【3分読み】ドS彼女さつきちゃんと幸作くん

朝というのは清々しいものだ。

いや、朝に限ったことではない。

何事も始まりは清々しいものなのだ。

アイロンをかけたワイシャツの様に凛と張り詰めた空気。

しかも、季節は暑くも寒くもない超絶的に穏やかな春。

目覚めが良ければ毎朝さわやかな気分になれるだろう。

開け放たれた窓の外でさえずる小鳥にさえ感謝し、

カーテンからこぼれる眩しい朝日に、 無償の愛を感じ得る事もあるだろう。

だが、始まりは終る。張り詰めた空気はいつしかよどみ、

怠惰な日常が繰り返される。


幸作はいつもと同じ食卓に、いつもと同じように腰掛け、いつもと同じように新聞を広げていた。


先刻までの爽やかな気分は既に無く、灰色の紙面に広がる知らぬ世界の惨劇を他人のふりをして、ただ目でなぞっていた。


平和というのは平穏で何も起こらない世の中というわけでは無い。予想された出来事しか起こらない世界なのだ。


幸作にとっては異国の地で戦争が起こっているのは当然の事でありそれ以上でもそれ以下でもない。


それよりも急に腹の調子が悪くなってきた事の方が重大であった。


予測しないことが起こったのだ。

つまり幸作の世界は現在、平和ではない。


(やはり昨日調子に乗ってラーメン替え玉27杯もするんじゃなかった。)


幸作は自らの愚かさを噛み締めたが後悔はしていなかった。

むしろ、自分で自分を褒め殺したいほどだった。


なぜかというとクラスのアイドルさつきちゃんが言った


「替え玉27杯を完食できたらデートしてあげるけど

失敗したら二度とそのマズいツラ見せんじゃないよ!」


という台詞のせいだった。


幸作はさつきちゃんの言葉に怒るどころか狂喜乱舞し、

昨日、その難題を見事に達成したのであった。


そのためなのか、急激に腹の調子が悪くなってきてはいるが、

今日デート出来る事になったのだから文句は言えまい。


さつきちゃんは格闘技(厳密に言うと一方的に殴られる男)を見るのが大好きなのでデートは『超人格闘大会』に決まった。


ウキウキ気分で出かけたいところなのだが、幸作はとてもじゃないが出歩ける状態ではなかった。


いい気になってモーニングコーヒーなど飲んでいたが、事態は急変した。


今、トイレに駆け込めば確実に待ち合わせ時間に遅刻してしまう。

遅刻したらさつきちゃんは確実に二度と口をきいてくれなくなる。


いや、それどころか毎日机の中に死んだカエルを入れられたり、上履きに画鋲を入れられたり、死んだカエルをロッカーに入れられたり、死んだカエルを体操着袋に入れられたりするだろう。


なんとしてもそれだけは阻止しなければならない。


(ええい!出たとこ勝負だ!最悪漏らしてもドリアンをトランクスの中に入れるのが趣味と言ってシラをきろう。)


こうして幸作の長い一日は始まったのだった。





……続かない。


終。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る