きっと今日は寝られない
きっと今までなら、一人で本を読んでいても苦ではなかったのだと思う。それが苦になってしまったのは、誰かと笑い合ったり話したりすることがとても楽しくて、それに気づいてしまったから。
「あれ? お嬢様。お身体に障りますよ? ゆっくり寝ていてください」
「いいのよ。今日は貴方もこの後何もないでしょう? 遊びたいの。ダメ?」
彼は男にしては長く黒い髪の毛を掻きむしる。ちょっと困惑したような顔をしてから、ふと笑った。
「うーん、まあいいでしょう。暇になるので僕は剣でも練習しようかなと思ってたのですが――。まぁいいですよ。何かお話でもしましょうか?」
笑うと急に幼く見える彼は、私の執事。
立場的には、私の命令は何でも聞いてくれる、私だけの忠実な下僕ということになる。でも、いつもは私の世話をして、構ってくれる私の大事な大事な大事な人。
「僕、昨日図書館に行ってきたんですよ。図書館といっても修道院の、ちっちゃいものですけどね。最近は本が燃やされちゃうことありますから、残念です」
彼は目を伏せ、目線を落とした。
「なんで、本が燃やされちゃうの?」
「うーん。近々戦争が起こりそうですし、燃えやすいものは処分しないと他の建物に燃え移ってしまうからとか、色んな理由はありますよ。僕は我慢ならないです。せっかくここに来て、長年の夢だった読み書きが出来るようになったのに、読む本が消えていくなんて。燃やすのなら、僕に預けてくれればいいのに……」
そういうと悔しそうに顔を歪め、彼は私が寝ている寝台に寝転がった。脱力したようにという表現が正しい。
「お嬢様。僕は貴方に会えてよかったです。僕、ずっとあの町で暮らして、あの町で死ぬのだと思ってましたから。貴族の家に養子として迎えられただけでも幸福なんですよ。ただ、この家が国の英雄様を先祖に持ち、家を継ぐ子どもは戦地に行かなければならない――なんて条件がなければ、僕は幸せなんですよ。僕に人を殺すなんてできませんよ。お父様は、親切な方です。剣術も教えてくれますし、周りの使用人の方もみんなみんな親切だ。期待には応えたいんです。僕は認めませんが――、周りの方が言うように貴方が僕の双子の妹で、あの方が僕の父親だとしても――。仮に僕が認めたとしても、僕は貴方の執事でいたいんです。僕は、例え戦争であっても、人を殺したくはありませんから」
とある事件で実家から追い出される形となり、十四年間もたった一人で貧民街暮らしをしていた彼は、その過去を決して話そうとはしなかった。
「お嬢様。僕、ここで寝ていてもいいですか。なんだか、気持ちよくて、貴方の匂いがして、とても癒される……」
「えっ、ちょっと!」
声をかけた時にはもう彼の返事はなかった。代わりに気持ちよさそうな寝息と、私の布団を握る彼が残されていた。
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