第11話 それぞれのコミュニケーション
ディートハルトに誘われて庭へ向かったレティーツィアだったが、正直ものすごく緊張していた。この国に来て、こんなに長く一緒にいたのは……実に結婚式以来だった。そう思うと、緊張するのも仕方ないといえる。
「その……お仕事は忙しいんですの?」
「そう……かもしれない」
「そうなんですか……」
なによりの問題は、会話の続かなさだった。
水を向けても、帰ってくる言葉は少なく、また、次に続かない。レティーツィア自身も緊張しているので、なにを話していいのかわからない。
「ディートハルトさまは、黒がお似合いですね」
「そうか?」
「……はい」
話題に詰まってディートハルトが着ている衣装に言及したが、反応は芳しくない。ディートハルトは褒め返してくることもないため、その話題もそこで終了となってしまう。
これ以上、どうコミュニケーションを取っていいのかわからなくなったレティーツィアは、とうとう黙り込んでしまった。もちろん、その前からディートハルトは黙り込んでいる。
会話を諦めたレティーツィアは、純粋に散歩を楽しむことにした。会話をすることに重点を置かなければ、好きな人と美しい庭を二人きりで散歩しているというシチュエーションは素敵なものだった。ちらりと斜め上を仰げば、会いたくて仕方のなかった夫の顔がある。多くを望まなければ、今はとても幸せだ。
(そういえば、こんな近くでディートハルトさまを見るなんて、初めてかも……)
隣を歩くのは、結婚式のとき以来だ。そう思うと、現金にも少しワクワクしてきたレティーツィアだった。
◆
一方その頃、部屋ではアマリアがフランツィスクスともめていた。レティーツィアの後を追おうとしたアマリアを、フランツィスクスが止めたことが原因だった。
「なんで邪魔するんですか!」
「陛下はお強いから平気平気」
「ブッシュ……騎士様! 平気って、そういうことではないでしょう? 姫様がいらっしゃるんですよ!?」
いざこざの原因は、散策に付き添いが必要か必要でないかということだった。たしかにディートハルトは必要ないと言いたげにじろりと視線をやってきたし、その視線を受けてレティーツィアの護衛であるはずのフランツィスクスは部屋の扉の前から動こうとはしなかった。
レティーツィア一筋のアマリアにとって、それはとても気になることだった。敬愛する主を愛する人と二人きりにしてやりたい気持ちもあるが、心身ともに傷つけられないか心配でもあるのだ。
「そこの脳筋が言う通り、妃殿下は陛下がお守りしますし、庭は衛兵が警備していますから大丈夫ですよ、アマリア嬢」
「クラハト宰相補佐様」
レティーツィアが心配なあまりフランツィスクスに噛みつくアマリアに、優雅に紅茶をすすっていたゲオルグが諭すような声音を投げかけた。
「そうですよう。姫様は心配ですけど、大丈夫ですって、アマリアさん! なんだったらあたし、様子見てきますから。あ、クラハト様、おかわりいかがですか?」
「もらいましょう。貴女はなかなかお茶を入れるのが上手ですね、ロサ嬢」
「お褒めに預かり光栄です~」
ゲオルグが差し出したカップに、ロサがお茶のおかわりを注いだ。
ディートハルトについてきたゲオルグだったが、先程から何故かここでのんびりと羽を伸ばしている。長い脚を組んでゆったりと紅茶カップに口を付けるその姿は、レティーツィアしか見えていないアマリアを苛立たせた。ロサが歓待しているのも腹立ちを助長させる。
「大丈夫ですよ。ご安心ください。気になるのなら、私がロサ嬢と見に行ってきますよ」
「いえ……宰相補佐様にそんなことは」
「お気になさらず。おや、このお菓子はなかなかおいしいですね。エネストローサのものですか?」
「はい、厨房の方が食欲のない姫様にって作ってくれたんですが、先程陛下が姫様へお菓子を差し入れてくださったので、こちらはクラハト様が食べちゃっても大丈夫ですよ~」
「そうですか。それでは有り難くいただくとしましょう。ロサ嬢、アマリア嬢、お二方もいかがですか?」
「いえ、宰相補佐様とご一緒するわけには……。私たちは侍女ですし」
「かたいことをおっしゃらなくても、ここには私たちの他にはそこの脳筋しかいませんよ」
ニコニコとお菓子を勧めてくるゲオルグに、アマリアは困惑した。無茶を言うゲオルグを、フランツィスクスも止めようとしない。
若干カオスなその光景に、アマリアは天井を仰いでため息をついた。
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