第44話 九条、快適空間を演出する

コボルトが大量にいる坑道エリアで嗅覚で察知されることを防ぐ為、一度家に帰った俺はコアとクロを置いて、買い物に向かった先は地元のスーパーだ。1階建ての小さなスーパーだがその分地域密着型の営業をしており、大手スーパーより比較的安く値段設定がされているのでよく利用している。生活雑貨コーナーに立ち寄り目当ての物を探す。


「こんなものしかないか。少し期待外れだな。」


俺は目的の商品を見つけ手に取る。そこには《トイレ爽快人生 ラベンダーの香り》と書いてあった。所謂芳香剤だ。コボルトの嗅覚が鋭いならそれを誤魔化せばいいと思ったわけだ。コボルトの嗅覚はなかなか鋭いようなので下手をすると戦闘中に別の群れに挟撃される恐れもある。ならばその嗅覚が効かなくなるくらいの匂いを坑道に匂わせておけばいいと考えたわけだ。効果はあるか不明だが試してみる価値はあるだろう。本当は部屋全体まで届くようなものが欲しかったが部屋などで使うタイプだと無臭にする為の芳香剤なので役に立たないので却下。仕方なくトイレの芳香剤をあるだけ購入する。坑道の各所に置いておけば広範囲に渡って匂いを届けることができるだろう。それに一旦設置すれば1、2か月は持つタイプなので攻略で気付かれる可能性も減るだろうからな。なにダメで元々、大して費用もかからないならやってみる価値はあるだろうさ。


トイレの芳香剤をあらかたカゴに入れた後に気付いた視界に入った物に気付く。


「こいつも役に立ちそうだな。」


つい、独り言が漏れてしまったが周囲に人がいなかったので誰にも聞かれてはいなかったのでよかった。生活雑貨コーナーで一人ほくそえんでる奴なんて怪しいことこの上ない。こいつも買っていくか。コボルトには役に立たないだろうが芳香剤よりも面白いことになりそうだな。結局カゴは一つでは足りずカートを持ってきてカゴ2つを乗せて更にもう一つ満杯になっているカゴを持ちながらレジに向かう。ほぼ買占め状態の俺を見たレジのアルバイトはひきつり笑いをしながら会計をしていた。真性の潔癖症とでも思ったのだろう。気持ちは分かるが表情に出すようではまだまだだな。忍ならこういった場面でも顔色を変えずに会計をするはずだ。但しあいつは真性の変態なので内面はどう思っているかは定かではないが。


買い物袋をキッチンカーに詰め込んで家に向かって運転する。収納の指輪で購入した芳香剤をしまいたいが、誰が見ているかも分からないのでやるのは家に帰ってからにするつもりでいる。スーパーから自宅は車で10分程の距離なのですぐに着く。俺はキッチンカーの後部ドアを開けて買い物袋をぶら下げながら自宅のアパートに戻った。






そして翌日、俺達はダンジョン6階層に再び潜ることにした。今回は坑道の地図作りと芳香剤の設置がメインの作業としている。地図作りと言っても今までと変わらず坑道を歩くだけだ。覚えるのは絶対記憶能力を持っているコアがいるから歩いているだけでマッピングはできる。まさにオートマッピングというやつだ。


「次はここにっと…終わったぞ次だ。」


『はい。』


「ピュイ。」

(はーい。)


俺達は芳香剤を等間隔で設置しながら坑道を進んでいく。エリアの広さは今までのことを考えると大体半日程度から1日歩き回る広さなので結構な広さだ。その全てに設置するわけではないが移動した場所には芳香剤を設置して回る。既に坑道内には似合わないラベンダーの香りが辺りを充満している。この芳香剤は設置後、2か月~3か月は持つ仕様となっているので次の転移魔法陣に到達するまではゆうに持たせることができるだろう。それに群れに遭遇した場合には別に効果的な物も購入してある。収納の指輪には50個近くもの芳香剤をしまっており、一つずつボトルを開けて匂いが出るようにろ紙を引き出す。どうやらこの引き出し具合で有効期間が変わるようだ。広い範囲まで匂いが届いて欲しいので半分くらいまで引き上げておいたがこれがいつまで効果があるかだ。


『それにしても坑道なのにこんなに匂いが広がるなんて不思議ですね。地球の香水はとても匂いが強いんですね。』


俺が設置するのをふよふよと浮かびながらついてくるコアは不思議そうにしていた。香水は異世界ルーナリアにも存在するらしいが、高級品のようで早々買えるものではないらしい。コアの知識量はどれだけあるのか知らないが随分庶民的な情報まで網羅しているんだな。一体あちらの女神とやらはコアに何をさせたいんのか。少なくとも水晶玉にダンジョン消滅の指令をしている時点で無能だろうことは間違いない。何せコアには本来攻撃手段すらなかったんだからな。そんな奴を派遣して荒事を任せるのは正気の沙汰ではない。まぁそのおかげでこうしてダンジョン攻略できているという恩恵はあるから面と向かって言うつもりはないが。


「体につける香水じゃないからな。あくまで空間に匂いを満たす為のものだ。芳香剤は本来はトイレの匂いを消し去る為の物だからな。」


『ふわぁぁ。地球の匂い消しはスゴイのですね。高かったんじゃないですか?』


「いや、そんなことないぞ。1個200円もしない。」


『ず、随分安いんですね。』


コアは驚いているが香水ならともかく芳香剤だからな。安い物は100円ショップでも売っているくらいだ。そこまで大したものでもない。


「日本ではこの程度の生活雑貨は特に安いんだよ。家庭用の消耗品は大量生産、大量消費が基本だからな。それで値段を抑えているんだ。」


『スゴイんですね。やっぱりルーナリアとは全く違います。これくらい香りが強い物なんて貴族でも利用できないはずです。』


魔法文明であるコアの世界は魔法に頼る反面、技術力が低いようだ。こうやって日本の物を紹介すると良く驚かれるが俺にしてみたら生活に魔法を取り入れているのが既に理解できないんだがな。魔石を消耗して利便性を高めているらしいからこちらでの石油や電気に相当するものだろうけども。コアと異世界との違いについて話しているとクロが泣きそうな声を上げてくる。


「ピュィィィ。」

(マスターなんかお花の匂いが強くてクラクラしてきたよぉ)


『クロさん?マスター、クロさんはなんて言っているんですか?』


「芳香剤の匂いでクラクラしてきたそうだ。大丈夫か?なら今日はここまでにして一旦帰るか。」


『そうですね。クロさんが辛いなら無理はしないほうがいいと思います。』


「ピュイ。ピュィィ…。」

(マスター、コアおねーさんごめんね?)


「気にするな。クロにはいつも助けてもらってるからな。」


クロのお蔭でゴミ出しがなくなったからな。まとめて溶かして吸収してくれるのは本当に有り難い。一応ゴミだが本人曰く栄養素として吸収するだけだから味は問題ないらしい。


『そうです。クロさんはいつも頑張っていますからね。遠慮なく言ってください。』


「そういうことだ。どちらにしろ匂いが充満するまで時間がかかるからな。クロが気にすることじゃない?」


「ピュィィ。」

(ありがとマスター。)


「じゃあ今日はここまでだな。二人共帰るぞ。」


『はいっ。』


「ピュイ。」

(うん。)


芳香剤は既に相当数設置したからな。後は坑道内に匂いが満ちるのを待つだけだ。その日はクロのこともあり、引き上げた。後は匂いが満ちたら攻略を再開するとしようか。



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