第11話 九条、開店準備をする
「ふんっ!」
「ギィィィッ!」
走り出した勢いで100円玉--影人間のみぞおちに強烈な蹴りを加えると影人間は派手に吹っ飛び洞窟の通路の壁に頭をぶつける。蹴りつけた勢いをそのままに影人間に肉薄した俺は止めのメイスを振り下しこの場での戦闘に勝利した。
「…ふぅ!これで30体目と。」
『お疲れ様ですマスター。』
コアのねぎらいの言葉に俺は手を上げて答えた。
ダンジョン攻略初日を脅威の80体処理した俺達は翌日も60体処理し本日はこれで30体目を処理している。倒した影人間は必ず100円玉を落とすので何体倒したかを数えるのは容易な作業だった。しかしこの100円玉はどこから発生しているのかは不思議ではある。どう見ても普段から使っている物と変わりないのだが金融システム上マズイような気もしてくるがこれくらいの金額なら可愛いもんだろう。
影人間は正しく雑魚というのに適した存在で攻撃方法は腕を振るってくるだけ。しかも力も成人男性と変わらないレベルだから殴られても痛い程度で済む。無論殴られたらメイスで倍返しさせてもらったが。まぁ何もしないでもメイスの一撃は強制的にプレゼントさせてもらっているけどな。影人間の驚異的な処理件数はコアのスキル【探査】の効果がかなり大きかった。このダンジョンは下に降りていくようになっており既に階段は見つけているのだが、コアのスキルにより効率的に敵の位置が分かるので無理に階段を降りずに数をこなすようにしている。初日から含めて倒した数はそろそろ200体に届きそうな勢いになっており、俺もコアもお蔭様でレベルも3まで上がっている。だが、残念ながらスキルは増えなかったので相変わらずのメイス攻撃のみとなるのが残念だ。……魔法使ってみたいんだがなぁ。
『マスターこの辺りにはもうモンスターの反応がありません。どうしますか?』
「そうだな。今日はこの辺りにしておくか。」
『え?マスターまだ30体ですよ?大丈夫ですか?昨日も喜々として影人間を倒してたじゃないですか?はっ!どこか具合でも悪いんですか?』
コアは心底意外そうに言ってくるが、俺は戦闘狂じゃないぞ。ただお金が好きなだけの小市民だ。
じゃなくてだな。
「いや、明日は仕事が入っているんでな。そろそろ仕入れと仕込みをしておきたいんだよ。」
『そういうことでしたか。マスターがおかしくなったのかと思って心配してしまいました。』
俺も人のことは言えないがコア、お前も大概失礼だよな。
この後ダンジョンを出る際に何度か戦闘があったが現れるモンスターは影人間だけなので大した問題もなく家まで戻ることができた。
家まで戻った俺は馴染みの問屋に顔を出す為に、キッチンカーで向かった。
このキッチンカーは車内に発電機、コンロ、冷蔵庫、水道設備を兼ね備えており出先で料理を作ることができるようになっている。車体は軽トラを改造したものなのでそこまでの広さはないが作業する分には問題なく俺の大切な商売道具だ。
株式会社フリーダムは移動販売、つまりキッチンカーを使い各地のイベントや祭りなどで食事を提供する会社となっている。以前俺が店を持っていた時とは違い、場所が取れなければ仕事がなくなるというのはデメリットでもあるが仕事のある先にどこでも行けるというメリットもある。そして何より若干人間嫌いとなってしまっている俺にとってはこれくらいの規模での仕事が性に合っていると思っている。
問屋についた俺は店内で作業をしていた顔なじみのおやじんに声をかける。この人は店舗経営時代から仕入れをお願いしている人で今でも取引は続いていて俺みたいな小口現金での仕入れでも格安で商材を提供してもらっている有り難い存在というわけだ。
「おやじさんこんにちは。」
「おお、九条君じゃねぇか!どうした今日は仕入れか?忍ちゃんは一緒じゃねぇのか?」
問屋のおやじさん、佐藤さんは人好きのする笑顔で挨拶を交わしてくれる。
おやじさんにかかればまだまだ俺は小僧っ子のようでガキ扱いされるがそれも慣れたもんだ。
忍とも面識があり何度か顔を合わせている。
「まぁそんなところです。今日は忍はいませんよ。平日ですから学校に行っているはずです。」
「そうかそうか。忍ちゃんはまだ学生だったもんな。いつも卒業したら九条君の手伝いをすると言っていたからつい忘れてしまったよ。」
「あいつが本当にうちなんかで働きたいと思っているかは謎ですけどね。社員は俺だけの超小規模会社ですし。」
忍は本当かどうか分からないが卒業したら俺と本格的に働くと言っている。
移動販売車は仕事を取れればいいがない時は本当に見つからないのであまりお勧めはしないとは言っているんだけどな。まぁこの前は冒険者になるとか言ってたからどこまで本気か分かったものじゃないが忍だしどちらもやるとか言いかねん。
「まぁ忍のことは置いておいておやじさん、仕入れをお願いしたいんですが。」
「任せておきな。で?何が欲しいんだい?」
「ええと、
「まいどあり。
純氷または原氷というものがある。
一般的な家庭用の純氷は冷蔵庫や製氷機でできる白く濁った氷とは違い、純氷はカルキなどの不純物を含んでいない透明度の高い氷のことだ。時間をかけゆっくりと凍らせることにより純氷の中の不純物を輩出し透明度の高い氷を作り出すことができる。あれだウイスキーのロックで使うような氷のことだ。
純氷は高さ1m(135kg)もある大きな氷でそれを36等分すると1貫匁となりそれが
「そうだなぁ……最近暑いし2貫お願いします。」
「あいよ!ちょっと待っててくれ。すぐに準備するよ。」
「いつもありがとうございます。」
「いいってことよ。九条君は大事なお得意様だからな。」
カラカラと笑うおやじさんは店の奥に戻っていった。
純氷から切り出しを行うんだろう。
その後おやじさんと仕入れのことで商談を軽く交わし俺は問屋を後にしキッチンカーで明日の準備を行うことにした。
--そして翌日。
「じゃあ行ってくる。」
『はい。マスター行ってらっしゃい。』
コアに留守番を任せキッチンカーでバイトの待ち合わせの場所まで向かう。
俺が待ち合わせの場所--忍の家の前につくと既に門前で待っていてくれた。
こいつはいつもこちらが来る前に外で待っていてくれるので地味に助かる。
キッチンカーを止めると忍が助手席に乗り込んだのを見て次は目的地に向かう為にアクセルを踏む。
俺が運転をする横で忍は相変わらずの満面の笑みで俺に話しかける。こうしていると普通に可愛いのだがなぁ。中身が残念なのが惜しまれる。
「先輩さんおはようございます。」
「おう。今日は頼むぞ。」
「もちろんです。先輩さん今日は何を売るんですか?」
「今はもう7月だぜ?となれば一つしかないだろ?」
忍は少し考えたそぶりをして回答するが去年もやったんだから分かるだろうに回答は予想の斜めをはるかに超えて飛んで行った。
「7月……。ではおでんですね。」
「おい。なぜそうなる?」
「先輩さんは無知ですね。暑い時は熱い物を食べるのが常識ですよ?」
忍は何を不思議なことをと言った顔で小首をかしげるがそんな常識は知らん。
というか夏におでん、てそりゃバラエティーで芸人が食うもんだ。
店で、しかも炎天下の外で出すもんでは断じてない。
「そんな常識持ってるのはお前だけだ。去年もやったろ?かき氷だよ。」
「そんな!夏と言えばはじけるおでん!宙を舞うちくわぶ!地面をのたうち回るこんにゃく!降りかかるおでん汁!そんな夏の代名詞と言えるものですよ!」
「なんだそれは。そんな嫌な代名詞があってたまるか。」
それはどう見ても地獄絵図としか言えない事態だろうが。
少なくとも俺はそんな場面に遭遇したくないので夏におでんは出さないと心に決めた。
まぁ普通にあり得ないけどな。こいつがおかしいだけだ。
忍は心底意外だという顔をしているが俺のほうが意外だよ。
「はぁ。先輩さんはこの良さが分からないんですね。」
「分かりたくもない。それより今日はさっき言った通りかき氷だ。場所はスーパー駐車場の一角。家族連れが多いからガキどもが寄ってくるように客引き頼むぞ。」
「おでんじゃないのが残念ですが先輩さんの為です。分かりました。不肖、波瀬忍アルバイトをさせて頂きます。」
どこまでおでんを引っ張るんだか。
まぁ仕事はキッチリやってくれるやつだからそこは心配してないんだけどな。
この話題は終わりとばかりに忍が立て続けに話を振ってくる。
ぶっ飛んだ話題も多いがこいつと話しているとなんだかんだ楽しくなれるんだよな。
精神年齢が同じとは絶対に思いたくはないが。
「ときに先輩さん。」
「なんだ忍。」
「ダンジョンの映像は見ましたか?」
「ああ。見たぞ。あんなファンタジー生物どうなってんだか。」
俺の場合、映像ではなく直接な。俺にとっちゃ、今のところただの100円玉にすぎないが。
「私思うんですが異世界から何かがやってきてると思うんです。魔族が侵略してきたり時空が繋がったり。きっと異世界人もいると思うんです。」
「お、おう。」
当たらずとも遠からずだ。
確かに異世界人とも言えるコアならうちにいるので少しどもってしまった。
「なので今後魔法が使えるようになる時代が来ると思うんです。私、30歳過ぎないと魔法が使えるようにならないと思っていたので遅くなってしまいましたがこれからは魔法の練習をしようと思います。」
30歳でジョブチェンジできる魔法使いは別物だからな。
純潔を30歳まで守り続けるつもりだったのか?
それにお前、この前夫がいるとか言ってなかったか?どっかのアニメの執事だっけか?
あの時は結構キモかったな。リアルでデュフフフとか笑う奴を初めて見た。
「で、忍はどんな魔法がいいんだよ?」
こいつのことだからまたぶっ飛んだ発想するんだろうな。
忍は少し考えた後、キリッとした顔で答えてくれた。
「それはもちろん触手魔法です!スライムの如き触感であらゆる物を凌辱するそんな魔法が使いたいと思います!触手はもちろん媚薬効果付き、細い物からぶっとい物まで各種使えるようになりたいと思います。それなら受けも攻めバッチリですし……クフッ…クフフフフ腐ッ。……おや、先輩さん、そんな顔してどうしたんですか?」
だめだこいつ、早くなんとかしないと。
「忍、触手魔法は止めとけ。お前なら本当に使えることになりそうで怖い。もっと無難なものにしてくれ。」
「他ならぬ先輩さんの頼みなら仕方ないですね。では無難なところで雷魔法にしておきます。」
「本当に頼むからそうしてくれ。」
いやマジで頼むぞ。
まだダンジョン外では魔素はほとんどない為、俺みたいにコアとリンク契約していないものには魔法は使えないはずなので大丈夫だとは思うが、それでもやりかねない忍に冷汗が流れてしまうのを感じた。
俺は触手を振りかざす忍を想像してしまい戦慄しながらキッチンカーを走らせ、今日の開店場所まで向かった。
これから仕事だってのに無駄に疲れたような気がするのは気のせいだろうか。
いや、多分気のせいではないんだろうな。
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