修行

 ユレンがバルックと契約をしてから早一週間が経過した。

 虚ろの者達に対して攻撃しうる力を手に入れた彼は古の勇者の如く虚ろの者達を次々と打ち倒し……はしていない。

 現在、ユレンはその力を自在に扱う為の修行に明け暮れていた。

 そもそも、契約したので力生えた。しかし、自在にその力を使える事と同義ではない。

 自らの内に存在無かった力を直ぐに使えるようになるのは、ほんの一握りの天賦の才を持つ者だけだ。

 ユレンは天賦の才なぞ持っていない。

 故に、ただひたすらと修行を積み、その力を我が物にしなければならない。

「だぁかぁらぁ、ただ力むんじゃなくてこう布を巻き取るみたいなイメージを持てって。そんでその手に持ってる木剣にぐるぐる巻きにして纏わせるって感じで」

「それは、分かってるんですけどねっ」

 しかし、修行は難航していた。

 ユレンは修行の第一ステップで既に躓いていた。

 第一ステップは契約時に身体の内側に流れ込んできた物を体外に放出し、それを何かに纏わせると言うものだ。

 初日では、体外に放出する事は叶わなかった。身体の中で微動だにせずにその日は終わり、次の日は僅かに動いただけで終了した。

 一応、バルックからは汗が噴き出るようなイメージで身体の外に出せ、とアドバイスを受けていたので、その通りにしていた。

 イメージが分かっていても、直ぐには実行出来ない。未知の力の動かし方なぞ分からず、まずはそれを動かすように努力しなければならなかった。

 五日体内で動かしある程度慣らし、六日目に漸く少量ながら体外に放出する事が出来るようになった。

 現在はそれを体や物に纏わせる訓練をしている。

 バルック曰く、イメージとしては布をぐるぐると巻き付けるようにすれば上手く行くそうだ。

 しかし、イメージ通りに動かそうとしても一向にユレンは成功しない。

 体外に放出された力はまずユレンの意思に従わない。そのまま空気中に溶けるように霧散してしまう。そうならないように、まずはその場で留めるように意識を割かなければならない。

 霧散しないように気を配りながら、体や物に力を纏わせようとしても、そうした瞬間に力が霧散してしまうのだ。

 留めようとすれば力は動かず、纏わせようと動かせば力は空気に溶けてしまう。

 一体どうすれば上手く纏わす事が出来るのか? それをバルックに質問したユレンだったが。

「イメージと気合」

 とだけしか返ってこなかった。

 なので、ユレンはバルックからのアドバイスは期待せず、文字通り気合で、イメージ通りになるように力の操作を行おうと努力している。

 体内で蠢いていた時と同じように、まずは少しずつ動かそうとイメージ。空気に霧散せずに動いたらその感覚を忘れないうちに繰り返し、動く範囲を広げていく。

 一刻も早く、この力を使えるようにしなければレイディアを助けに行けない。

 本当は、直ぐにでもレイディアを助けに行きたいのだ。それに、一座の皆の安否、それに彼が生まれ育った村の様子だって確認したい。

 彼の中に焦りは生まれている。しかし、それに飲まれる事無くユレンは修行を続けている。

 生半可な状態では、逆に苦境に立たされるだけだ。

 救い出す事も出来ず、ピンチを切り抜ける事も出来ない。そんな状態で行っては意味がない。

 きちんと力をつけ、危機的状況に陥るリスクを下げてから行った方がいい。

 それが分かっているので、ユレンはこうして修行に励んでいるのだ。

 それに加え、結局は修行を終えなければここから出る事は出来ない。

 現在、ユレンがいる場所はとある森の中だ。そこの一角にネレグは居を構えており、バルックを通じてユレンは彼女の家へと連れて来られた。

 この森、どう言う訳か外に出る事が出来ないのだ。

 ネレグとバルックに言われ、ユレンは一度森の中を何回か歩いた。

 しかし、気が付けば何時の間にかネレグの家の前へと戻ってきたのだ。

 曰く、森が彼を閉じ込めているそうだ。

 どうしてですか? とユレンが二人に尋ねれば契約した事によって選ばれたから、としか返ってこなかった。何に選ばれたのかは、修行を終えてから話すと言われ、ユレンは疑問を残しつつも修行を続けている。

 森の外の様子は分からない。どうも、この森は街からかなり離れており、そしてそもそも人はこの森に近付く事が殆ど無いそうだ。

 なので、外界の情報がこの森の中に来る事はない。ネレグも、ある事情により森の外に出る事はないので外の様子を知る術はない。

 ……と、ユレンは独りでに思っているが実際は外の情報を知る術はいくらかある。しかし、それを敢えてネレグとバルックは教えていない。

 もし、ユレンが外の状況を知ってしまえば、変に焦って、修行が予定よりも長引いてしまう可能性がある。

 それはユレンにとっても、そしてバルックとネレグにとっても好ましくない。なので、二人は敢えて彼に外の様子とそれを知る術がある事を教えていないのだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 力をコントロールしようと四苦八苦しているユレンの息は上がり、汗が噴き出る。かれこれ一時間は休みも無くやっている。

 力の操作は思いの外体力を使うのだ。慣れていればそこまで疲れる事はないだろうが、ユレンは力の操作を始めてまだ一週間しか経っていない。

 彼が力の操作に慣れるまでは、まだまだ時間がかかるようだ。

「体力が限界っぽいから、一度休憩な」

 息が上がっているユレンを見て、バルックは軽く跳ぶと彼の頭に乗って、尻尾で彼の顔面を軽くパシッと叩く。

 ユレンは言われた通りに力の操作をやめ、自然体に戻ってその場に座り込む。

 近くに置いていた革の水筒を手繰り寄せ、中身を一気に煽る。

「ふぅ……」

 一息吐き、ユレンは空を見上げる。

 何事も無いかのような穏やかな空模様が木々の合間から垣間見えている。

 この空だけを見れば、何時もと同じ平穏な日常だと錯覚してしまう程に。

 しかし、世界は平穏ではない。

 神話の中でしかその存在が記されていなかった虚ろの者達が再び現れたのだ。

 平穏は既に瓦解し、世界は戦乱へと転げ落ちて行く。

 森の中は未だに歪みが生じていないが、外の世界ではどうなっている事やら。ユレンには分からない。

 そして、捕らえられたレイディアや、【イルシオン】の仲間達の現状を知る術もない。

 一刻も早く森を出るには、契約によって得られた力を自在に扱えるようにならなければならない。

 やるべき事は分かっている。

 時間がないかもしれない。

 しかし、焦ってしまえば更に時間がかかってしまう。

 なので、ユレンは自らの意識を無理矢理に修行にだけ向けるようにしている。

 少しでも早く修行を終えれるように。

「っし、再開っと」

 呼吸の整ったユレンは軽く腕を伸ばし、再び力を纏うように身体の内から力を放出していく。

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