5 引き金をこめかみに。あとは絞るだけ

 薄暗い部室。唯一の照明は、青い画面を映している50インチのテレビだけだった。


 克洋は腫らした眼を、スモークの薄いサングラスで覆い隠していた。ソファにもたれ、ぼんやりとテレビを眺めている。部屋には無数のDVDがある。なつきの私物だったらしい。その中の一つを、彼はぼんやりと見ていた。


 青い空と海、そして自然の中に切り開かれた不自然な道路を、一台の車が駆けている。運転手は、虫の眼をしていた。画面の照りが、克洋の顔を映した。同じ眼をしていた。


 やがて、その車は路肩にふと停まった。


 ほとんど無音の空間。克洋はぼんやりと、テーブルの上に置かれていた、青いアネモネのブローチに視線をやった。花弁に、乾いて黒くなった血がこびりついていた。花言葉は「待望」、「期待」、そして「見放された」。


 この数日の間、不思議と涙は出なかった。何をしたか克洋はよく覚えていないけれども、ガヴァメントは手放さなかった。


 テーブルの上に放り捨てられた携帯電話に、メールが届いた。ほとんど義務感のような調子で、克洋はそれを開く。スパムだ。

 

 そう言えば、なつきからメールアドレスを聞いていなかったなと思い出した。最近はチャットアプリが便利だから、メールアドレスを教え合うこともなくなった。


 ディスプレイに、映画サイトへのショートカットがある。大手のシネコンの予約やスケジュール確認に使えるそれは、二席ぶんの予約がされていることを示していた。

それで泣けるかと思ったが、逆にバカバカしくなって、克洋はそれも放り投げる。映画に集中することにした。


 映画の中で、男は拳銃をこめかみにつきつけていた。


 克洋も、それに倣ってガヴァメントをこめかみにつきつけてみる。不思議と気分が落ち着いた。力とは余裕だ。その方向がどこに行こうが、安息を与える。たとえ自己破壊を試みる時も。

『押井です。押井克洋』

『カッコいい名前ね、不良少年』

 克洋の双眸に、涙が滲んだ。


 ――ぼくは、立ち止ってしまった。


 ――あとは、落ちるだけだ。


 ――ぼくは不良少年だ。


 そう思えれば、あとは早かった。ぐっと引き金に力がこもる。

 

 必要なのは、勇気でも覚悟でもなく衝動だ。


 乾いた銃声が響く。




















克洋の足元にかしゃんとガヴァメントが落ちた。

こぼれる涙と血でぐちゃぐちゃになった液体が胸元を汚した。

 

ああ。

 ――ぼくは、死ぬことすらできやしないのか。

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