Ep.11 操り人形に口はないⅡ
「口、開けてね」
男は僕を監禁部屋の床にゆっくり下ろすと、そばに置いていたグラスにあの液体を流し込んだ。
「うん」
「美味しい?」
「うん」
味はしなかった。
この時からだと思うのだが、僕は葡萄酒だけはなぜか味が分からない。他の酒をこの先成長して飲む機会があったのだが、葡萄酒だけは水と同じくらい味が感じなくなってしまった。酒を飲んで前後の記憶が根こそぎ消えてしまうのも、思えばこの時の経験からだと思う。少し飲んだだけで意識が飛んでしまい、記憶を落とす。まるで飲んでいた時の記憶が消したい過去であるかのように、全ての記憶を落としてしまうのだ。葡萄酒だけは味が分からないというかそもそも葡萄酒に味を感じたことが無いのである。
小さい症状だと無限にある。
例えば僕は、お酒を飲むと酔っている時に命令された命令に従いやすくなり、どんなに理不尽でも受け入れてしまう。ガードが弱くなるのだ。その上、思考能力も人の数倍ガクッと落ちるので、言われたことを飲み込むのがどうしても遅くなってしまう。よって理解せずに「イエス」と言ってしまい、それで利用されたことは数知れない。
まぁ、酔った時の記憶が無いんだけど。
「髪ふわふわだね」
男が僕の髪を梳く。少し荒かったがアルバートよりはましだ。男は僕の髪をいつもの結び方とは違い、肩にかかるぐらいに戻して三つ編みをこしらえた。
「赤と青、どっちがいい?」
「赤」
「即答だね」
「赤好きだし」
そう言えば僕の左眼もたまに紅くなるっけ。なんで紅くなるんだろう。ここに来て僕の左眼は紅くなったのだろうか。それがバレなきゃいいんだけれど。この部屋は鏡がないから変わっても気付けないのだ。
「じゃあ結ぶよ」
三つ編みを縛った所にリボンが巻きつけられる。男は慣れているのかその結び方は上手だった。
「酔ってきた?」
「……うん」
「横にするよ。起きたら外に出られるからね。それまでゆっくり寝な」
ぐるぐると景色が回るのは、ちょっと気持ちよかった。やっと寝られる。男がかけてくれた毛布とやらは、ボロ雑巾みたいな薄い布だった。ガチャッと鎖が音を立てる。
「次起きる時、ボク……」
「うん。おやすみ坊や」
意識が遠く。
「あ、そうだ。このペンダント、君が売られるなら要らないだろ? じゃあこれも売ったら高く売れるだろうと思うんだ。それでもいいかな」
男が急に思い出したように呟いた。
「……ダメ」
鞭が飛んだ。
「はい、起きようか。はい?」
「……それだけはダメ」
「君も頑固だなぁ」
容赦ない鞭打ちに僕はただ堪える。絶対にそれだけは渡すもんか。
「死んでも、渡さない」
「そうか。死んでもか。死ぬほど屈辱を味あわせられても、死ぬほど痛い目にあっても、それだけは嫌なのね」
「絶対にそれは僕のものだ」
「……ワタシ、に一人称を変える練習もした方がいいかな」
「イタッ」
「これ以上やると足が傷物になっちゃうから嫌なんだよね。拷問の跡が残っちゃうし、将来傷も残っちゃうかもしれない。売った後に文句言われても――、困るんだよね」
さすがに観賞用でも、傷だらけの足を見たい物好きはいないだろうということだ。
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