4 美人に殺されるなら、悪くない
オープンハンマーが弾丸に装填された弾丸のお尻を激しく叩き、同時に火薬が弾ける。銃身の内部に彫られた溝に沿って、銃弾が回転し速度を増す。放たれた弾丸が克洋の頬を裂き、殴られたような衝撃を受けて顔を背ける。
顔は人体の中でも最も毛細血管の多い部位でもある。ほんの少し弾丸が掠めただけで、克洋の頬に赤い幕を下ろして、学ランを濡らした。克洋は血でぬらぬらした頬を押さえた。
遅れて、真鍮製の薬莢が床に転がった。じゅうと音がして、安っぽいカーペットを焦がす。
「――っ」
「次は頭を撃つ。逃げたければ、非常口から逃げなさい」
硝煙の臭いがした。それと一緒に、花の匂いがつんと克洋の鼻孔を撫でる。克洋の言葉をなつきは突きつけるように彼に銃を構える。
「今度は、外さない。ほら、どうしたの。逃げて」
くいくいと、銃口でなつきは緑の照明を示す。
何かが違う。克洋は思った。上手く表現できないが、彼女が映画によくある、勝ち誇った顔で計画を話す間抜けな悪役には、逃げる人の背中を撃つような人間には見えなかった。彼が逃げることを望んでいるような気がした。
彼女は、ごく簡単に命を奪えるはずだ。けれども、そうしないのには何かがある。自分を殺せない理由、もしくは、殺したくない理由。そんな気がしてならないのだ。
克洋は、"何か"が知りたかった。目の前の、美しい少女に引き金を引かせない"何か"が。
はったり半分、本心半分で克洋は口を開く。
「だったら、撃ってください。ここで死ぬのも、悪くない」
飽いたから。そう聞かれる前に、克洋は続ける。
「心を揺さぶられる映画を観て、それについて語れる美人に殺されるなら、悪くない。そう思ったんです」
ごくりと、なつきが唾を飲む。こっちは本心だった。映画についてそれらしいことを語り、美人に殺される。早くとしては美味しい役どころじゃないか。
クレジットが終わり、申し訳程度の照明が灯る。今度こそ、完全な沈黙がシアターを埋め尽くした。頬に感じる痛みにも関わらず、克洋はまっすぐになつきを見つめ返した。
「あなたは。肝っ玉が大きいの? それとも、お馬鹿さん?」
「……どっちだと思います?」
克洋が、にやりと笑う。ハリウッド映画の主人公みたいに、クールな顔を作ったつもりだった。
なつきは静かにため息をついた。流れるような仕草で手にしていた銃をホルスターに戻す。変わりに取り出したのは、薄手のハンカチだ。シルクの柔らかな感覚が克洋の頬を撫でる。薄い布地にじわりと血がしみる。
「今から、それが分かる」
なつきは克洋の手を取り、ハンカチをおさえつけるように彼の頬へと持って行った。冷たく、柔らかな女の子の手の感触に、克洋の身体が一瞬こわばった。
「あの、これは」
「あげる。着いてらっしゃい」
言い終えるやいなや、なつきがすたすたと歩き出した。慌てて克洋が出口の方へ消えた小さなお尻を追いかける。
出た瞬間、克洋がつんとした臭いを感じた。酸っぱい臭い。なつきと、その腰にあるものと同じ臭いがした。火薬の、銃弾の臭いだ。
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