3 多分、飽いたんだと思います

「面白いとは思わない?」


 少女の呟きに、克洋は涙を拭ってから振り向いた。


「この映画が作られたのは十三年も前のこと。その後に何が起きたか分かる?」


 今では世界的な音楽家になった男の感情を抑えたストイックな、それでいて咽び泣くようなテーマソングを聞きながら、克洋は少し考え込んで、こう返した。


「そう言えば、主演の俳優、顔が歪んでいませんね」


 正解。そう言うように少女は頷く。


「そう。この直後、彼は自損事故を起こしたの。ほとんど、自殺のような。面白いと思わない? 彼はどうして自分の頭を吹き飛ばし、事故を起こしたのか、私はこれを観るたびに気になるの」


 静かに克洋は映画を思い返す。作中の青と、少女のイメージが重なった。そして、鮮血の赤が重なる。それが答えだった。


「多分、飽いたんだと思います」

「飽いた? と言うと」

「主役のヤクザは、監督はこの映画の中で、子供に戻っていたんですよ。だから、真夏の海で無邪気にバカをやれた。人を殺せた。映画自体が、子供の遊びだったんですよ」


 万人受けする作品ではありませんから。克洋はそう言った。彼はそれほど女性と気安く喋ることの出来る男では無かった。内向的とも言っていい。他人と趣味について熱く語ることもそうそう無かった。アメコミなどの実写映画や超大作で敷居は下がってきたとはいえ、映画そのものを趣味にする者も少ないからだ。

 不思議と彼女相手には気安く喋ることが出来た。


「その虚しさに気が付いた、と。それが泣いた理由?」

「ええ」


 克洋は俯いた。恥ずかしさに頬が赤くなるのが分かる。再び眼が潤んできたから、少年は俯いて袖口で涙を拭い、サングラスをかける。


「えーと……君も」

「押井です。押井克洋」

「小難しいSF映画でも作りそうな名前ね。不良少年」


 くすりと少女が笑う。屈託の無い笑みに、克洋は自分の頬がさらに顔が赤くなるのが分かった。


「私は北村なつき。茶化しているんじゃないよ。押井、君も何かに飽いているの?」

「ええ。ぼくも、こんなナリですからね」


 克洋は立ち上がった。きっと身長が伸びるだろうからと買ったブレザーは少し袖が余っている。サングラス程度では隠しきれない、幼い顔立ち。なつきはまじまじと克洋を見た。あまりに無遠慮ななつきの視線に、克洋は恥ずかしさを覚えた。


「なるほど。押井、君も、映画の監督、ヤクザと同じ?」

「ええ、多分。そうじゃなきゃ、こんな時間に映画館に来たりはしませんよ」


 そう。なつきは相槌を打ってゆっくり立ち上がる。少女の細い手が自然と腰に手が伸びていた。克洋はそれに気が付かなかった。胸元のブローチと表情を交互に見つめている。思い出したように少女は呟く。


「そうか。今日は、身体計測の日だったものね」

「ええ。今日が身体計測の日だったから」


 腰に伸ばしたなつきの手が、克洋に突きつけられる。その手に黒い塊が、銃が現れた。克洋からすれば、それは突然の事だった。加えて、あまりの自然な動作に、克洋は魔法みたいだなと他人事のように思った。驚く余裕も無かったのだ。


「飽いた?」

「ええ。多分」


 克洋は頷いた。一瞬、克洋は自分が突然映画の中の人物になってしまったんじゃないかと思った。けれども、黒く光沢を放つ銃はちゃちなおもちゃの放てるものではない。


「じゃあ、撃っても、文句は無い?」

「それ、本物なんですか?」


 それでも、克洋は聞かずにはいられなかった。自分が日常の中にいるのか、知らず知らずのうちに、それとはかけ離れた場所にいるのか、確かめたかった。


 クラッカーの弾けるような、軽い破裂音がした。


 一切のためらいなく、まるでそうあるべきだというように、なつきは引き金を引いた。

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