第42話 九条、クレーマーを撃退する
俺と忍はババアの言っていたことを思い出しながら一つずつ確認し、事実ではないことを確信してババアの元に戻った。こちらではババアの主張は事実ではないと考えているが一応、まだ丁寧な対応を取っていおく。ないとは思うが万が一の時もあるからだ。
「大変お待たせしました。」
「いつまで待たせるのよ!そっちのバイトに聞いて分かったでしょ!もういい加減にしてよ!」
「それなんですが、その前に今一度状況を確認させてください。」
「またそれ?何回確認すれば気が済むのよ!」
「仰る通りでは御座いますが、何分お客様の大切なお金に関わるお話ですので。ご理解ください。」
「分かったわよ!」
おばちゃんは俺の低姿勢に怒り気味だが再確認を促してきた。かかった。ククッさぁここからだ。こいつはどういう反応するのか少し楽しみでもある。
「では再度の確認ですが、12時頃に購入された商品はイチゴクレープで1万円で払ったところ、千円と勘違いしたアルバイトが間違えてお釣りとして620円のお釣りを返したわけですね。」
「そうよ!」
「では、その時のレシートはお持ちですか?」
「レシート?そんなものあったの?」
ババアはポカンと口を開けて返した問いに俺はシラッと返す。
「はい。レシートです。お会計の際はお渡ししております。お持ちではないのですか?」
忍は必ずお会計時にレシートを渡しているので知らないと言うことはあり得ないはずだ。レシートをいらないと言うお客様はいるがクレームまでしてくるのにレシートの存在を知らないという時点で購入したかも怪しくなった。
ババアの主張は12頃に購入したイチゴクレープを1万円で払ったという主張だ。そんな間違いは通常あり得ない。だがこういった釣銭トラブルは接客業ではありがちなことで証拠もないと泣き寝入りとならざるをえない場合もある。実際、駆け出しの頃にも同じようなことがあり、その時は電卓でお会計していたので自分の間違いだと思いお客様に言われたまま金額を渡してしまったことがあった。するとどうだ。暫くするとも同じようなことを言ってくる人間が頻発した。後になって分かったことだが、どうやら俺はカモだと思われたようで悪質な強請屋達に狙われてしまったわけだ。悩んだ末、キッチンカーでは必要ではないと思っていたが強請屋達に対抗する為に販売したデータが分かるPOSレジを導入することにした。データを突き合わせることにより事実かどうかが分かるようにしたわけだ。具体的には販売データと現金差を照らし合わせて間違いがあれば返金し問題がなければそれを説明し事実がないと毅然とした態度でお帰り願った。
今回も忍と一緒に販売データを見たがイチゴクレープを1万円で購入したというデータはそこにはなく、レジ金も確認したが預かった1万円札に過不足はなかった。これで俺達の間違いという可能性は0になったわけだ。
「そ、そんなものとっくに捨てちゃったわよ!それが何の関係があるのよ!」
しかしレシートを追求するとある意味テンプレートな回答をしてくれた。まぁ普通は移動販売でレシートが出されるとは思わないからそう答えるしかないよな。そう来るならもう少し詰めてみようじゃないか。俺はまた一つカードを切ることにした。
「さようでございますか。当店では販売履歴が分かるようにPOSレジを導入していますが、お客様が仰る12時頃のお会計で1万円を支払ったイチゴクレープをご購入のお客様はいませんでした。」
「な、なら時間を間違えたのかもしれないわ!そう!確か13時頃だったかもしれないわ!買った時間なんて正確に覚えていないもの!」
そうくるよな。だがお前はもう詰んでいるんだよ。俺は一つ頷いてお客様でもなくなったババアの話に肯定しておく。
「成程、記憶違いは誰にでもありますか。」
「そ、そうよ!だから早く返してよね!」
ババアは俺の話に希望を見出したのかこの期に及んで強気に返してくる。度し難い奴だな。俺はカードを切ることにした。
「ですのでこちらでも他の時間帯でも調べてみましたがイチゴクレープを1万円で購入されたお客様はいらっしゃいませんでした。そしてレジの中の現金差もなく、預かった1万円札もレジのデータと一致しています。更にお客様は渡したはずのレシートの存在をご存知ではないと。言いたくはないですが当店でご利用されたのは本当ですか?」
さぁ、どう出る。
これで引き下がるのであれば勘違いということで穏便に済ませてやるがそれでもごねるようならこちらでも対処方法を変えさせてもらおう。そしてうろたえたババアの取った選択は反論だった。
「そ、そんなこと言っても私は1万円で払ったのよ!レシートなんて知らないし、そんなもの一々覚えていないわよ!私はお客様よ!お客様の言うことが信じられないの!?そ、それにレジの金額があっていたってそんなの証拠になるわけがないじゃない!そこのバイトが私のお金を盗んだかもしれないでしょ!?」
ババアはあくまで自分の主張を曲げず、今度は忍がレジから抜いたという話を切り出した。こんな話で切り返すなど間違いなく確信犯だな。普通ならならこちらでデータが取れないということに反論してもアルバイトが盗ったなど常識的に考えても言わない。俺は忍に目線で訴えると忍はキッチンカーの中に戻っていく。それを見たババアはそれ見たことかと意気揚々と語り出した。
「ほら、やっぱり間違いないじゃない!あのバイトは逃げたわよ。きっとやましいことがあるに違いないわ!本当に最悪の店ね。従業員の教育がなってないどころじゃなくて泥棒を雇っているなんてね!あなたもグルなんじゃないの!?」
ババアはフフンと勝ち誇った顔をして好き勝手に宣っているがやましいことがあるのはお前だろう。忍に頼んだことは少し時間がかかる。もう少し時間を稼いだほうがいいな。俺は済まなそうな表情を作り、ババアの話に乗っかることにした。
「申し訳ございません。アルバイトがそのようなことをするのは考えにくいのですが…。」
「でも現にバイトは逃げたわよ!バイトの責任は店長の責任じゃないの!?」
「仰ることは理解できるのですが…。」
「理解できるなら早く返してよ!」
その時キッチンカーの中から出てきた忍が「準備が終わりました。」と目線で訴えてきたので頷いて返しておく。反応がなかった俺にババアは自分の主張が通ったと思い勝ち誇ったかのように金銭を要求し出した。
「黙ってないで早くしてよ!それにこれだけ迷惑かけたんならその分の誠意も示してもらわないと納得できないわ!慰謝料も払いなさいよ!」
更に金銭を誠意として要求するババア。完全に墓穴を掘ったな。誠意を見せろだけならまだやり過ごせるが慰謝料を請求した時点で既に恐喝に変わっている。もはや腰を低くしてやる必要もない。俺は短くかつ分かりやすく状況が変わったことを告げる。
「黙れ。」
「えっ?」
ババアは俺の態度の急変に固まっているが構わず話を続ける。こいつはもうお客様じゃないから遠慮する必要もない。
「お前はうちのアルバイトが金を盗んだというんだな?」
「な、何よ!急に態度を変えるなんて接客業として最低よ!バイトがバイトなら店長も店長ね!」
「いいから答えろ。あくまで金を盗んだというんだよな?」
ババアは俺の態度に文句を言ってきたがそれには取り合わず自分の主張を再度口にさせた。
「そ、そうよ!現金差がないならそれしか考えられないわ!」
「そうか。忍!」
「はい先輩さん。」
「こいつはこう言っているが財布の中身を見せてくれるか?」
「はい。どうぞ。」
俺は忍の財布を借りて札を抜き出す。そこにあるのは千円札が4枚だけで当然1万円札は存在しない。事前に確認していたので間違いがないがあえてこのババアの前で見せた。もちろん理由はあるがな。
「見ての通り、こいつの財布にあるのは4千円だ。お前の言う1万円札はどこにもないようだが?そうするとおかしいな?お前は12時頃だか13時頃だかに買い物をしてその時に1万円で払ったという。しかもデータがないとバイトが盗んだという。そして慰謝料を払えとも言ったな。間違いがないことをこれだけ提示しているのにも関わらず、更に金銭を要求する、か。ククッ。こいつは詐欺罪にあたるんじゃないか?ああ、恐喝もされたっけな。」
ババアはうろたえているが構わず畳みかける。次は忍からだ。
「そうですね。私も散々罵られましたので深く深く傷つきました。名誉棄損ですね。」
「え、いや…。」
「ああ、それと営業妨害も入るか?店先でこんなに騒がれちゃな、なぁ忍?」
「そうですね。それも入れておきましょう。詐欺罪、恐喝罪、名誉棄損、営業妨害。これだけあればどれかは適用されるでしょうね。」
「で、でも、証拠がないじゃない…。私はそんなことはしていないわ!」
俺はババアの諦めの悪さに止めを刺すようにあるものを見せてやるといよいよ顔が蒼白となった。
「証拠か。証拠ならここにあるぞ?見ての通り、こいつはボイスレコーダーだ。詐欺についてはともかくお前が暴言吐いているところも忍を侮辱しているところもきっちりと録音されている。お前が俺に慰謝料という恐喝まがいの話をしているところも全部、な。」
実際は強請と判断した途中からだが、こいつに言ってやる必要性は皆無なのでそこは伏せておく。そして止めは忍が差した。
「それと言い忘れましたが警察の方がそろそろ来る頃です。…おや、噂をすれば来たようですね。フフ…。どれが適用されるか楽しみですね。」
「………。」
ババアは俺の話に何も言えなくなると走って逃げだしたが駆け付けた警察に逮捕された。逃げる犯罪者を追うのは警察の習性だからな。それに逃げ出したことで悪意があったことが決定的であると警察が判断した為だ。警察に事情を説明し、ババアを連れていってもらう。一応後日被害届を出して欲しいと言われたので面倒だが頷いておく。こういった手合いは徹底的にやらないとどこから情報を仕入れてくるのか分からないが雨後の筍のように沸いて出るからな。
「先輩さんお疲れ様でした。」
「ああ。貴重な仕込みの時間を無駄にされたな。」
警察が去った後、俺と忍はキッチンカーの中で椅子に座って休憩することにした。すぐに作業に入る気が起きなかったわけもあるが意外とクレーム対応は結構疲れるものだ。こればかりはレベルが上がって身体能力が強化されても早々変わるものではない。精神的な疲れだからな。
「それにしてもやはり先輩さんは頼りになります。」
「今回は明らかに嘘だと分かったからな。こんなに上手くいくのは早々ないと思っていい。それにしてもあのババア、うちで買ったかも怪しかったな。」
「普通、レシートすらない状態でああも言えませんもんね。私がもっと早く気付いていれば対処も早かったんですがすいませんでした。」
「いや、それはどうだろうな。明らかに手馴れていたからそうしたら別の切り口で言ってきただけだと思う。どちらにしても店長の俺の仕事なのは間違いないさ。だからお前は気にすることはないができればもう少し早い段階で報告してくれると助かる。」
「はい。分かりました。それにしても先輩さんはかっこよかったです。特にあの追いつめているところなんて格別です。思わず濡れてしまいました。」
「おい、いきなり下ネタに走るなといつも言ってるだろう。ったく。」
「先輩さんは照れ屋ですからね。」
「はぁ…お前はもう少し恥じらいを覚えてくれ。そろそろ仕事を再開するぞ。夕方のピークに間に合わなかったら洒落にならん。」
忍はいつものようにクスクスと笑いながら俺を照れ屋というが、俺に言わせればお前がオープンすぎるだけだと思う。そんな忍はひとしきり笑った後、立ち上がり片手を上げてまたぶっ飛んだ宣言した。
「はい!任せてください先輩さん!クリームプレイで全員白濁液塗れにしてあげます!」
「だからクリームプレイはやめろと言っているだろう!」
忍のボケに突っ込みつつ俺達は夕方のピークの準備に取り掛かることにした。もちろんクリームプレイとやらしないよう厳重に言い含めながら。全く、これさえなければ優秀な奴なんだがな。
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