Ep.03 視線
「久しぶりに来たなぁ〜。二番街区」
「一番服屋が多いから来たけどさ。……目立たないようにしてよ? スリ厳禁」
「あそこのお姉さん美人〜!」
「おい。言ったそばから」
アルバートは勢いよく走って行った。僕はやれやれと呆れながら、追いかける。
「お姉さん! 俺ら服買いに来たんだけど、いいお店知ってる? あ。こいつは俺の親友〜。髪長いけど女じゃないよ」
「お前ッ、髪引っ張るな!」
「ねぇねぇ、お姉さん! 教えて! 教えてー」
無邪気にアルバートはお姉さんに話しかけている。
僕は「これがずっと続くのか」と呆れ半分諦め半分。ちょっとくらい治安が悪くても違うところにするべきだったか。
「坊や、男の子の服は向こう側ね。こっちの子は顔が可愛いから女の子の服も似合いそうだけど、ちゃんと良い服を買ったらカッコよく見えるわよね」
お姉さんはそう言って最初にアルバートの、次に僕の、頭をかわるがわる撫でた。こっちの子と、そう言う時に僕を見た。
顔が可愛い――、つまり僕のことだ。
「だからこいつは女の子じゃないってー」
アルバートが口を尖らす。僕は苦笑いをしてこの場から今すぐに離れたい衝動になる。
この手の女性は苦手だ。
「アルバ、早く行こ?」
「お姉さん、こいつの髪ふわふわなんだよ。珍しい黒髪!」
「やめろよ!」
僕は振り払おうとするが、アルバートは尚も、お姉さんと話している。あぁ、やっぱりこいつと出かけることはやめた方がよかったかも。
「じゃあね! お姉さん、こいつがもし女の子の服が欲しいって言ったらまた連れてくるから!」
アルバートはピッとウインクをしてその場を去った。
「おい、僕はそんな女の子の服とか」
僕は慌ててアルバートを追いかけたが、アルバートはさっきの顔とは違い何やら神妙な顔。
「ジャック。良い情報だよ。服屋の場所と二番街区で手っ取り早く稼げそうな場所。二つの情報が得られたよ」
「え?」
「俺らはズル賢く生きる貧民街孤児だよ? 子どもらしく聞いて答えてくれるのは今ぐらいなんだから」
アルバートは僕を見てニヤリと笑った。その顔に僕は嫌な予感しかしない。アルバートは僕の顔を見る。
「可愛いお顔のジャックちゃん。手っ取り早く稼げる方法って言ったら賢いジャック君は分かるよねぇ」
アルバートはわざとらしく、僕の肩に手を回した。
「まさか」
「カッコよく着飾ってマダムキラーも出来るけどさぁ。……男相手ならいざとなったら防衛できるだろ?」
「お前なぁ!」
「ハハッ、冗談だよ」
冗談に聞こえないよ!
「お前なぁ、僕をダシに稼ごうとするのはやめろ。服着せ替えて色々な場所に立たせて、僕は着せ替え人形か!」
「だってー。ちょっと着飾るだけでお貴族様でも見劣りしない程度になるしぃー。懐のナイフだけ見つからなきゃ、十分相手騙せるんだよ。ナイフは防衛でいいよ。お前だって何度か誘拐されそうになっているんだから、目立ったら目つけられるのも知っているよ。それに、お前は珍しい黒髪の上にその顔だろ? 年齢もちょうどいい。きっと高く売れる。人買いにとって、お前は優良物件。だからどこでもお前は気を抜いちゃいけない」
アルバートは少し怖い顔をする。
「分かってるよ」
「孤児民に人権ないんだから、売られたらあっという間だぞ。何度助けたことか」
「分かってるよ……」
「お前の場合、縄抜けはもう完璧なんだっけ。お前が次に拉致されたとしても一人で逃げて戻ってきそうだな」
そりゃどうだろう。
僕はアルバートの言葉に何とも言えなくなる。
「それより、服を買おう。ちゃんと男子の服を、な」
アルバートはくしゃっと笑った。
「はいはい、おーせのとーり」
仰せの通り。聞いた事はあった。王宮の近くで王の臣下が王にそう言うのを。どういう意味なのかは知らないが、何か命令された時に言っていたからそういうことなのだろう。
「じゃあ、通りの向こうだ」
「うん」
僕はアルバートを追いかけて走ろうとした。一瞬だけ目の端に何かが見えた。僕は立ち止まる。
「ん?」
「どうした?」
「あ、いや」
気のせいか、僕はそう考える。でも今の視線は何だ。
「行かないのか?」
「いや、行くよ」
通りの陰にいた男と目が合った。その目は昔見たことがある。何かを狙うような目。いやらしい目だ。
その目は紛れもなく、僕を見ていた。
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