【2分読み】夜は短し歩けよ青年
家に帰ったらまずテレビを点けるというのが健常な一般男子の嗜みだと私は常日頃から思っていたのだが、彼にその事は言うとふぅんと興味もなさげに相槌を打ちこう呟いた。
「俺は家に帰ったらまずパソコンをつけるね」
その彼の何気ない一言が如何に私を驚愕せしめたか、彼はついぞ気づかなかったであろう。
テレビとは大変受動的な媒体である。
スイッチを点けるか否かは我々の自由に委ねられてはいるが、あの三色光源が織り成す喜怒哀楽鬼気狂乱の様相は世田谷の路地裏の様にかくも一方通行である。
ダムが崩壊した際の水流の様に、情報は恐ろしい質量と勢いを持って我々に襲いかかってくる。
我々には為す術などない。
あ~れ~などと云う哀れな悲鳴を空に響かせ其の情報の洪水に溺れゆくのみである。
それに引き換えパソコンはどうか。
正にテレビとは対を成す存在。
『静かなるドン』で云うならば東の龍宝、西の影虎といえば諸兄諸婦人理解しやすいであろうか。
ウィンドウとはよく言ったもので自ら扉を開け広げ、新たなる新世界へと飛び出して行くのだろう。
あ~れ~などと言う哀れな悲鳴はどこからも聞こえはしない。
嗚呼、なんと能動的なのだろう。
家に帰って最初に点けるのがテレビかパソコンかというだけで、何故か其の個人の性格の明暗まで浮かび上がるようで妙である。
パソコンを点ける派が前途洋々意気揚々活動的快男児であるならば、テレビを点ける派は前途多難意気消沈受動的鬱男子であろう。
そんな事を思いながら彼の横顔と揺れる電車の窓に移る私自身の顔を交互に伺う。
彼の行く末には煌々と光が差込み、其れが地面の小石に乱反射して輝いて見えるのに、私の未来への道は薄暗く陰湿な墓場につづく道に思えた。
「というのも、俺ん家にゃテレビがないからなんだけどね」
彼は先ほどと同じようなテンションで、同じような小さな声で、同じように横を向いたまま呟いたのだ。
其の言葉に私は小さく溜め息をついた。
そして、私は再度窓に映る自分と彼を眺めた。
そこには同じ様な背格好の同じ様な疲れた顔をした青年が間抜けな顔をして並んでいるだけだった。
おわり。
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