第38話 コア、覗き見する

私とクロさんが外を見てみたいというわがままにマスターは面倒そうな表情をしていましたが、私達をマスターのキッチンカーという車に乗せてくれました。クロさんはダンジョンで生まれた存在ですから外の景色が珍しいのでしょうがひとしきり騒いだ後、マスターが用意してくれたチョコに夢中になってしまいました。ふふ。まだまだ食欲が優先のお子様ですね。


そして私はマスターの住んでいる町を見て回りました。

テレビで既に外の世界はある程度知っていましたが、実際に見るとその技術力に圧倒されます。私の世界では都市国家の物見塔と同じくらいのとても高い建物が立ち並び、道にはいっぱいの自動車。歩く人は質のよさそうな服を着ています。しかもこの人達は皆さん平民の方らしいのです。マスターが言うには貴族という存在はこの国には存在せず、人は皆平等であるというのです。


私にとっては全てが驚きでした。

平民だけでここまで幸福を気付ける世界。物に溢れ、夜の暗闇もなく、移動するのにも馬車など及びもつかない車や電車。全てがルーナリアとの圧倒的な技術力の差を見せつけていました。


マスターは「魔法なんてない世界だからな。便利にするなら技術力を上げるしかないんだ。そうやって有史から2000年経ってこんな建物が建てられるようになったってわけだ。」と言っていましたが、それだけが理由ではないような気もしますが私程度の知識では到底分かりませんでした。…所詮私の知識は女神ルアリア様から与えられた物です。借り物の知識で分かろうなんておこがましいですよね…。


…はっ!マスターから「お前はすぐにネガティブになるのは悪い癖だ。自信を持て、お前はよくやっているさ。」と言われていたんでした。気を付けないといけないんですが、私なんかが自信を持っていいんでしょうか…。一人では何もできない水晶玉でしかない私に。


気になったのは市民公園にあるというダンジョンです。

封鎖されているということですが魔素は消費しなければどんどん貯まります。このままでは近い将来許容限界を超えた魔素はモンスターとなってこの国を襲いかねません。マスターは国が対策を考えていると言ってくれていたのですが、大丈夫でしょうか。せめて私の仲間があのダンジョンにいることを祈るばかりです…。


その後もマスターの住んでいる美園町みそのを見て回った私達は家へ帰ることにした途中、マスターが車を止めました。どうしたのでしょう?ここはまだマスターの家ではないはずです。


『マスター?どうされたんですか?』


「いや、うちのバイトが何やらやらかしているようだから様子を見てくるだけだ。」


『バイトさんですか?』


「ああ。このキッチンカーで一緒に働いてる奴でな。そういうことだがからコアとクロはここで待っててくれ。大人しくしてろよ。ああ、コア。スキル【浮遊】は使うなよ。」


『はい。マスターいってらっしゃい』


「ピュイ。」


そう言ってマスターは車から降りていきます。

マスターから止められましたがちょっとだけならいいですよね?

私はスキル【浮遊】でこっそりと覗きます。マスターのバイトさんに興味がありましたから。

マスターのバイトさんはとても可愛らしい女の子でした。制服を着ているので恐らく学生なんでしょう。肩まで伸びた艶やかな長い黒髪を後ろでひとまとめにした所謂ポニーテールが印象的な美人さんです。その美人さんは立派な木製の門の前で何やら声を上げています。


「たのもう。たのもうたのもうたのもーう。……残念、どうやら留守のようです。」


「…はぁ、忍。お前は何をやっているんだ。」


「奇遇ですね。先輩さんではないですか。見ての通りですよ。」


「見て分からないから聞いているんだが?」


私にも全く分かりません。

何やら棒を持って仁王立ちしていましたが、何か事情があるのでしょうか?

バイトさん、忍さんと言うのですね。忍さんはやれやれと首を振りながら答えてくれました。


「先輩さんなら分かってくれると思ったんですが、いいでしょう。ヒントをあげます。」


「いや、ヒントなんぞいらんのだが。答えを言え答えを。」


「ヒントその1っ!」


「いや、だから答えを言え。」


「私、波瀬忍の今日のパンツは水玉色である!」


「どうしていつも突拍子のないことばかり宣うんだお前は…。それに全く関係ない話題を振って来やがって。お前のパンツなんぞどうでもいいし、女子が言う話じゃないな。カミングアウトしすぎだ。」


「むむっ。先輩さんの興味が引けませんでしたか。ならばヒントその2っ!先輩さんはパンツが大好きなムッツリです!」


「いやいやいや、待て待て待て。いつそうなった。お前は俺を何だと思っているんだ。」


「そしてヒントその3!!私の好きなパンツはブリーフです!ここから導き出される答えはなんでしょう?」


「おい、忍。」


「はい先輩さん。答えをどうぞ。」


「分かったのはお前が残念だと言うことだけだ。そして俺を変態扱いしたいわけか?。」


「先輩さん。様式美が分かってないですね。そこは「答えは美少女JK忍ちゃんのパンツと俺のパンツを交換だっ!」が回答ですよ。」


マ、マスターは女性の下着が好きなのでしょうか。自分の体を見てみます。

見事に凹凸のない円形の水晶玉ボディがそこにあるのを再確認して気持ちが落ちただけでした…。


「おい、どうしても俺を変態扱いしたいみたいだな?いい度胸じゃないか。…忍、時給はいくら減らされたい?」


「先輩さんひどいです。時給だけはお許しを。代わりに美少女JK忍ちゃんのパンツを差し上げますから!」


「お前のパンツなんぞいらん。…いや、だから脱ぐなよ!だからフリじゃないからそんな芸人みたいなノリはいらん!もういいからさっさと言え!そんな棒きれ持って何してたんだ?物騒なことするんじゃない。」


忍さんはいそいそとスカートの中に両手を入れてパンツを脱ごうとしてます。

や、やはりマスターはそう言ったのが好きなのかとも思ってしまいましたがいらないと言ってくれました。…あれ?なんで私はホッとしているのでしょうか?良く分からないですがもやもやした気持ちがありますがこれが何なのか私には分かりませんでした。


「業界的ではご褒美なんですけど先輩さんは照れ屋さんですね。仕方ないです。先輩さんには答えを教えてあげます。平和的なただの道場破りですよ。少し腕試しをしたくなりましたので剣道場が近くにあるのを思い出して来たんですが生憎留守でした。」


「留守だったからよかったが、とんでもなく物騒だな。相変わらずお前の行動原理が理解できん…。」


道場破りとはなんでしょうか?何かを破るようですが、地球の言葉はこちらに来る時に知識として与えられていますが、いくつか意味の分からないものもあります。道場破りというのもその一つでした。

忍さんはマスターの話が分からないように小首を傾げています。


「そうですか?」


「当たり前だろう。留守じゃなかったら、お前捕まるか道場生にフルボッコにされるぞ。」


「大丈夫ですよ。これはヒノキの棒ですから。攻撃力が5はアップします。」


忍さんはニヤリと笑いながら手に持った棒で素振りをしています。

忍さんが振っている棒は私にはただの木の棒に見えるのですが、忍さんからは自信に満ちた笑みを浮かべています。

ただの木の棒ではないんでしょうか?それとも私と違って忍さんには自信を裏付けるものがあるんでしょうか?理由は私には分かりませんでしたが私もいつかあんな風に自分に自信を持つことができるんでしょうか?


「ゲームと現実をごっちゃにするな。それにヒノキの棒は所詮ただの棒だからな。…とにかく回りに迷惑をかけるから道場破りはやめとけ。」


「むむ。仕方ありませんね。他ならぬ先輩さんの忠告なら聞かざるを得ません。」


どうやら道場破りとは回りの方に迷惑をかける行為のようですね。それを注意するマスターも人に迷惑をかけないよう気を付けて欲しいものです。主にダンジョン攻略中のマスターは私のことを抱えて様々な無茶をします。崖を飛び降りたり。高速で走ったり、ひどいのは一度私を空中に思いっきり投げて「クハハッ!ファ〇ネルだ!」と言って光線レイを出させたことがありました。…最近分かったのですが嗤いかたが変わったマスターは危険です。……もう何をするのか分からない怖さがあります。


そんなマスターと忍さんはひとしきり話あった後、どうやら道場破り?というのはしないようです。マスターが物騒というからには相当なのでしょう。そして忍さんはキッチンカーを指さして告げたことに私は驚いて固まってしまいました。


「ときに先輩さん。」


「なんだ忍。」


「あの水晶玉はなんですか?」


そこにはキッチンカーの中で浮かんでいる私を指さしている忍さんがいました。

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