第41話 九条、クレーム対応をする

途切れなく続いたオーダーを捌いて15時前になりやっと落ち着き出した頃、事件は起きた。最初に対応したのは忍だった。俺は気付かずに次の夕方の準備をしていたがそれが裏目に出てしまったわけだ。


「ですから、そんなわけはありません!そんなお会計はありませんでした!」


「もういいからさっさと返してよ!このままじゃあんた泥棒よ!?」


「できません!お客様の仰っていることはありませんでしたから!」


忍の声と聞き覚えのない女性の声が聞こえてくる。

どうやら揉め事みたいのようだ。声の様子からして忍も相手もヒートアップしているようだが、この状況はまずいな。俺は作業を中断して外に出ると案の定、忍と女性のお客様が口論をしていた。どうやら金銭がらみのトラブルらしい。女性客はひたすらに「金を返せ」「泥棒だ」と喚きたてている。


「だから、早く私のお金を返してよ!」


「待って下さい!間違いはないはずです!もう一度財布を確認して頂けますか?」


「何度も言っているでしょ!?財布にはなかったって!」


「でも…!」


「申し訳ございませんお客様。何か当店で不都合がありましたか?--忍もいいから落ち着け。」


「…先輩さん。」


口論に発展していた忍とお客様の間に割って入る。事情は分からないがここまで感情論のぶつけ合いになっているのでは当人同士では解決しようもないし、アルバイトである忍に任せるわけにはいかない。この対応は忍の上司である俺が対処すべき案件であるのは明白だ。忍も興奮していたので落ち着くよう小さめの声で注意しておく。忍は悔しそうにうつむいている。事情を聞くのは後でもできるが今はこの場を収める為に女性客へ向き直る。女性客は明らかに興奮しており顔を真っ赤にしている。…まずいな。話が通じるタイプだといいんだが。


「いきなり出てきてあんた何よ!」


「失礼致しました。私はこの移動販売の店長で九条と申します。失礼ですがお客様。当店で何か不手際がありましたでしょうか?」


興奮している相手には明確に上司であることを名乗り対応相手が変わったことを認識させる。そして初手として何があったかを第3者として話を伺う姿勢を見せる。そうなると相手は話ができる相手がきたと認識すると同時に責任者が出てきたことにより、下手なことは言えないという思考が発生する。


事情については忍から聞くことも当然できるが、それは悪手だ。相手は自分の話を信じていない!とより意固地になるだけだからな。こういったクレームは初期対応が重要だが、忍との話で温度が上がってしまった以上、しっかりと話を聞くという姿勢を見せなければならない。女性は還暦に近い年齢のどこにでもいるようなおばちゃんだ。


「あんたが店長なの!?ちゃんとバイトの教育くらいしなさいよね!?」


「申し訳御座いません。私の指導が至らなくお客様にご不快な思いをさせてしまったことは謝罪します。大変恐縮ですがお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


相手が責任者と認識した女性客は俺に罵声を浴びせる。女性客の指摘に俺は謝罪から入った。この場合、ただ謝罪をすればいいってもんじゃなく何に対しての謝罪をしたかが重要となる。話全般の謝罪をしてしまうと相手の話全てに対してこちらに非があることを認めてしまうので内容を絞っての謝罪はクレーム対応の基本だ。今回で言えばバイトの教育に対して、だな。否定しなくてはいけないところは毅然とした態度が必要だが、今回はバイトの教育という抽象的な指摘なので謝っておくのがベストだ。否定したところで感情論にしかならないからな。忍は実際よくできているので全く問題ではないが事実と感情は別問題だ。謝ることで溜飲が下がるのならいくらでも誤ってやるつもりだがそれだけでは当然済まないだろうな。案の定、女性客はフン、と鼻で鳴らした後、本題のクレームを告げてきた。


「あんたのところのバイトがお釣りを間違えたのに認めないのよ!私が1万円を出したのにそのバイトが千円と勘違いしてお釣りを渡したの!だから早くお金を返してよ!」


「さようでございましたか。」


「さようでございましたかじゃないわよ!早く返してよね!」


女性客は顔を真っ赤にして自分の話をしだしたが実に胡散臭い。

普通に考えて1万円と千円を間違えることはあり得ない。仮に店員が間違えてもお客様が必ず気付くからだ。お釣りが小銭のみと紙幣で全然違うからな。せめて5千円と1万円ならまだ分かる。こっちは同じ高額紙幣だから見間違いが発生する余地がある。こいつはどうやら強請の類と考えたほうがよさそうだ。だが、まだ論拠が足りない。女性客から事情を詳しく説明させる為に会話を続けることにした。


「なるほど。事情はある程度理解できましたが当時の状況を詳しく確認させて頂けますか?」


「それはそっちのバイトに話したわよ!」


「先輩さん。私が説明を…。」


「いやいい、直接話を聞いたほうがよさそうだ…。…失礼しました。確かに当店のアルバイトにお話をされたようで御座いますが、先程までのお話を聞く限りはお客様から状況を伺った方がよろしいかと存じます。お手数ですが教えて頂けませんでしょうか?」


忍から聞いても実際は問題はない。だが今回は本人から話させないと意味がない。これがお釣り間違いを指摘した強請の類と考えた時、こちらの言い分は事実と違うと言い出してごねるのが予想される。こういった感情論をぶつけて話を通そうとする輩は何がどうなっているかをきちんと本人から説明させるべきだ。そうすれば主張を理解できると共に相手の論拠を崩す材料が見つかることもある。おばちゃんは面倒そうに説明を始めたが俺に言わせればそれは突っ込みどころが満載だった。


「仕方ないわね!何が聞きたいのよ。」


「お手数おかけします。商品を購入したのは何時頃ですか?」


「大体12時頃よ。」


「ありがとうございます。その時に購入された商品を覚えていらっしゃいますか?」


「確か、イチゴクレープを1個よ。その時にそっちのバイトがお釣りを間違えたの!何度も言ってるじゃない!」


「なるほど、イチゴクレープを購入された時にお預かりが千円だと思いお釣りの金額を間違えたわけですね。それでお客様は1万円を出されたと。」


「だからそうだって言ってるじゃない!もういいでしょ早くしてよね!こっちだって暇じゃないのよ!」


「申し訳御座いません。お時間がないところ誠に恐縮ですがもう少々お待ちいただけますでしょうか。アルバイトに事情を確認します。」


「全く早くしてよ!」


「かしこまりました。」







「先輩さんすいませんでした。」


少し離れたところで忍に事情を聞くために連れ出すと忍はシュンとした表情で謝罪をしてきた。


「まぁ気にするな。ただ、相手に合わせて感情的になると収拾つかなくなるからな。クレーム言ってくる相手には何があっても冷静に対処するのが鉄則だ。覚えとけ。」


「はい。気を付けます。」


「まぁ次に気を付けてくれればいいさ。それであの話は本当かどうか覚えているか?」


「私の記憶ではそういったことはありませんでした。確かに忙しい時間帯でしたがさすがに1万円と千円を間違えるのはあり得ません。」


だろうな。普通なら間違えようがないミスだ。十中八九言いがかりによる強請だろうがまだ証拠が足りない。


「ああ。さすがに間違えようがない。お前の記憶は多分正しいよ。あれは恐らく強請屋だ。本人の自覚があるかどうかは分からんがな。」


「やっぱりそうでしたか。」


「恐らく金に困った主婦と言った感じだろうが考えが浅はかすぎる。ククッ…俺達を騙そうとしたんだ。それ相応の覚悟だろうよ。」


「フフ…そうですね。私だけならともかく先輩さんを騙そうなんて許せません。それでどうします?」


俺と忍は不敵に笑い合う。相手の主張は全て把握した。後は論拠の組み立てを行おうじゃないか。

俺達は打ち合わせを終えて、女性客、いやババアの元に戻る。

さぁ反撃といこうじゃないか。

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