9 なんで、死ぬのがアンタじゃなかったんだ

 千尋の言葉を遮った。銃をホルスターに納め、ひょいと座席を跳び越えて少女の視線の先に回り込む。今度は千尋が素っ気なく返事を返す番だった。


「別に。やり返す相手もいないし」

「なら、なんで敵がいるって言った」


 黙り込む千尋に、克洋はさらに詰め寄る。千尋は視線を逸らす。それをぐいと持ち上げる。


「先輩は……なつきは死んだんじゃない。んだ。違うか?」


 死んだと殺された。二つの単語には大きな違いがある。克洋はたった今それに気づいた。


「〝スナッチャー〟に?」

「いや。和製ドルフにだけじゃない。誰かに」

「誰よ、和製ドルフって」


 千尋の顔から表情が消えた。怪訝そうに顔をしかめるけれども、その眼には炎があった。口調こそ一刻も話を打ち切りたがっているようだったが煌々と燃える炎は続けろとうながした。


「連中の装備は、ぼくらと同じものだった。高級品だってことはぼくにだって分かる。おいそれと手を出せるものじゃない。ここから先は、ぼくの想像だ」

「なによ、探偵気取り?」


 そうかもしれない。克洋は思った。けれど、そんなに複雑な事じゃない。千尋はとっくに気付いているだろうから。


「千尋は言ってたろ。ぼくらが来ることを知っていたって。じゃあ、どこから武器が、情報が来たのか。。調べてただろうけど、例えば奴らから奪ったベクターはどうだ。? ?」


 克洋は言葉を区切った。サングラスを外し、踏み潰す。千尋の眼の奥にあった炎が更に大きくなっていた。僅かに少女の眼が赤かった。頬にうっすらと線が残っていた。


 同じだった。悲しんでいないはずがないのだ。慕っていた先輩が死んで、うだつのあがらないチビの男が生き残っている。


「やり返す相手がいるってのは、幸運ね」

「ああ」


「ナツ先輩が休日はダメって言ったの、アンタのせいでしょ」

「ああ」

「そっか……アンタ、結構可愛い顔してるね。克洋」

「スカートを履けってなら、お断りするよ」


 克洋が手を伸ばす。千尋が立ち上がる。二人の顔が近付いた。ほとんど唇が触れるような距離。けれども決してそれが重なることは無かった。背伸びしていた足を戻し、ぼふと克洋の胸に顔を埋めた。


「ああ、くそ。惚れっぽくなって。アンタが女なら、惚れてた」


「千尋がレズじゃ無ければ……いや、それでも無いかな。だって――」

「ナツ先輩が好きって? 全く」


 千尋は鼻をすすった。堪え切れないと言うように、声が震えた。克洋も、胸を貸すくらいには男だった。金色の柔らかな髪を、そっとすくう。


「……うぇ……なんでさ……」


 しゃくりあげる少女の声がする。克洋は、視線を上に向け、唇を強く噛んだ。


「なんで、アンタじゃなかったんだ。なんで、死ぬのが先輩だったんだよ……おかしいだろ……」


 シャツを涙と鼻水でぐしょぐしょにされながら、克洋は苦笑する。彼も同じ気持ちだった。千尋の言う通り、不思議でならない。そして、同時に思う。自分が死んだとき、悲しんでくれる人が出来るまでは、死にたくはないかなと。

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