゆれんはおもわず上着となっているバルックを軽く引っ張って凝視する。

『何か、あんまユレンの反応がおもろくなかったな。期待外れだ』

 はぁ、とバルックは溜息を吐く。

「まぁ、そんな訳で。私は緑の巫女なのですよ。そして、こちらのドウォーの青年が巫女守のエトンです」

「エトンだ。君の事は一方的に知っている。何時も外で修行していたからな。森の木に紛れて見ていたのだ」

 紹介に預かったドウォーの青年――エトンは立ち上がるとユレンの前へと出て来る。

「ユレンです。えっと、もしかしてあなたが俺を森から出さないようにしてたんですか?」

 軽く挨拶を済ませると、ここ一ヶ月半の疑問をエトンへとぶつける。

 ドウォーの魔法は植物に効果を及ぼすものが多い。世の中に彷徨の森と呼ばれる場所があるが、それはドウォー達が魔法を駆使して森の奥へと入らせないようにしているのだ。中央にある彼等の宝を守る為に。

 木々を操る事が出来るので、ユレンはてっきりエトンが自分を外に出さないようにしたのだろう、と予想していた。

「いや、私は何もしていない。あれは君が今持っている剣自体が起こしたものだ」

 しかし、彼の予想は大いに外れてしまう。

「剣、ですか?」

「あぁ。その剣は持つ資格の無い者が近付くと惑わせ、入ってきた場所へと送り戻す力があったのだ。それもドウォーの魔法をも跳ね除けるくらいに強力な力がな。私は巫女守故に近付く事が出来てその事実を確認する事が出来たのだ。そして、君を出さないようにしていたのは資格はあるが力量不足だったので近付けさせたくなく、かと言って帰らせたくも無かったから閉じ込めていたのだろう」

「そうですか」

 流石は世界の力そのものと言ってもいい剣か。既に力の殆どは失われていても魔法以上の事をやってのけてしまう。改めて、ユレンは自分の体内に仕舞われている剣の強大さを知る事となった。

 ユレンがやや慄いているその間、ネレグは台座の近くまで移動する。

「さて、ユレン君。あなたをここに連れて来たのは他でもありません。貴女が抜いた剣に力の一部を戻す為です」

 ユレンはネレグの声で意識をそちらに向ける。

 いくら強大だと言っても、この剣は本来の力を失っている。もし、剣の力が失われている状態で支配者か同等の力を持つ者と相対してしまえば勝つ事は厳しく、そして死という現象がたちまち訪れてしまうだろう。

 そうならない為に、剣に力を戻すのは重要な事だ。単純な戦力アップに繋がるだけでなく、剣が強力になればその分レイディアを助ける事が楽になっていくのだ。

「では、ユレン君。剣を取り出してそこの台座に差し込んで下さい」

 ユレンはネレグに言われた通りに券を出現させ、台座に差し込む。

「ありがとうございます。では、今から剣に緑の力を戻す作業に入ります。少々時間がかかりますので、お待ち下さい」

 ネレグは剣の射しこまれた台座の前まで移動すると、膝立ちになって胸の前で指を組み、眼を閉じて文言を声にしていく。

 ユレンには到底わからない未知の言語だった。ネレグがその言語を口にする度にほんの僅かにではあるが、剣に力が戻っていくのが感じられた。

 この調子なら、三十分くらいで緑の力が戻るのだろう。

 そう思った矢先、近くの空間に歪みが出現した。

「っ⁉」

 ユレンは咄嗟に身構え、黒の力を体外に放出して自身の身体に纏わせる。

 歪みは数を増していき、最終的には四まで数を増やした。

 ある程度の大きさになるとそれ以上の肥大化は見せず、歪みの向こうから虚ろの者が現れた。

 彼等の顔はネレグにだけ注がれている。

 ネレグへと飛び掛かろうとした四体の虚ろの者は、彼女に触れる事無く吹っ飛ばされる。

 二体は黒い力を纏ったユレンに。

 二体は巫女を守るエトンに。

「巫女が剣に力を戻すまでの間、邪魔者を排除するぞ」

「はい」

 エトンの言葉に、ユレンは強く頷き、今し方吹っ飛んで行った虚ろの者達を睨みつける。

 ユレンの修行の成果を魅せる時が、来た。

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