愛の呪い
頼られるのが嬉しくて、信じられないくらい幸せだということが信じられなくて、ここにいて良いのだと居場所が見つかった嬉しさを忘れられなくて。僕は、あの日からあのわたの中が忘れられないのだ。
自分でも分かっている。
僕は、幸せな時に考える。あの日、死んでなくて良かったなって。生きていてよかった。死んでたらこんな幸せ感じられないだろうから。……幸せな時にそう思ってしまうのだ。実に狂ってる。
狂ってる……よなぁ。
もう、普通の感覚なんてとっくに崩れ去っている。
「ロドル?」
「あっ、ええ、どうかしました?」
「……いえ、何かぼーっとしてるから」
「そう、見えました?」
「ええ。心ここに在らず、みたいな」
心なんてここにないのだが、それをそのまま返しては無粋なのだろう。普通の人ならば、そう返さない。ならば、僕はどう返す?
「考え事をしてました」
無難に、普通に見えたのならいい。
「へぇ、どんな?」
どんな、と考えてまた返す言葉を悩む。
「……僕が普通に生まれて普通に育ったら……きっと僕はここでお茶を淹れてないでしょうね」
「魔王城に仕えること、そこものが普通ではないものね」
「……それもありますけど」
普通、とは。と考えて僕はこう思うのだ。普通とは、誰しもが考える理想郷だと。こうなりたかった理想を、僕らは普通と考える。
生まれからして普通ではなかった僕は、普通とは平凡な家に生まれて平凡な日常を送ることである。十六で死にもせずに、悠々自適な生活をし、そして老衰でこの世を去る。
それが僕にはできなかった。
僕は普通ではないのだけど、誰しもが普通ではないのだ。
と、もはや狂ってしまった僕は考える。
普通とは、なんだろうか。
人は信じていても裏切るということを知ってしまったことが普通ではないのか、無意識のうちに人を疑ってしまうことか、それが幼い時に植え付けられたトラウマからくるものだということか。
普通ではない僕は、普通を考えると眩暈が起きる。それはもう変えることができないからだ。どんなに意識して変えようとしても、もう植え付けられたものは治らない。
治らなかった。
どんなに良い人を演じても、変えることができない。それが悔しくてたまらない。
この先、何年頑張っても治らないのだな、きっと。そう思ってしまうと楽だった。
それが、ーー悔しかった。
「……昔、死のうと思ったことがあります。もうずいぶん昔のことですけど」
思い出すことがある。これは人生のうちに一回でも自殺を考えたものへの罰だ。多分僕は永遠に忘れないだろう。
これは罰なのだ。
「死のうと思った時、ちゃんと死ぬ手筈も整えたんです。明日にでも死んでやる、そう思って」
準備もして、遺書も書いて。親友にさり気なく意味深なことを言って感謝の言葉も伝えて。いざと死のうとした時。
その時に思ったのだ。
「……僕が死んでも世界は変わらない、たぶん、僕が死んだ後の世界も変わらず回り続けて、僕のことなんかすぐに忘れて、でも、親友はたぶん覚えているだろう、あいつは一生覚えていてくれる。……そう思ったら、なんだか無理だなと思ったんです」
自分は、大切な人を悲しませたくなかったんだ、と、思ってやめたんだ。
「あいつはたぶん知りません。僕、言ってないですから。言うつもりもないです」
僕は永遠に覚えている。
この記憶が、今まで廃れたことなんかない。誰にも言ってないのに。忘れられない。
忘れたいのに忘れられない。
「……それが、僕が今考えていたことです」
愛されていなければ、僕はとうの昔に死んでいる。殺される前に自らの手で自分を殺した。
僕は、愛されたからこそ、この呪いにかかっているのだろう。忌々しい、愛されたからこそ踏み切れなかった記憶の呪いに。
その呪いは永遠に自分の首を絞め続ける。
だって、その記憶は愛したものへの冒涜だから。
2019/1/15
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます