4 そして少女は肉塊となった

《ナツ先輩! 何があったの、お嬢ちゃん!》


 階段を駆け下りる音と共に、千尋が飛び出した。汗まみれだった。奪ったのだろうマシンガンを両手に携えている。


 少女の眼が濁って行く。


 スポーツジムの受付が、無数の弾痕で醜くめくれ上がっていた。バラバラになった〝スナッチャー〟の残骸が散らばっている。その一つに、彼女は並んでいた。


 狭い廊下を、銃の放つ閃光が満たす。誰かの咆哮が響く。それが誰のものなのか。克洋は気が付かなかった。


「下がるよ、お嬢ちゃん!」

「でも!」

「でもも、何もない!」


 それでも。克洋は叫ぶ。叫ばずにはいられなかった。ほとんど、言葉をなしていない、獣のような声だった。


「なつき!」


 克洋の数メートル先、大小さまざまな火線が幾重も飛び交う廊下。そのど真ん中で、仰向けになって、なつきが倒れていた。

 理性や魅力を湛えた瞳は床に散らばる澱や血と同じ色に変わっていた。すっかり濁り切っている。


 長い艶やかな髪は、血の中に散らばって広がっている。血の海に沈むオフィーリアのようだった。


 そして、なつきの身体には、小さな穴が、ぶすぶすと開いていた。腕に、お腹に、胸に。そして首に。本当に小さな穴だった。そこから、どくどくと血が溢れている。


 首に開いた穴が、銃弾の熱で醜く盛り上がっていた。血が溢れ、少し前までは口や鼻から出ていた筈の空気と混ざり合ってごぼごぼと血の泡を作っている。


「ぐずぐず言うな!」


 ほとんど泣きそうになっている克洋を見て、千尋は彼よりもいくらか冷徹に、けれども金切り声になって、叫ぶ。


「アンタも死ぬぞ!」


 その一言と同時に、一際酷い銃火が煌めいた。地面を裂き、切り上げるように放たれた弾丸が、なつきの身体を、二人の隠れていた遮蔽物を引き裂いた。


 少女の身体が弾けた。


 克洋が吠えた。それは、懇願だった。


 やめてくれ。


 銃弾が叩き込まれる。


 やめてくれ。


 少女が肉の塊になった。


 散らばった服の断片が、克洋の前に転がった。鮮やかな青いブローチが目に入る。それをひっつかんで、踵を返した。


「ほら、早く!」


 千尋が二挺のサブマシンガンを連射しながら〝スナッチャー〟たちを牽制する。けれども、圧倒的に不利なのは間違いない。向こうは、肉体も何もかもが人間を上回っていて、それでいて銃を持っているのだ。


 自分たちの特権だと思っていた牙を、敵が持っていたのだ。


 おもちゃを手に入れて粋がっていた子供に過ぎないのだと、克洋はようやく気が付いた。


 千尋の援護を受けながら、克洋もろくに照準を合わせることなく、ガヴァメントを連射した。


 泣きじゃくって、ブローチを握り締めて、弾倉を交換して、撃ちまくって、克洋は逃げた。出来ることはそれだけだった。


 最初に入って来た扉が目に入った。足元に、首元をかき切られた〝スナッチャー〟の残骸が転がっていた。千尋はいい仕事をした。なつきは言うまでもない。克洋も全力を尽くした。

 それでも、死ぬときは死ぬのだ。撃たれた後に、お涙頂戴の言葉も残せやしない。一切のドラマも何もなく、当たり前のことのように。自然の摂理であるように。

なつきは死んだ。

 ヴァルキュリアは存在しないのだ。

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