【5分読み】少女時代
選民思想がスタンダードになった西暦2015年。
日本国は国民の数を削減する事を閣議にて決定。
毎年、大晦日に全国民に決闘を実施させ、十年がかりで国民を一万人にまで減らすことにした。
これが「血の大晦日」のはじまりである。
今年で5回目の血の大晦日を迎えることになる2020年12月下旬の事だった。
「ゆりえー。あんた今年の決闘、選ぶ側なんだって?」
目をキラキラさせてやってきたのは瑠奈。
幼馴染で、クラスでも一番明るい女の子だ。
ゆりえはいつものように弁当を鞄から出しながら溜息をついた。
「本当憂鬱だよ。こっちから殺す相手選ぶなんて最悪だしー」
「二組の山本殺してよ!あいつ腹立つんだよねー」
コンビニのサンドイッチを無造作に机の上に置いた瑠奈が正面に座る。
「やだよー、知り合い選ぶのなんてー。後味悪いじゃーん」
「やっぱり? 去年、私もそれは嫌で流石にシャッフルにしたよー。
神戸の結構おとなしめの子だったからなんとかやれたけどー。
自分より体格ある奴が相手とかだったら、やられてたかもだよ」
あははと馬鹿みたいに口を開けて瑠奈は笑う。
金髪の前髪が揺れる。彼女が前髪を作ったのは今年から。
昨年の決闘の際、額に傷を負ったのだそうだ。
ゆりえも瑠奈も、いや、それこそこのクラス中の女の子全員が既に5度の決闘を経験している。
五人の命を奪って生きてきた少女たちなのだ。
そして、それは彼女たちだけではない。教師も親もテレビのアイドルも、学校の用務員のおじさんだって5度の決闘を生き抜いてきた者たちなのだ。
「できるだけ弱そうな子が当たる事を祈るよ」
サンドイッチを美味しそうに頬張りながら瑠奈がエールを送ってくる。
ゆりえは複雑な気分を抱えたまま、弁当のご飯を口に運んだ。
ゆりえの気持ちに瑠奈が気づいているわけはない。
ゆりえは今年の決闘の相手に瑠奈を選んでいた。
瑠奈は幼馴染だった。どちらかといえば引っ込み思案のゆりえに対し、なんでもズバズバいう姉御肌の女の子だった。
そんな瑠奈のおかげで助けられたこともあったし、楽しかった事や良かったことはたくさんある。
でも、ゆりえはもう3度も好きな男の子を瑠奈にとられていた。
開けっぴろげな性格の瑠奈は、自分が好きになった人の事はすぐゆりえに言ったし
「ゆりえが同じ人を好きになってもいいけど、私は負けないわよ」
などと言って見せてたりした。
ゆりえはその都度「好きな人なんていないよ」と誤魔化してきた。
そして、その都度自分の想いを諦めてきたのだ。
今度だってそうだ。
学校帰りによく寄るカフェの店員さんの大学生に先に興味を持ったのはゆりえだった。
カッコいい人が働いてるカフェがあると瑠奈に教えたのはゆりえだったのだ。
(それなのに、あたしの気持ちも知らないで、話しかけて連絡先を聞き出して)
ゆりえは瑠奈がいる限り自分の人生は幸せにはなれないと思った。
そんな時に国から届いた決闘選抜権の封筒。
ゆりえは意を決した。
瑠奈と闘おう、と。
負けてもいい。瑠奈が生きている世界では幸福はやってこないのだから。
「ま、アドバイスってわけじゃないけど、選ばれる側の方が肝が据わってないからね。当日の朝に役人が家に来て、初めて自分の決闘する相手を知らされるんだから、準備なんてできないのは当然よねー。だから、最初でチョー大声だして威嚇して、萎縮してる間に一気に決めんのよ」
得意げに解説する瑠奈。
彼女はそうして生き延びてきたのだろう。
ゆりえは幼い頃から剣道をやっていた。決闘法が施行されてからは祖父が家宝の日本刀をゆりえに譲った。自分の命を守れるのは自分だけだぞ、と伝えて。
決闘の際に武器の使用するのは当然だ。
相手も何かしらの武器を持って挑んでくるが、大抵の女の子に負けるはずはない。
「どうせなら、弱そうな上に嫌そうな奴がいいよね。一昨年なんて、鞄につけてるアクセサリーとかの趣味が一緒で、三時間も話し込んじゃったから、後味もチョー悪かったよー。未だに夢に出てくるもん。ああいうのは嫌だねー」
ゆりえも自分の過去の相手を思い出す。
ショートカットの可愛い女の子は彼氏が出来たばかりって言ってたな。
そばかすだらけの女の子は闘いたくないって最後まで泣いてた。
私に指名されるなんて瑠奈は驚くだろうな。
ふと、そんな当たり前の事を考えてゆりえは可笑しくなった。
全部ぶちまけて闘いに向かおう。
私の気持ちを全部。瑠奈に感じた劣等感、憧れ嫉妬。
そんなものを全部ぶつけて、それから闘おう。
ゆりえは瑠奈の細い腕、首すじ、紺ソックスに包まれたふくらはぎを見つめた。
ゆりえよりも身長も低いし、武道の心得もない。
負ける要素は見当たらない……でも。
瑠奈だって5度の決闘を勝利してきたんだ。
隠し玉を持っていないとは言い切れない。
「ま、そんな暗い話はやめて、初詣の事を決めちゃおうよ! 稲荷神社、行くでしょ?」
思い出したように瑠奈が手を叩いた。
「うん。行く予定だよ」
「じゃ、ゆりえんちに夜行くよー。だらだら年末特番見てから神社いこーよ」
「そーだね、なんか面白いのやってるといいけどねー」
ゆりえはいつものように笑い返して、また弁当をつつき始めた。
「ゆりえ、負けないでね」
瑠奈の一言にゆりえはどきっとした。
「ゆりえがいなくなっちゃったら、私いやだよ」
「……瑠奈だって、負けないでね」
ゆりえは平静を装って言った。
「大丈夫ー、なんとかやるよー。実は私親父から銃の扱い習ってるし」
声を潜めて瑠奈が言う。
「そりゃ安心だね」
「あはは。まっかせなさい!」
瑠奈につられてゆりえも頬を緩ませたが、
ゆりえの目だけ笑っていないのに、瑠奈は気づ
かなかった。
大晦日まであと一週間。
国民数削減の目標達成まで、あと五回は行われる大晦日の決闘。
生き残れるかどうかはわからないけど、やるしかない。
ゆりえはそう自分に言い聞かせて拳を握った。
終。
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