13 HANA-BI

 冷たい少女の手を取って、克洋は立ち上がる。


 どれくらい寝転がっていただろう。二、三分だろう。けれど、体感だと何時間も過ぎてしまったような気分だった。


「じゃあ、やるよ」


 千尋は、克洋の落としたボディアーマーから、いくつかの機械と四角い粘土を思わせるものを取り出した。


 C4、俗にプラスチック爆弾というやつだった。これから、最後の仕上げがある。


「そういえば」


 千尋が粘土を細かくちぎり、一つ一つに小さな機械――起爆装置を差し込みながら、克洋に呼びかる。


「うちの顧問。もうすぐ娘が生まれるんだって。二人目」

「へえ」

「マイホームも買うんだって」


 克洋はP×4のスライドを引いて、弾が込められていることを確認する。マガジンを落として、残弾を確認する。


「ぼくは、なつき先輩とデートがあった」

「……やっぱり」


 千尋の表情を見ることなく、克洋は扉をゆっくりと開いた。銃を構えられる程度に、体力は回復していた。


「た、助――」


 でっぷりとしたビール腹の男――顧問がそこにいた、とくに拘束もされていないが、その顔が恐怖で歪んでいた。体中が傷だらけだった。窓ガラスが割れているのを見るに、流れ弾が部屋のガラスを割ったせいらしい。


 克洋はまず、その膝に交互に銃弾を叩きこんだ。潰された蛙のような悲鳴を上げて、かつて顧問であった男が、ガラスの散らばる床に転がった。


 克洋たちの使う弾丸は、貫通力の弱いホローポイント弾だ。それは命中すると同時に潰れ、破壊力を引き上げる。その衝撃で骨と筋肉と肉がポタージュのように攪拌される。訓練された大人でも泣きじゃくる痛みだ。ビール腹の中年が立ち上がることは、多分できない。


 両手で這いずろうとしているのが見えて、克洋は更に引き金を引く。手に銃弾が突き刺さり、右手の指四本が衝撃で吹き飛んだ。出血量的に、まだ死なない。克洋は冷静に分析して、もう一方の指も吹き飛ばした。


 顔中を汁で汚した顧問の口が動いた。ふがふがとした命乞いが酷く耳障りだったので、克洋は男の口に粘土状の塊を押し込んだ。


「終わった? 帰るよ」

「分かった。今行く」


 千尋の呑気な声に反応して、克洋は男の腹を強く蹴り付け、部屋を後にする。

 二人はそのまま、所々の壁にC4爆弾を貼り付けながら階段を下る。お互い黙ったまま作業を続けている中、ふと千尋は口を開く。


「ねえ、今週の休日は暇?」

「ああ。暇になってしまった」

「……映画。見に行かない?」

「そうだね。ちょうど、席を二つ取ってるんだ」

「決まりね。見に行くわよ」

「だな……チケット代くらい、奢るよ」

「マジ? ラッキー」


 二人は外に出た。夜の涼しい風が、重たい服を着て飛び回った疲労や熱を飛ばしていく。訓練で汗を流した後の帰り道も、こんな感じだったなと克洋は思う。なつきと千尋、三人で帰ることはもう二度とないけれど。いつかきっと、ここに誰かが並ぶのだろう。そして、誰かがいなくなる。世界はそういうふうにできている。


「それじゃ、一発ドカンと行くわよ」


 千尋はスイッチを押した。部屋から飛び出した爆炎と熱風が束の間二人を照らした。ぶわっと熱い風が二人の背中を軽く押した。ふと克洋が振り返る。


 背後で炎が燃えている。あちこちに細かな火の塊が流星になって飛んでいる。柳のように炎が放物線の軌跡を描いて、降り注ぐ。


「ちょっと、やりすぎたか」

「かもね」


 克洋の呟きに、少女はニヤリと笑う。

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