剣の幽霊
「……えっと、抜きましたよ? 次はどうすればいいんでしょうか?」
切っ先を上に向けつつ、ユレンは剣に語り掛ける。
――待ってて――
待っててと言われたので、ユレンは律儀にその場で待つ。
すると、剣は明滅を開始し更には脈動までし始めたではないか。
明滅と脈動は次第に大きくなっていく。
これ、絶対に剣じゃないよね? とユレンは自分の手の中にある物体に驚きの視線を注ぎつつも、手から零れ落ちないようにしっかりと柄を握り締める。
そして、ひときわ大きく明滅し、脈動するとピタリとやむ。
一体どうしたのだろうか? とユレンは小首を傾げる。
――統一化開始――
何やら不穏な言葉が聞こえたかと思うと、剣が切っ先から徐々に崩れ始め、粒子となったそれはユレンの身体へと向かう。
『っと』
粒子が降りかかる寸前にバルックは元の姿に戻ってユレンから離れる。
ユレンはバルックに言われた通りに動かずに、粒子をその身に受ける。肌に触れた粒子はまるで紙が水を吸うようにじんわりと吸収されていくではないか。
不思議と不快感はなく、それどころか徐々に体が軽くなっていくような錯覚さえも覚える。
剣が全て粒子となり、ユレンの身体の中へと溶け込む。
――統一化終了――
剣から聞こえていた声は、今度は脳内に直接響くようにユレンへと伝えられる。
「えっと、統一化って何ですか?」
――それは、僕と君が一つになるって事――
「つまり?」
――僕と君は一心同体。一蓮托生。そこの黒いもちもちぷにぷにと一緒――
「……成程」
つまり、バルックと同じように契約したのと近い状態になったらしい、とユレンは理解した。
しかし、実際には契約よりも遥かに重く遥かに密接な繋がりが出来ている。
バルックとの契約ではあくまで一定距離離れられなくなるだけだが、この剣との統一化は文字通りに一つになる事だ。つまり、どんな事をしても一生くっついたままという事だ。
ある意味で人生を左右する事をユレンの承諾も無く勝手に始めて既に終えた剣に、バルックは顰め面を向けながら一言。
「何嘘言ってんだよ」
深く息を吐くと、バルックはぴょんと跳んでユレンの頭の上に乗っかる。
「何が統一化だよ。単に粒子になってこいつの中に入っただけだろが。安心しろよ。別にこの馬鹿とは一蓮托生な関係になった訳じゃねぇからな。あと誰がぷにぷにもちもちだごら」
一息に捲し立てるバルック。
そして、この剣の声はどうやらバルックにも聞こえているようだ。
――ぷにぷにもちもちじゃない。もちもちぷにぷに――
バルックに剣はどうでもいい訂正を求めてきた。
「どっちでもいいだろが」
つーか、とバルックは溜息を吐き、ぺしぺしとユレンの後頭部を叩きながら剣に問い掛ける。
「何時までんな気持ち悪い話し方して薄ら寒くなる声出してんだよルァーオ」
――別にいいじゃん。長い間僕の声聞こえるヒトに出逢えなかったんだからさー。こうちょっと純朴な子供っぽい剣の精霊的な設定で話してもいいじゃんかよー。バルくんのけちんぼー――
と、脳内に響いていた子供のような声は一気に様変わりして、ハスキーなものとなった。
「え? ……え?」
理解が追い付かなかったユレンは、急に声の質が変化した事に戸惑いを隠せず、わたわたとその場で挙動不審な動きを始める。
――はい、という訳で今から自己紹介を始めようと思います。ぱちぱちぱちー――
そんなユレンの様子など意にも返さず、剣はマイペースに事を進めて行く。
ユレンの胸から粒子が外へと飛び出し、形を作っていく。
しかしその形は剣のそれではなく、ヒトのそれだった。
半透明であるが、黒くて艶やかな長髪に、やや目じりの上がった勝気そうな眼差し。身長はユレンと同程度で、歳も近いだろう。衣服は黒いブーツに丈の短い黒のズボン。やや小ぶりながらも然りと存在をアピールしている胸部の双丘により盛り上がっている黒いシャツの上に黒い外套羽織っており、何処からどう見ても黒尽くめの怪しい人物となっている。
――僕の名前はルァーオ。享年十六歳の女の子。好きな食べ物は人参のバター炒め。嫌いな食べ物は生姜と山葵以外の辛い物全て。好きなのは音楽聴く事とか劇観る事とか風景眺める事とか。嫌いなのは僕の邪魔をしてくるモノ全般。生前はそこのもちもちぷにぷにことバルちゃんと契約して一緒に僕の邪魔をしまくってくれた虚ろの者と戦ってた風来坊です。イェイ☆――
最後にきゃぴん、と片目を閉じて開いている方の目の近くで横ピースを作り、にっこりと笑う享年十六歳のルァーオ。
ユレンは目が点になり、やや虚ろな表情をしてルァーオを凝視する。
今、何と言った? バルックと契約して一緒に虚ろの者達と戦っていた?
契約していたという事はつまり……。
「あー、うん。この頭が残念な奴が古の勇者やってたルァーオだ。……こいつが戦ってた理由は言った通り、こいつの邪魔をしまくった虚ろの者を根絶やしにする為、だ。決して、世界を救う為とかじゃねぇ。あとバルくん言うな」
ユレンの予想はバルックの言葉によって確信へと移行された。
古の勇者……女の子だったのか、とまずユレンはその事実に遅れて驚き、そしてえ? この人が勇者? マジで? と言う驚きも雪崩れ込んでくる。
どう見ても、そうは見えない。いや、恰好は確かに神話で伝えられている古の勇者の格好だ。しかし、どうしてその勇者が剣になっているのか?
――いやぁ、世界から神の力借りて親玉切り伏せてレっちゃんが矢放って倒したまではよかったんだけどさー、僕致命傷受けてて直ぐに死んじゃったんだよね。で、神の力が飛び散ったあとの剣に憑依して今に至ります。まる――
ユレンは疑問を声に出しはしなかったが、ルァーオが独りでに語り始めたので簡単に疑問は氷解した。
そして、レっちゃんと言うのは、恐らく……いや十中八九神の力に愛されし者の事だろう。ルァーオがそう呼ぶ程に神の力に愛されし者と仲が良かったと思われる。
「えっと、どうして剣に憑依したんですか?」
当然の疑問にルァーオは軽い口調で答える。
――もっと世界を見て回りたいなー、もっと楽しいの見て回りたいなー、まだあの世に行きたくないなーって思ってたら憑依出来たのさ。ま、結局殆ど世界何て見て回れなかったけど――
至極自分の為だけに剣に憑依した事を暴露するルァーオ。ユレンの中の勇者像が音を立てて盛大に崩れて行く。
――こうしてこの剣を扱える勇者の素質のある君に抜いて貰ったから、これからは世界を巡れるね。イェス。……まぁ、でも――
ルァーオはやや声のトーンを低くし、眉間にしわを寄せてやや口角を吊り上げる。
――巡るにしても、邪魔者を消し去ってからだけど、ね――
ユレンは思わず身震いをする。目の前の半透明な少女から強烈な威圧が放たれたからだ。
嫌いなものは自分の邪魔をするモノ。そう彼女は言った。今のルァーオを見るに、それは間違いないだろう。
そして、邪魔をするモノは全力を持って叩き潰す。決して言葉だけでは済まさずに実行に移す程の強い意思がこれでもかと言わんばかりに彼女の身体から発せられる。
会って間もないが、ユレンは決してルァーオの邪魔はしない事をここに固く誓ったのだった。
――まぁ、今の僕じゃあいつら消す事出来ないけど、それは君にやってもらうとするよ。バルっちと契約してるんだから君だってあいつら許せないんでしょ?――
「誰がバルっちだごら」
――そう言えば、まだ君の名前訊いてなかったね。名前は?――
バルックの言葉を無視し、威圧をすっと消したルァーオに尋ねられたユレンは居住まいを直しつつ名乗り上げる。
「お、俺はユレンです。えっと、よろしくお願いします」
――ユレン、ね。よろしく。僕は直接手を下す事は出来ないけど、ある程度助ける事は出来るから遠慮なく頼るがいいさ☆――
そう言うと、ルァーオはにっこりと笑って右手をユレンの前に出す。ユレンももずおずと右手を出し、握手を交わす。
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