パズルになった天才の男

 

 ある酒場で浴びるように飲み続けていた一人の男がいた。無言のまま何十時間と飲み続けていた。飲み過ぎで、ぶっ倒れて死んでしまうのではないかと詐欺を繰り返すショーガールが心配するほどあった。もし少しでも酒がカップから無くなろうものなら大暴れしてしまうので、カウンターに立っているバーテンとしてもイヤな顔をして酒を出すしかなかった。


 あまりの酷い泥酔っぷりを心配した初老の男が話し掛けてきた。

「若い人、やけ酒か? 何をそんなに嘆いている。酒を飲んだ所で記憶まで失う訳ではないぞ」

「うるせぇ爺だな。酔っ払えば考えなくて済むだろう。俺には、それで十分なんだよ」

「? 若い人よ……」

「こっちは酒でも飲んでないとやってられないんだ」

「……せめて何があったのか話してはくれないか」

 初老の男は心配した眼差しを向けていた。

 泥酔した男は酒を並々と注がれたウイスキーを飲み干すと、「これも酒のツマミだ」と勝手にカウンターに置かれた瓶に口を付けながら自らの過去を話し始めたのだった。詐欺を繰り返すショーガールが思わず蔑むような滑稽な話を……。


「俺は、昔から発明の才能があった。12才の時、家を飛び出しても、あらゆる機械を作れる才能があったから生きてこられた。他の奴らが、まだカウボーイ気取りで馬で移動していた時、俺だけは核エネルギーを利用した乗り物に跨っていた。並の人間なら何度も失敗を繰り替えしていくものなんのだろうが、俺は常に正しい道だけを選択する事ができていた。たぶん、生まれながらにして女神に愛されていたんだろうな」

「……」

「だが、だからこそ悪魔みたいなヤツに妬まれたのさ」

「……」

「ある晩、気がつくと俺の体はパズルのピースへと変化させられていた。全てさ。俺という個人の全てがパズルへと変わってしまった。指や骨、胃や胴体、目や血液、手や髪の毛など、様々な単語を元にして数百、数千と。その中には、舌の好み、なんてパズルの変わったピースもあったっけな」

「……」

「俺の成功を妬んだ悪魔みたいなのは言った。全ての体のピースが見つからない限り、お前は死ぬ事も生きる事もできないと。ただ、世界中にお前のピースをバラ巻いておいた。お前に見つけられるかな。精々、頑張れとさ」

「……」

「俺は自分の人生を取り戻すために必死にパズルを探したよ。幸いな事にパズルになっても少し体を動かす事が可能だった。いや、これも嫌がらせか。とにかく、まずは探しにいけるよう足を組み立てた。それだけで何十年とかかり、次は胴体、手足、顔。これらを組み立てるのに2世紀は必用だった。俺は発明の天才だったが、体がパズルになっている間に、馬から車への時代に移り変わっていったって訳さ」


 泥酔した男は更にウイスキーのボトルを飲み干した。


「だが、あれから数百年は経つというのに、まだ全てのピースが見つけられない」

「……」

「俺は発明の天才だ。自らの体の信号を元に類似的な信号を追い続ける電子記憶装置、微弱な体臭から水中からでさえ発信源を探索できるアンドロイド達、半径数十メートルの過去を映像化できるタイムレコーダー、無数の他人の眼球に取り憑く網膜カメラとかよ。そりゃ死に物狂いで発明を作った。だが、それでも最後のワンピースがどうしても見つけられなかったのさ」

「……」

「これだけ世界中を一人で探しても見つからないって事は、あの悪魔みたいなヤツが最後のピースだけ隠したんだ。そうじゃなかったら既に見つかっている。初めから探し出せないと分かっていたこそ、妬んでいる相手に探させたのさ。酷い事実だ。これに気がついた時、俺は世界のどん底を覗き見た」

「……」

「な。この話を聞いてどう思った? 俺が黙ったまま酒だけを飲むようになったのも分かるだろ。全てがムダだったのさ。俺は発明の全てを谷底で爆破し、それからというもの、こうやって酒を飲むだけの人生をおくってるのさ」

「……」

「生きるでもない、死ぬでもない。まさに悪魔みたいなヤツが望んだ人生さ」

 そう言って泥酔していた男は金を払ってから酒場を後にしたのだった。その様子を心配したショーガールが肩を貸そうとしていたが、手を振り払って一人で闇の中に消えていったのだった。後を追いかける者は誰一人としていなかった。


 取り残された初老の男性はカウンターに立つマスターに酒を頼んだ。

「ダブルで頼む」

「……はい。それで、どうでした?」

「ダメだったよ。何も聞けなかった」

「貴方でもダメだったのなら、他の誰でも、どうしようもないですよ」

「そうかもな」

「いつものように一人で口をパクパクさせていましたね」

「ああ。病気じゃないのに」

「なぜああ頑なに……」

「さあな。それこそあの天才的な才能に惚れた女神様が独り占めするため、男の「声」を奪ってしまったとしか思えないさ。誰かに悩みを相談すれば、まだ幸せになれる道も残されているというのに」


END

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