第15話 奇妙なお茶会

 ゲオルグによって半強制的に開かれた奇妙なお茶会は、沈黙に沈んでいた。誰もがどう口火を切っていいのかわからずにいるのに、当の本人はしれっとロサの淹れたお茶をすすっている。

 とはいうものの、お茶会が始まった直後にディートハルトが話し始めようとはしたのだ。だが、それはゲオルグの有無を言わさない笑顔に叩き潰された。「お待ちください」、ゲオルグのその一言によって、ディートハルトもまた口をつぐむ。

 そんなお茶会の沈黙を突き破ったのは、場違いに軽やかなノックの音だった。ハッと侍女二人は顔をこわばらせ、部屋の主であるレティーツィアは困ったように眉を顰めた。そんなレティーツィアにディートハルトが手を伸ばしかけ、宙で拳を握る。ゲオルグ一人だけがただ、何事もないような顔を続けていた。


「すみません、遅くなりました」


 フランツィスクスが開けたドアから姿を覗かせたのは、イーヴァインだった。綺麗に撫でつけられていたこげ茶色の髪を乱したイーヴァインは、注目を浴びていることに気付くと、一瞬困った表情を浮かべた。けれどもすぐにきりりと顔を引き締めると、背後にいる人物に手を差し伸べる。


「お邪魔いたしますわね、レティーツィア様。お初にお目にかかりますわ」


 柔らかなアルトの声で挨拶をしながら現れたその女性に、レティーツィアは凍り付き、二人の侍女は唇を噛みしめ、イーヴァインと新たな乱入者を睨みつける。

 自分に集まる視線をものともせず、すらりと背の高い美女は、嫣然と笑って名乗りを上げた。


「アリーセ・ディートリンデ・グンターと申します」


 濃く長い睫毛に彩られた瞳の色は、深い海の色。濡れたような艶のある癖のない黒髪は、一部を残して高く結い上げられ、白皙の美貌を更に引き立てている。メリハリのある身体つきは女性らしくまろやかで、露出の少ないドレスを身に纏っているというのに、むせかえるような色気を漂わせていた。

 薔薇の花のように華やかなその存在に、レティーツィアは息を呑んだ。


(……この方が、薔薇の宮のお方。ディートハルトさまの、大切な──)


 惨めだった。

 現れたアリーセは、なにからなにまでレティーツィアとは正反対だったからだ。背が高く華やかで美しいその姿は、精悍なディートハルトの隣に並べば対をなすようにしっくりと収まるだろう。小柄で、幼さが目に付く自分とは大違いだ。彼女ならディートハルトと話していても首が痛くならないだろうし、隣を歩く際に歩幅を気にかけさせることもない。


「……はじめまして、アリーセさま。どうぞ、おかけになって」


 泣きたい気持ちになりながらも、レティーツィアは王妃として、また一国の王女としての礼を尽くそうと口を開いた。背後でアマリアとロサがなにか言いたげな様子を見せたが、レティーツィアが先頭を切って声をかけたのもあり、二人はなにも言わなかった。


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきますわね。わたし、ずっとレティーツィア様にお会いしたかったんです。何度も陛下にお願いしたんですけれど……出し惜しみされてしまって」


 莞爾かんじとして笑うアリーセからは、刺々しさは感じない。無表情のロサがティーカップを前に置くと、嬉しそうに礼を言う始末だ。


「イーヴァ、貴方は扉の前へ。筋肉馬鹿が外を見張っていますが、念のため警護をお願いします」

「はい。御前失礼いたします」


 ゲオルグの指示にイーヴァインはレティーツィアとディートハルトへ一礼すると、入ってきた扉の前へ移動した。

 今、応接セットでは、レティーツィアと対面する形でディートハルトが長椅子に、そしてそれを挟むようにゲオルグとアリーセが一人掛けの椅子に座っている。

 アマリアとロサはレティーツィアを守るようにその背後に立っていた。自分たちの分もお茶を淹れるように言われたが、さすがに国王と王妃と同じテーブルに着く立場ではないことはわきまえている。


 役者は揃った、とアマリアは思った。これから大変なことが起きようとしている。だが、なにがあっても大切な主だけは守るつもりだ。

 ロサもまた、同じことを思っていた。アリーセがディートハルトの隣に座ろうものなら、その取り澄ましたかおにお茶をぶちまけてやろうと身構えていたくらいだ。


 そんな侍女たちの決意を知ってか知らずか、アリーセはにこりと二人にも笑いかける。害意がないことを示すかのように、彼女は優雅な手つきでサーブされたカップを口に運んだ。


「おいしい。レティーツィア様の侍女は、お茶を淹れるのがとても上手なのですね。とてもいい香り」

「──まず、話を聞いてほしい」


 嬉しそうな寵姫の声を隠すように、ディートハルトが口を開いた。正妃と寵姫の間に立たされて焦っているのか、その物腰からは普段の落ち着きは消えている。


「わたくし、平気です。お気になさらないでください」

「いや、そういうわけにはいかない!」


 これから語られるだろう話を聞きたくないレティーツィアは、笑顔で拒絶の言葉を口にする。言い募ろうとするディートハルトに向かってゆるく首を振ると、静かな声で告げた。


「わたくしは、邪魔をしようとは思いません、陛下。ただ、わたくしはエネストローサを背負ってここに嫁いでまいりました。陛下のお気持ちがどこにあろうとも、正妃の座だけはお渡しできないことをご了承いただければ、それで結構です」

「邪魔って……違、」

「あらいやだ、一体全体、どういう話になっているの? もしかしてまだお話していないのですか?」


 レティーツィアの言葉に腰を浮かせたディートハルトを見て、アリーセが声を張り上げた。


「だから、これから話す! レティーツィアもまずは聞いてほしい! 頼むから!」


 悲鳴のような声を上げて、ディートハルトはテーブル越しにレティーツィアの手首をつかんだ。

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