12 ラストマン・スタンディング

 千尋が弾き飛ばされた勢いでライフルが、拳銃がつるつるとした廊下を滑った。あちこちに破片が刺さっていても、和製ドルフは生きていた。克洋は歯噛みする。


 和製ドルフは少女の小さな頭をかち割ろうと足を振り上げる。

 千尋はストンピングをかわし、アーマーを剥ぎとってカランビットナイフを引き抜いた。その足元を薙ぐように切るが、和製ドルフは脚を引いてそれを避け、そのお腹を蹴り飛ばした。


 克洋はAA-12を和製ドルフに構えたが、すぐに放り捨てる。散弾だから、下手をすれば千尋にも当たる。克洋はショットガンを捨て、腰のガヴァメントとサバイバルナイフを引き抜いた。


「千尋っ!」


 和製ドルフは背中を向けていた。克洋はその背中に何発かを撃ちこみ、その脇腹にナイフを突き立てた。和製ドルフは振り向き、ニヤリと笑う。お前を知っているぞと言うように。


 ――お前は弱虫だ。目の前で女が肉塊になっても泣くしかできない弱虫だ。


 克洋は首を振った。克洋は身を屈めて飛んできた肘を避け、ナイフを引き抜いた。振り返って来たドルフの胸にナイフを突き出す。確かな手ごたえがあった。


 心臓の前に掲げた和製ドルフの腕に、ナイフが刺さっている。


 ――殺せなかった。


 和製ドルフはそのまま腕を振り回す。自分でも笑えるくらいに、克洋は吹き飛んで壁に叩き付けられる。その衝撃で、ガヴァメントは遠くに転がっていた。

一瞬、息が出来なくなって克洋はひゅうひゅうと息を吐く。


 視界は霞んで、意識が遠のく。今度は千尋が起き上がり、カランビットナイフを突き立てる。重たい一撃をかいくぐりながら、必殺のカウンターを狙っている。


 ――無理だ。


 克洋は思う。体格差がありすぎる。多少の弾丸じゃびくともしない。外のマシンガンでも無ければとても勝てそうにない。


 けれども、千尋はあきらめなかった。蹴られ、殴られ、頬にあざが出来ても、彼女は戦い続けた。


 それを見て、克洋が戦わないわけにはいかなかった。全身に力を込めようとしたけれど、身体が言うことを聞かなかった。


 千尋が死ぬのは時間の問題だった。和製ドルフは千尋に馬乗りになって、その首を締め上げている。けれども克洋の目の前には、P×4が転がっていた。千尋が克洋を見る。顔を真っ赤にしても、眼は闘志に燃えていた。口が空気を求め、口が動く。


 ――たたかえ。


 戦い続ける限り、負けはしない。そして、生者は戦う義務を負う。死者を背負って、別れを背負って、生き続けるのだ。


 克洋は銃を握る。視界は霞むし、腕に力は入らない。


 一発だ。一発で決めなければならない。


 克洋の気力はすでにギリギリだった。ほんの数分にも満たない銃撃戦。二度目とはいえ、決して慣れることは無い。なにより千尋も死ぬ。


 克洋は深く息を吸ってリアサイトを覗く。狙いは和製ドルフの後頭部。全身の細胞が制御下にある気がした。世界がスローに見える。映画のばかみたいな演出では無く。全ての動きを捉えられる気がした。


 はやる気持ちを抑え、照星を除く。狙いは千尋の首を締め上げる。和製ドルフの後頭部。


 克洋は確信をもって引き金に指を置いた。指に力がこもる。拍子に、照準が僅かにずれた。けれど、失敗したとは思わなかった。


 狙いを修正されたという気分。冷たい指に導かれたように。


 軽い銃声がした。


 放たれた.45ACP弾は、和製ドルフの後頭部に突き刺さる。

 

 音速を超える速度で飛ぶそれが、脳幹にあたる部分をぶち抜いた。


 花が咲くように、それの頭が爆ぜた。

 息絶えたそれに押し倒されるような格好になった千尋を見て、克洋は薄く笑う。


「……千尋、生きてる?」

「……なんとか。そっちは?」

「ああ。生きてる。男に押し倒されるのは初めてか?」

「うっさいな、バカ」


 沈黙。克洋は、ゆっくりと視線をP×4に落とす。思い出したのは、ほんの僅かな照準のブレ。そしてひんやりとした肌の感触。


「千尋。もしかしてこの銃って」

「ナツ先輩の」

「だと思った」


 すんでのところで、先輩に救われたのかもしれない。克洋はそう思ったが、千尋には言わないことにした。きっと、笑われる。


「どう、そいつ。いい銃でしょ」

「ああ。すごく。手にも馴染む」


 でしょ。そう言って、千尋はどうにか息絶えた〝スナッチャー〟をどかして立ち上がる。


「意地張ってデカいガバメントより、そっちを使いなよ」


 克洋に手を差し伸べながら、千尋は笑う。泣きそうな顔だ。


「これ。もしかして」

「ええ。ナツ先輩の」


 克洋は静かに頷いた。それを託された意味を噛みしめる。千尋の表情の意味も。


 強い女だなと克洋は思った。克洋はこんな時、恋敵に遺品を託せるだろうか。多分、無理だろう。


「ありがとう」


 克洋に出来るのは、P×4を強く握りしめることだけだった。手が真っ白になるくらいに力強く。

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