第14話 三者三様荒れ模様
ディートハルトを拒絶したレティーツィアの意志を汲んで、アマリアとロサは王妃の部屋から、その夫たる国王を締め出しにかかった。不敬と言われようがなんだろうが、彼女たちが優先するのは自らの主なのだ。その主が泣いて嫌がっているのだから、王とは言えども入室させる謂れはないと、彼女たちは思っている。
「陛下、失礼いたします」
形だけ断りを入れたロサは、スッと前に出ると部屋に入ってきたディートハルトを押し出そうとした。
だが、必死の形相のディートハルトは、大人しく締め出されることはなかった。いつにない無表情でロサが押し出すのだが、さすがに本気の成人男性の力には簡単には勝てない様子で、その上、護衛であるフランツィスクスがディートハルト側についたのも大きく、ディートハルトはまだ部屋に
「騎士様! 邪魔しないでくださいまし!」
本気でディートハルトを追い出す気でいたアマリアは、そんな男二人の様子に柳眉を逆だてると、まずはディートハルトに助力をするフランツィスクスへ食ってかかった。ロサもそれは同意見のようで、隣で眼光を鋭くしている。
「そうは言ってもねぇ、雇い主の意向には従わないと」
アマリアたちの剣幕に多少眉を顰めたものの、フランツィスクスはしれっとした態度を崩すことなく、ディートハルトとドアの間に立ちふさがった。これではディートハルトを追い出したくとも、ドアが開かない。
それを見たアマリアは歯噛みをした。背の低いアマリアは、首が痛くなるほど上を向くと、キッとフランツィスクスの青い瞳をねめつける。本人は必死だが、フランツィスクスには通じていないようだった。
「くっ……お黙りなさい、女の敵!」
「女の敵!? オレが⁇」
「レティーツィア様のご様子が目に入らないの!」
力で勝てないアマリアは、とうとう口撃に出る。慌てたフランツィスクスが一歩前に出ると、アマリアもまた、一歩前に出た。背丈は真逆な二人だが、その本質はよく似ているようだった。
そんな風にフランツィスクスとアマリアが揉め出した隙に、ディートハルトはレティーツィアに縋るように声をかける。
「レティ……レティーツィア! 頼む、まず話を……」
「不要ですわ。わたくしは部屋で大人しくしておりますから、
涙に濡れた頬をぬぐいもせず、レティーツィアはそう言い放った。幼い王妃にぴしゃりとやられて、ディートハルトは一瞬言葉を失う。
そして、その隙を更に突くようにして、ロサが先程より強い声音で畳みかけた。
「陛下、お引き取りを」
「……いやだ。今ここで引くわけにはいかない」
「お引き取りを!」
アマリアとフランツィスクス、レティーツィアとロサとディートハルトという組み合わせで揉めていると、手を打ち合わせる音と共に不意に新たな声がした。
「はいはい、そこまでにしてくださいね~」
「ゲオルグ!」
「クラハト宰相補佐様!」
「腹黒眼鏡!」
「クラハト様!」
「ゲオルグさま……」
一触即発どころか、すでに揉めだしていた空気を一閃したゲオルグに、その場にいた全員が毒気を抜かれて固まった。一瞬にして騒動を沈静化することに成功したゲオルグは、そのまま淡々と収拾に入る。
「ロサ嬢、お茶を入れていただけますか? そうですね、貴女たちの分も含めて、八名分。あ、七名分でいいですね。お願いできますか?」
「え……」
「貴女の淹れたお茶はおいしいですからね。おいしいものを口にすれば、少しは気分も変わりますし、なにより落ち着きますよ。さぁ、アマリア嬢は王妃陛下をあちらにお連れしてください。陛下も、いくら誤解を解きたいとは言え、逸りすぎです。あ、脳筋は外で番をしていてくださいね。人に聞かれては困りますので。お茶? ロサ嬢のお茶は貴方には勿体ないですね。後で私が淹れてあげますので、それで我慢なさい」
突然現れたゲオルグは、全員が呆気に取られているのをいいことに、さくさくと話を進めて行く。そんな彼の勢いに吞まれたのか、激昂していたアマリアたちだけでなく、当事者であるレティーツィアでさえも反論することなく従い、先程まで出入り口付近で口論していたというのに、十数分後には応接セットに座ってお茶をしているという事態へと変動していた。
「あの……クラハト様、二つほど余ってしまったのですが……」
ティーワゴンからそれぞれの前にカップをサーブしていたロサが、困った顔をゲオルグに向けた。たしかに、ティーワゴンにはぽつんと二つ、ティーカップが取り残されている。
「そろそろ来ますので、こちらに置いておいてください。ロサ嬢も、お茶にいたしましょう」
にっこりと反論を許さない笑顔を浮かべたゲオルグに、ロサはたじろいだ。
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